カレーなる日々

インドの日常を中心に日々を綴っています。

ホテル・ムンバイ。

2019年12月04日 22時22分59秒 | 映画

2008年11月26日に起きたムンバイ同時多発テロ事件を題材とした、
オーストラリア、アメリカ、インドの合作映画である。
インドのマハラシュトラ州の州都ムンバイで10件のテロが起き、
17ヶ国171名が死亡、23ヶ国284名が負傷した。
 
実行犯はイスラム系のラシュカレトイバやアルカイダ、
インドのイスラム系の組織とみられているが定かではなく、
ヒンディー語とウルドゥー語を話す若者と言われている。
私はヒンディー語版を観たのだが、
劇中では電話で指示を出しジハードを呼び掛ける人物を、
ウルドゥー語でイスラム教徒の兄さんを差すバイジャーンと呼んでいた。

Hotel Mumbai BD
Anthony Maras
Universum Film GmbH

  <ストーリー> 

ムンバイの海岸線にゴムボートから若者が上陸するシーンから始まる。
それぞれタクシーに分乗し市内に向かう。

 

 

一方、タージマハル・ホテルのレストランで働くアルジュン(デーヴ・パテル)が、
頭にターバンを巻き支度をして仕事に向かうが、
急いでいたため靴がカバンから落ちた事に気づかず職場に到着。
制服に身を包んでいるがサンダル履きであったため、
オベロイ料理長(アヌパム・カー)に帰れと言われる。
家族のために帰るわけにいかないアルジュンは必死に食い下がり、
料理長の予備の靴を借りて勤務に就く。
しかしこの事で重要な役割を外された彼は命拾いする事になる。

ムンバイに上陸したテロリストのうち2名はムンバイの
ヴィクトリア・ターミナス駅に着きトイレで銃を組み立て、
駅構内で乱射を始める。その頃、別の2名はタージマハル・ホテル裏にある、
1871年創業の老舗レオポルド・カフェを襲撃。
難を逃れた外国人客はタージマハル・ホテルに逃げ込む。
その中には複数のテロリストも紛れ込んでいた。

マシンガンと手榴弾で装備した4名は手当たりしだいに乱射し、
さらにホテルの部屋を端から順番にノックして宿泊客を殺害し始める。
徹底して一人でも多く殺害しようとする意志が感じられた。

ロビー横のレストランにいたアルジュンは顧客をテーブルの下に伏せさせ、
スキをみて6階の厨房に避難させる。そこにはオベロイ料理長と
ホテルを我が家と呼び自ら残って行動を共にする事を選んだホテルマンが、
50人ほどの顧客と共に避難していた。
料理長が「お客様は神様である」と言ったが、インド人の口から始めて聞いた。
ちなみに演じたアヌパム・カーは名脇役としてありとあらゆる映画で見かけると共に、
主演もこなす。私の知人の日本人にそっくりである所も好感が持てる。

特殊部隊はデリーにいるためムンバイまで来るのには時間がかかる。
地元の警察も武装勢力の前には非力であった。
洗脳されているため冷酷極まりない若きテロリスト達は、
躊躇なく引き金を引く。またよく訓練されていると思った。

お客様を助けるために本当に身体を張ったホテルマンには、
タージマハル・ホテルの従業員であると言う強い誇りが感じられた。
 
実際に解放されるまで3日弱ほどかかっているので、
その間、このまま隠れて救助を待った方が良いのか、
実行犯に見つからないようにホテルの外に避難した方が良いのか、
判断に迷う所である。しびれを切らして避難し、
運悪く実行犯に出くわしてしまうか、運よく逃げ切れるか・・・
 
背中が冷たくなり、身の毛もよだつとはこんな時の事だろう。実話である。
実際に自分がその場に居合わせたら大げさでなく腰が抜けて、
恐らくは失禁してしまうだろう。自分がスクリーンの中にいるような気になる。
それほどリアルに背筋が寒くなった。

それから強く感じた事は少しでも現地語が解ると言う事は重要だと言う事だ。
相手の言っている言葉が解らなければ、うろたえるだけだろうし、
「止まれ!」と「急いで走れ!」では大きく違うので、
先に撃たれてしまうかもしれない。誰でもとっさの時には母語が出るだろう。
この事件から10年以上経過しており、
その間インドでは身の危険を近くに感じる事はなかったが、
もしもの時には・・・と思った。

この事件で亡くなった従業員の家族へ、
オーナーのタータ財閥が学費などを支援しているそうだ。
従業員が誇りを持って働く事ができる企業とはこういうものであろう。

ホテル・ムンバイ [DVD]
デヴ・パテル,アーミー・ハマー,ナザニン・ボニアディ,ティルダ・コブハム=ハーヴェイ,アヌパム・カー
Happinet
コメント (1)

ナガランドでパンクした・・・。

2019年12月03日 21時59分59秒 | 東北インド

マニプル州とナガランド州とは2000mの山を越えて行く。
ナガランド州の州都コヒマの標高が1500mである。
道路は悪いが、インドを知ってる人にとっては想定内である。
山の天気なので夕方は雨も降った。そのため、
所々に水たまりもあり、ぬかるんだり、斜面が崩れたりもしていた。

復路、先頭の車両が止まった・・・・パンクである。

インドなのでパンクは時々あるわな。
やることもないので景色を眺める。

 

日本とそう変わらない山の風景がそこにあった。

コメント

コヒマで事故った・・。

2019年12月02日 21時53分59秒 | 東北インド

今回のマニプル州とナガランド州のツアーは、
州境の山間部を超えるため車3台に分乗していた。
たまたま私が乗っていた3台目の車がナガランド州の州都コヒマを走行中、
事故ってしまった。


インド在住10年間で自分の乗っていた車が小さい事故
(ちょっとこすった、ぶつかった程度)を起こした事は数回ある。
日本と違ってインドでは3通りの解決方法がある。

①話し合いで解決。
  大概は運転手同士が車から降りて、
  「俺は悪くない」「そっちが悪い」としばらく言い合って、
  気が済んだら何もなかったように立ち去る。
②速攻で逃げる。
  保険に入っていないのか、とにかく逃げる。ほとんど捕まらない。
③警察が仲介する。
  運悪く近くに警官がいた場合、警官が中に入って言い分を聞く。
  そして悪いと判断した運転手に2・3発張り手を食らわして終了させる。
と言うように・・・・日本では考えられない方法で納めるのがインドである。
 
事故の状況を説明すると、
私たちの車が坂道を登って行った所にロータリーがあった。
インドでは交差点は少なく大抵ロータリーを周り放射線上に出口に向かう。
坂道の右側から二人乗りのバイクが下って来た。
ロータリーで一瞬お互いが同じタイミングでブレーキをかけた。
次の瞬間お互いが同じタイミングでアクセルを踏んでしまったため、
車の右前方にバイクの左側がぶつかってしまったのだった。
バイクは転倒した。バイクの後部に乗っていた男性の左足が、
車とバイクとの間に挟まって痛そうだった。
でもこの男性はすぐにいなくなってしまったんだけど・・・。

 

この時は運悪く警官が近くにいたので、すぐにやって来た。
運転は降りて行きバイクの運転手とお互いに「俺は悪くない」「そっちが悪い」と主張した。
警官は話を聞きながら道路にチョークで印をつけた。
(おおっ!日本みたい。ちゃんと仕事してるよ。)

 

野次馬も集まってきた。
この写真、左側から車の運転手(茶色ジャンバー)、野次馬(縞シャツ)、
警官A(指をさす紺色の制服)、バイクの運転手の仲間の野次馬(濃い黄色のヘルメット)、
バイクの運転手(背の高い薄い黄色のヘルメット)、野次馬(青シャツ)、
警官B(黄色いベレー帽)。

運転手に聞いたところでは、バイクはバイクタクシーだったそうで、
顧客はすぐに立ち去り仕事に行ったとの事。なるほど。
そして両者ともに免許証を確認されていなかったので聞いたら、
必要ないと言う事だった・・・。
(え!身元確認とかしないの??)
 
運転手曰く、車がナガランド州のナンバーだったので、
お金が取れると思ってバイクの運転手が引き下がらなかったのだろうとの事。
マニプル州のナンバーだったら何事もなくすんなり開放されただろうと。
 
まぁ良く解らんけど・・・・まっいいか・・・。関係ないし。
その後、どう解決したのかは不明である。いくらか渡したんだろう。

コメント (2)

今日のカレー(No.402) ~ズコウ(ヴァサント・クンジ)

2019年12月01日 22時22分59秒 | カレー

バサントクンジのモールの先の警察署の向い側のマーケットで、
通り掛けに見つけた店でどうやらナガランド料理らしい。
ズコウと言うのはナガランド州とマニプル州の間にある地名(谷)である。


ビルの螺旋階段を上って行く・・・・。

           

住 所:2F, Shop No-1, Plot No-11, LSC Pocket-7, Sector B,
     Vasant Kunj, New Delhi, India
電 話:91-9773526715, 91-11-42444022
予 算:500Rs~


<食したメニュー>

定食のターリーはなく単品でしかもけっこう高い。
税込みで800Rを軽く越えた。

スモークド・ポーク・ウィズ・ブラック・セサミ 450Rs(約690円)、
ナガ・スティッキー・ライス 180Rs(約275円)、
フレッシュ・ライム・ソーダ 100Rs(約150円)

<店内の雰囲気>

 

ナガランドの伝統的なインテリアとお洒落なインテリアがミックスされている。
きさくな美人のマダムが話かけてきたので、苦手な英語で対応・・・。
先日コヒマに行ってきた事など話すと、日本人の馴染み顧客もいるらしく、
名前を言われたけど・・・知らんがな。

お酒も飲めるので夜はライブもやるのかな?

<感想と評価>

これ、世界一辛い唐辛子ね。

 

フレッシュ・ライム・ソーダであるが・・・
もうちょっとせっかくお洒落なカフェなのにぃ。

日本のとあるカレーイベントでアッサム州の黒ゴマカレーと言うのを食べた事がある。
その時初めてインドに(アッサム州に)黒ゴマカレーがある事を知った。
その黒ゴマカレーにここで再開した。ナガランド州のズコウは、
アッサム州からも遠くないらしいので、食文化は近いのかもしれない。
ただ日本で食べた時には「別に~」と言う印象だった。

 

やはり日本の豚と違って脂が多いのであった。
油は使っていないとの事だったので、
全部ポークの脂身から出た油・・・・すごい。
このカレーにはスモークド・ポークのいい出汁と風味が出ていた。
やはり日本人が現地の味を模して作るのと、
現地人が作るのでは全く違うな。
まぁ食材も違うので仕方ないとは思うけど。


ナガランドのスティッキーライスは赤い。
古代米みたいな感じ。日本の赤飯みたいな感じだが、
そこまでは粘らない。



 評価は◎(いかんせん高い。)
      (3段階、◎:おすすめ ○:まぁまぁ ●:う~ん)

■お断り■
 味に関しては、間違いなく主観でしかありません。(100%!)
 同意見・反対意見など、あると思いますが、
 あくまでも、私の味覚に合うかどうかなので、
 気にしないでください。あしからず。

コメント

マオ・マーケット(コヒマ) その③。

2019年11月30日 21時23分59秒 | 東北インド

私達は昆虫は食べないのでうわっつと思うけれど、
食べている人達からすれば当たり前の食料である。
同じように肉食をしない人々から見たら、肉食の人々は特異に見えるだろう。

コヒマのマーケットには見慣れない食材がたくさんあった。
これは鰻である。日本の物とは違う赤い色をしている。
まさか蒲焼にはしないから素揚げしてカレーかしら。

この左側のはタニシっぽいんだけど、右のは何かな?
こんなに小さいのはどうやって食べるんだろう?

 

魚の干物。

パッションフルーツみたいな丸い果物の真ん中にある、
笹の葉で包まれた物は納豆と味噌だった。

日本の物と違うけどやっぱり臭い・・・・。
私は納豆は嫌いなので全く興味はなかったけど。

 

そしてこれ。買おうかどうか迷ったんだけど、
こんなに大量にはいらないので買わなかった。

山椒である。インドで初めて見たが香りはまさに山椒だった。

このマーケットはそれほど大きくないのだが、
売られている物は珍しい物ばかりだった。
マニプル州インファールのイマ・マーケットと同じで、
おばちゃんばかりだった。

コメント (3)

マオ・マーケット(コヒマ) その②。

2019年11月29日 22時07分59秒 | 東北インド

ナガランド州は昆虫食も有名である。
我が故郷新潟県では40年位前は駅のキオスクでも「いなごの佃煮」が売られていた。
いなごは佃煮になっていると佃煮の味しかしないのである。
とげのある脚が口の中に引っかかるので私は脚を取って食べたけど。
ただ一般的に食べていたわけではない。珍味であった。
その他、蜂の子も祖父はフライパンで煎って食べていたのを見た事はある。

では行ってみよう。まずは立派なハチの巣。

続いては・・・芋虫のオンパレード。カブトムシの幼虫みたいなのも。

 

この赤い芋虫が一番高いらしい・・・。高級芋虫。
ちなみに・・・・みんな動いていた・・・。

これ何かな? 昆虫らしいんだけど・・・怖い・・・。

 かえる・・・。逃げないように脚を縛ってある。

ねずみ・・・。ハムスター?モルモット? 食べるらしい。

 

うずら。

へび。乾燥させてある。

地球上の人口が増加して行けば食糧難になる日も近い。
まぁその頃には私は生きていないと思うけど、
その時は昆虫食が当たり前になっているかもしれない。

コメント (3)

マオ・マーケット(コヒマ) その①。

2019年11月28日 21時22分59秒 | 東北インド

どこでもそうだがマーケット探索は面白い。
ナガランド州は基本的にはノンベジタリアンであり、
ビーフもポークも普通に食べられている。
その他に・・・・犬も食べると聞いていた。
中国や韓国でも食べられているのだが、日本人はちょっと引くな。
それでもその土地の物を食する事は大事である。
ナガランド行きが決まってから、ずっとその事を考えていた。
犬の形を成さない状態で出て来たら解らないし、
食べてから「犬でした。」と言われたら仕方ないな・・・と。

こんな壁画がある所で車を降りて歩いて行くと、まずは肉屋があった。
ポーク1Kg=220Rs(約330円)。値段は組合で決められているらしい。
たくさん買っても安くならないんだから書く必要があるのかな?

 

隣はビーフ。足がぶら下がっている・・・・。

 

そしてその隣がチキンである。デリーで売られている鶏より大きく健康そうである。
水も餌も与えられているしゲージに押し込められてもいない。

魚屋。

これは世界一辛いキングチリである。

ここまでは犬肉はなかった。
前回マニプル州のインファールの肉屋で、
蹄のない指がある脚の肉がぶら下がっているのを見た。
蹄がないので山羊ではない・・・犬だろうと思ったが、
怖くて聞けなかった・・・・。なので免疫はある。

しかし・・・・結論から言うと犬は売られていなかったのであった。
ホッとするやら・・・・ガッカリするやらであった。
犬は食べられてしまうから野良犬がいないと聞いていたが、
デリーよりははるかに少なかったが、野良犬はいた。
ホテルの犬も可愛かったし・・・・食べるのかな・・。

そして雑貨屋の店頭にぶら下がっていたのは、
日本製の紙おむつ(中央の青いパッケージ)である。
ミャンマーとの国境まできていた。

コメント

ナイト・マーケット(コヒマ)

2019年11月27日 21時37分59秒 | 東北インド

バプテスト教会で音楽祭を鑑賞した後、
やる事もないので街に繰り出す事になった。
ガイドさん曰く歩いて10分ほど・・・と言う事だったけど、
やっぱりインド人の言うは真に受けちゃダメだな。
マニプル人だけど、やっぱりインド人だった。
30分ほど下って行く・・・・時はディワリ(インド新年)。
まぁディワリっていうのはヒンドゥー教のお祭りだから、
キリスト教徒がほとんどのナガランド州においてはヒンドゥー教徒は少数派である。
店先に灯を灯す人はほとんどいなかった。

はい、到着。ナガランド州の州都コヒマの中心部と思われる場所。
暗い・・・・。マニプル州の州都インファールと比べても、
はるかに寂しい。日曜日が休日と言う事もあるのかもしれないが、
それにしても活気はないな。

メイン・ストリートも店舗はほとんど閉まっており、
シャッターを閉めた店舗の前に露店が出ている。
野菜や果物を売る人が多い。

焼き鳥風の串焼き、モモ(小籠包)や焼いたソーセージを売るお姉さんが多かった。
基本的にナガランド州もそうだがノースイーストはノンベジ料理である。
ここでも男たちは働かないようで・・・・
首を刈る戦いにならないと血が騒がない様子。

   

モモは蒸した物が主流。ソーセージは豚の血が入っているそうで黒い。
これを持ち帰って酒のつまみにしようと言う事になった。

 

このソーセージ、ちょっとレバー風の食感で味もパンチがなく、
私は好みではなかったので1キレしか食べなかったのだが、
それが・・・・運が良かったようで・・・。
翌日から他のメンバーはお腹を壊し・・・・
デリーに戻ってからもしばらく回復せず病院のお世話になっていた。
私は1時的にお腹が張ったのだが、すぐに回復してため、
このソーセージが生焼けだったのが原因ではないかと言う話になった。

コメント

バブテスト教会(コヒマ)

2019年11月26日 22時10分59秒 | 東北インド

ナガランド州はインドでは珍しくキリスト教徒が90%を占めている。
アメリカが布教したらしいがほとんどがプロテスタントの一派であるバプテスト派である。
そして世界で唯一バプテスト教会が主流の州である。
 
ホテルの裏手にあった案内図は錆びていて良く見えなかった。

ガイドさんの案内で登って行くと・・・・バプテスト協会があった。
夕刻は霧が深い。そして寒い。

 

この日は年に一度の音楽祭のようで、
若者達は黒い服(が多かった)を来てそれぞれ合唱をしたり、
楽器の演奏をしたりして楽しそうだった。

 

紛れ込んで鑑賞した。他に娯楽もなさそうだし、
みな年に一度の音楽祭を楽しみにしているのだった。

コメント (2)

【インドの宿泊施設】 ~ホテル・ラズー・プル~(コヒマ) その②。

2019年11月25日 22時11分59秒 | 東北インド

全7部屋は広さも設備も異なっていた。
私が選んだのは入口の左側にある部屋だった。
暖炉のあるホールからはこのように見える。
天井は左側の窓に向けて傾斜しているが、窓からは明かりが入る。
窓側にテーブルと椅子、入口の左側にも机と椅子があった。

 

気温が低いので小さい窓の方が冷気が部屋に伝わらない。
それから入口(レセプション)に近いと言う事はwifiの電波が強いと言う事である。
奥の部屋では繋がらなかったとの事だった、部屋選びは正解。ちなみに・・・
マニプル州でもナガランド州でも持参したエアテルのwifiは接続できなかった。

 

タオルと石鹸、水1リットル、トイレットパー付。部屋によっては暖炉があったり、
湯沸かしポットとお茶セットがあった。

ウェルカム・ドリンクはストレート・ティだった。
ナガランドではチャイ飲まないのかな?

夕食の前に持参した酒で酒盛り(笑)したらオツマミを出してくれた。
豚肉と筍の煮込みである。これはどこで食べても鉄板級の美味しさだった。
豚肉は脂身が多いんだけど。そういう豚なのね。

食事はブッフェだだった。ダールと豚肉、魚を選択。
基本的にはマサラ(スパイス)のない唐辛子風味のカレー。
ナガライスのキール(ミルク粥)がデザート。

 

朝ごはんはトーストと目玉焼き、フルーツ、ジュース、コーヒーであった。

基本的に周りに食事する所はないのでホテルで食べるしかない。
1泊2食付きで3500Rs位のようだ。
ツアー代金に含まれているので詳細は不明だが予約サイトではこの位だった。
犬が可愛いのでもし次回行くとしてもここに泊まりたい。

コメント

【インドの宿泊施設】 ~ホテル・ラズー・プル~(コヒマ) その①。

2019年11月24日 22時11分59秒 | 東北インド

コヒマの中のオールド・コヒマと呼ばれるエリアにある、
とてもアットフォームなホテルである。
全7室でそれぞれ個性的な部屋があった。

駐車場から左手にあるアーチをくぐると庭がある。

 

10月下旬だったがいろんな花が咲いていた。
標高は1500mほどである。気温も低かった。 

 

玄関の柱に銃痕が・・・と思ったら、それもそのはず、
このホテルは1944年に建てた築75年の洋館だったのだ。
この地も戦場となっていたのであろうか。

玄関を入るとホールになっており暖炉もあった。冬場は冷え込みそうだ。
そしてナガ族の民族的な飾りが・・・この頭髪のようなものは・・・
まさか・・・まさかの・・・刈った首からとったのもだろうか。

 

そして・・・わんこがいる~。可愛い~。
ちょっとおデブでセーターが食い込んでいる所も可愛い。
太っているせいかよちよち歩き。

 

で、いぢり倒したわけである。得意の犬マッサージ。猫にもやるけど。
喉から始めて首から肩、背中、腰、お尻~と・・・・。
チェックアウトの頃にはすっかり私の虜になっていた。

コメント

英軍のM3中戦車。

2019年11月23日 21時45分59秒 | 東北インド

第二次世界大戦の時にアメリカで造られた戦車である。
キサマにある戦争博物館からほど近い森林の中に
M3中戦車が放置されている。
日本軍呼称:サル陣地(イギリス軍呼称:クキ哨所)の東山麓で、
道路からは下方の森林の中に見えるので、知らなければ気がつかない。
階段を下りて行く。

イギリス軍仕様の物がグラント(南北戦争時の北軍のグラント将軍から命名)、
アメリカ軍使用のままイギリス軍に渡ったのもがリー(南軍のリー将軍から命名)と呼ばれており、
標識によるとこれはグラント戦車である。

乗員は上部(砲塔部)に3名:車長(指揮官)、
37mm砲手(砲弾を撃つ人)、弾薬手(弾薬を充填する人)
下部(車体部)に4名:操縦手、無線手(前方機銃装弾手兼任)、
75mm砲手、装填手。

特徴としては横に乗車用のハッチがある。
車高が高く見つかりやすかったが、遠くは良く見える。

 

ほとんど無傷で放置されている。錆びもない。山を登ろうとしてひっくり返ったか、
故障して動かなくなって放置されたかであろう。

 

柵が設けられているので放置でなく展示か。
後部のエンジン部分。

まともな対戦車火器を持たない日本軍相手には相当な威力があったそうだ。

コメント

佐藤中将宅(キグウェマ村) その②。

2019年11月22日 21時56分59秒 | 東北インド

首狩り族の象徴なのか?家に斧を象った飾りがあった。
そして入口には・・・・人間の頭があったらどうしようかと思っていたのだが、
牛の頭だった。この飾りのある家はお金持ちらしい。

 

知らない人は来ないだろうから、当然鍵もかかっていない。
ガイドさんに続いて家の中に入ってみたら、けっこう広い土間があった。
周りに部屋があるのだろうか?伺い知れなかったが、中から子供が出て来た。
日中、大人は仕事に行ってる(ゲームをしている?)ので、
子供が兄弟の子守をしているとの事。

 

これはゴミ箱である。H.NO-4は住所で家番号4番であろう。
日本でも昔よくあった土壁の家が普通である。
ナガランド州はインドでは珍しく90%以上がキリスト教徒である。
街中にもゴミは落ちておらず、教育が行き届いていた。

 

さて、村の真ん中ほどの佐藤中将が3ヶ月住んでいたと言う家があった。

 

周囲の家とはちょっと違う趣がある木造の家である。
花がたくさん飾られている。洗濯物も干してあり生活感がある。
そして玄関には布が下がっているだけだ。
知らない人は来ないから扉も必要ないのである。

 

家は高台にあり見晴らしがよく、裏側は絶壁である。
75年前佐藤中将は何を思っていたのか・・・・。

コメント

佐藤中将宅(キグウェマ村) その①。

2019年11月21日 22時11分59秒 | デリーNCR

インファール作戦でコヒマに進軍した佐藤中将が、
3ヶ月ほど滞在していた家が今でも残されている。
と言うか、残っていて普通に人が住んでいる。

キグウェマ村と言う所で通称:佐藤村とも言われていたそうだ。
山道を頂上まで登った集落である。建物には第二次世界大戦中、
1944年4月4日午後3時に日本軍が到着したとの記載があり、
その右側には戦没者供養塔との日本語の記載もあった。

で、中を覗いてみると・・・・そこには・・・・

ゲームに興じる男たちがたくさんいた。
写真を撮っていいかと声をかけ撮らせてもらった。
現在ナガランド州は禁酒州になっているが、
以前はここで酒を飲みながらゲームをやっていたとの事。
戦没者の供養塔で酒を飲んでゲームか・・・・いや、いいんだ。
酒も飲めなかったろうし、ゲームもできなかっただろうから、
十分に楽しませてやって欲しい。
 
周囲を探索してみる・・・・。普通の日常がそこにある。
年に何度かこんな風に日本人がやってくるだけだろう。

 

 

見かけたのは子供達とゲームをする男達。
大人の女性の姿はほとんど見なかったが働きに行っているのかな。
暖かい国に良くあるように男達は仕事をせずブラブラしているので、
女性が働き者のようだ。
男達は戦いになると血が騒ぐが普段は何もしないのだった。

コメント

戦争博物館(キサマ) その②。

2019年11月20日 22時55分59秒 | 東北インド

この博物館で一番気になったのは、この模型である。
テニスコートの戦いである。これが全体を見渡せる模型。

テニスコートを横から見たところ。左手の下方向から日本軍が登っている

 

テニスコートの上のあるイギリス軍の施設から見たところ。

さて、博物館の反対側の山を見れば・・・・

ハリウッドかと思ったらナガ・ヘリテイジ・ヴィレッジの文字が。
伝統的なナガランドの民族の様子を伝える施設があるらしい。
普段はやっていないようだ。まぁ観光客は毎日は来ないだろう。
毎年12月に行われるホーン・フェスティバルと言う祭典が行われる。
ナガランド州に16ある部族がそれぞれの伝統的な衣装を着て集う。
 
丘に無造作に置かれいたのは機銃の運搬車との事。

 

 

貫通した銃弾の跡も残されていた。

コメント