羽花山人日記

徒然なるままに

読書備忘(23) 『牧野富太郎の植物愛』

2023-07-01 19:36:33 | 日記

読書備忘(23) 

大場秀章 『牧野富太郎の植物愛』 朝日新聞出版 2023年

友人のブログに紹介されていて,この本のことを知った。

著者の大場秀章さんは,東京大学名誉教授で,同学総合研究博物館特招研究員をされている,植物分類学者である。牧野富太郎の活躍の舞台でもあった,東京大学理学部植物学教室のOBでもある。

わたしは,牧野富太郎博士について,在野の研究者として,植物分類学に大きな業績を残したということはもちろん知っていて,その人となりや私生活については,以前に読んだ小説や評伝などである程度は知っていたが,彼と東大との関係については噂程度しか知らず,友人の紹介にそのことも触れられていたので,興味をもって読んだ。

しかし,読み終わって,そんな興味だけでこの本を読むのは,著者に失礼に当たることと反省している。

大場さん自身が植物分類学者であり,その意味では牧野博士のよき理解者である。

牧野富太郎が高知県佐川村の造り酒屋の跡取り息子として生まれ,自らを「植物の愛人」と規定して,植物分類学者としての素養をいかにして身につけてきたかが,きわめて具体的に,しっかりした資料的な裏付けをもとに書かれている。優れた評伝である。

私塾に通って漢籍などの素養を身につけ,英語で書かれたものも含めて書籍を訪ね,郷里の先人から植物の多様性と世界との交流に目を向けさせられる。植物画の習得,標本の作製にいそしみ,植物学者としての実績を積んでいく過程の著述は,分類学者の著者ならではのもので,牧野の非凡さを浮き立たせている。

また,『牧野日本植物図鑑』などの著作物の著者による評価も,さすがと納得できるものである。また,牧野による植物画も挿入されていて楽しい。

それはさて置き,終章の「姿が見えない真の牧野富太郎」は,やはりこの本の白眉である。

牧野はその自伝『牧野富太郎自叙伝』で,東大植物学教室との軋轢にしばしば言及している。しかし,その言及が果たして真実かどうかについて,著者は疑義を呈している。

例えば,1890年矢田部教授によって教室への出入りを禁止されたことについて,一方的に教授を非難しているが,教室の蔵書を無断で家に持ち帰るような,傍若無人な牧野の振る舞いがその原因となった可能性があったのではないかと,著者は思考する。

植物学教室を追い出されたのに同情した農科大学(東大農学部)の池野誠一郎に助けられたという記述については,英語やラテン語の読み書きが不如意で,顕微鏡の扱いも不明の牧野が池野に助けを求めたのが事実ではないかと,著者は推定する。

そのほか,1939年77歳の牧野が講師を辞任した経緯の記述についても虚偽があることを,具体的な証言に基づいて,著者は指摘している。

著者の先輩は,牧野と東大植物学教室との関係は和気あいあいだったといっているが,なぜ東大アカデミズムとの対立と巷間で取り沙汰されるようなことを牧野が書いているのか,著者は牧野の偉大さを評価するだけに,残念がっている。

「偉人にして善人なし」,著者が何気なく引用している。

朝ドラの『らんまん』は,牧野に題材を得ているが,それはやっぱりフィクションのドラマである。

 

森林公園にてカミさん撮影

オダマキ

キキョウ

 

STOP WAR!

コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする