2011年のドイツとインドの合作、ヨーガの起源に興味を持った
ドイツ人監督が南インドを訪れ、近代ヨガの父と呼ばれる
T・クリシュナマチャリアの軌跡をたどったドキュメンタリー。
原作のタイトルは「Breath of Gods」サブタイトルは、
「A Journey to tha Origins Modern Yoga 」。
ヨーガの師(グル)はたくさんいるのだが、初めて聞いた名前・・・。
ティルマライ・クリシュナマチャリヤ(1888~1989年)。
現代ハタ・ヨーガをベースに西洋式体操を取り入れてアレンジした。
共感する師の言葉を見つけた。「人がヨーガに合わせるのではなく、
ヨーガを人に合わせること。」インド人には珍しい考え方だ。
私が今までに出会ったインド人の先生(普通にクラスを指導する人)は、
一概に自分のやり方の生徒を合わせようとしたり、みな同じように
やらせようとする人が多かった。
私は人間はそれぞれ体型も違えば骨格も筋力も違うので、
その人に合わせたヨーガがあるべきだと思っている。人によっては
いとも簡単にできるアーサナ(ポーズ)もあれば、なかなか出来ない
難しいアーサナもあるわけである。
<ストーリー>
現代ヨーガのルーツを探るためドイツ人監督ヤン・ シュミット・ガレが
南インドのムチュクンテ村を訪れる。
ティルマライ・クリシュナマチャリヤ師の鍛錬を映した白黒の古い映像が
流れる。1930年代に現代ヨーガの基盤を作った人物であるとの紹介。
カルナータカ州マイソールで師の弟子たちを取材しする。弟子によると
師はヨーガを知るためにヤシの葉にサンスクリット語で書かれた、
古代文献を読み理解し弟子に伝えていたそうだ。
マハラシュトラ州プネに師の指示で道場を開いたアイアンガーがいる。
師は気性が荒く(ヨーガの師なのに!?)指示通りに実践できない
アイアンガーに興味を失ったためアイアンガーは独自の方法で、
正しいアーサナを実践できるようブロックやボルスター、ロープや
チューブなどの補助器具を用いた指導を行ったそうだ。
アイアンガーの姉が師の妻だったため、師は身内のアイアンガーには、
他の弟子たちとは違って厳しかった。そのためアイアンガーは怪我をし、
怪我によって学び、師の元を離れてプネに来た時は嬉しかったそうだ。
アイアンガーは自分の心と身体と対話し独自の方法を編み出した。
監督は師の弟子や子供達の情報を得て、それぞれに話を聞きに行く。
当時のヨーガは魂の追求であったが今はいろいろな利益が絡んでいる。
同感である、私はヨーガはお金を得るための道具ではない、
と思っているのでインストラクターには興味がないのである。
いつの間にかヨーガはビジネスになってしまった。
古代文献にあったヨーガを動きが早く、ヴィンヤサ(ポーズをつなげて
行う)スタイルに変えたのもクリシュナマチャリヤ師であった。
スーリヤ・ナマスカーラ(太陽礼拝)もヴィンヤサである。
マイソールのマハラジャ・サンスクリット大学での
師の三男によるヨーガの教義風景。
アシュタンガ・ヨーガの考え方は、まず身体を制御する。身体を制御
できるようになると次に心も制御できるようになる。
流派によって考え方も違い、アーサナのアプローチの仕方も異なる。
自分に合ったヨーガに出会うまでいろいろ試してみれば良い。
指導者も同じで自分に合う合わないはある。
1947年インド独立後、クリシュナマチャリヤの道場は資金難のため、
閉鎖に追い込まれたが、チェンナイに住むプラサードと言う人の要請で、
師はチェンナイに呼ばれそこでヨーガを実践し広めた。ヨーガの効能は
1,健康な身体づくり、2,健全な精神、3,集中力の取得であると。
この頃、大学の授業に取り入れられた。この頃から師の教えは、
アイアンガーのスタイルに近づいていた。
ヨーガの起源はどこにあるのか? 師の三男が監督を小さな寺院に
案内しそこでナラシンハ神が座って呼吸をする絵を指し、それが
神が最初にとったポーズであると説明する。
監督はヨーガの起源を知ろうとしたが得られなかった。しかし、
ヨーガとは・・・呼吸に合わせてアーサナを集中して行う事である。
と言う根本的であり大切である事を学んだ。
私はヨーガとは、その人が望んでいる物にしかならないと思っている。
美容体操だと思って取り組めば、美容体操にしかならない。
ストレッチだと思えば、ストレッチに。ファッションだと思えば、
ファッションに。しかしもっと崇高な次元を望めば、いつかそれを
手に入れる事ができる、そう思う。
ヨーガとはヒンディー語で「結ぶ」と言う意味である。
心と身体を、地球と宇宙を、私と神を、そして私とあなたを・・・。