すんけい ぶろぐ

雑感や書評など

つげ義春「無能の人・日の戯れ」

2005-08-01 09:05:41 | 書評
「編集王」の中にも、「石の漫画」を書いている人が登場していたような、うろ覚えのような…


「恋の門」における蒼木の「石の漫画」という言葉を聞いて、
「石の漫画というと、つげ義春の「無能の人」と関係あるのかなぁ」
などと思っていましたが、実は「無能の人」は読んだことはない。

「無能の人」はいつかは読んでみたいと漠然と思いつつも、つげ義春という名前に対して、なかなか積極的な行動にでれないまま現在に至ってました。
で、今回、せっかくなんで、手にしてみました。


「無能の人・日の戯れ」。


うーむ、あつい。
社会不適合者・生活無能者の、あつい日々だ。

小心だけれどもプライドが高い。でも、勤勉さは持ち合わせておらず、いつも口先だけで、日々の努力を積み重ねるようなことはできず、いつも一攫千金を夢見て怠惰に過ごしている。だけれども、犯罪者になるほどの度胸も行動力もない。


圧巻は「無能の人」の主人公が、川原の掘っ立て小屋に、そこらへんで拾ってきた石を並べて「商売」と称していること。

その見事な無能ぶりは、蒼木門が「漫画芸術家」と称して「石の漫画」を描いているところと通底しています。
「無能の人」の主人公も、(もと?)漫画家だしね。


で、話を「無能の人・日の戯れ」に戻しますと、短編の集まりです。連作と言っても、いいかもしれません。
二十歳前後から三十代後半あたりまでの、つげ義春自身とおぼしき人物を主人公として、身辺で起こることを、ちょっとしたユーモアをまじえて描いております。

この主人公ですが、いつも正業には就いてません。漫画なんかやっていられるか、とゴチャゴチャ文句を言って、女房子供がいようと、ブラブラして暮らしています。見事です。

しかし、若いころのブラブラは、それなりに見ていられるものですが、三十代後半のブラブラは、きついものがあります。
十代の不良がイケていても、三十代になるとイタいのと同じです。


で、「無能の人」には、その主人公を超える無能者・山井が登場します。
山井は古本屋の主人なのですが、寝ているばかりで、仕事などしない。

主人公は、石を並べて「商売」をしようとしていますが、山井は、それすら放棄してしまっている。
そんな自分を、自身は、こんな風に評価しています。
こうしているとまるで病人か年寄りとか
女房にあいそうつかされたふぬけとか窓際族失業者とかようするに役立たずの零落者のように思われ
誰も相手にしれくれません
誰からも期待も依存もされません
役立たずとして社会から捨てられます
捨てられた私は存在しないも同然です
「いながらにしていない」ということです
つげ義春「無能の人・日の戯れ」358頁 新潮文庫
ここまで徹底された無能者となると、なにか凄味すら感じてしまいます。ニートなんか、まだまだですよ。あんなの流行にのっているだけだ!!


無能の人・日の戯れ

新潮社

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