あってはならない
安部元首相が銃撃され,亡くなられた。絶対にあってはならないことだ。テロでは何も変えられない。また,変えさせてはならない。ご冥福をお祈りする。
AIと創作
昨日と一昨日の朝日新聞に,「AIと創作の未来」と題する記事が2回に分けて載っていた。
歌人の俵万智さんに,短歌のリズムと言葉の並び方を学習したAIを使って,和歌を作ってもらった。このAIは1.1秒に100種の短歌を生成する。
俵さんは推敲中の和歌の上の句を入れ,どんな下の句が出てくるかを試した。
〈実感のないこと歌になりづらし〉〈われに歌ありとうしろ姿に〉〈喝采を受けずにはいられない〉ほかずらりと出てきた下の句を見て,俵さんは,いい気分転換になって,求める表現の手掛かりが得られるのではないかという。
次に,俵さんの6冊の歌集を覚えさせた「万智さんAI」に,やはり下の句を詠ませてみたところ,万智さんの文体に近づく歌が出てきて,傾向が大きく変わった。先人の歌を沢山覚えて力にしていくヒントを,AIが教えてくれるような気がする,と俵さんはいう。そして,AIの次の句を絶賛している。
上の句;一人称あまり使わぬ日本語に
俵さん;われを意味する言の葉多し
AIくん;君の心を隠しているか
結論として,俵さんは,AIはより良い表現を模索する相棒になってくれるかもしれないが,歌をつくることは自分の心の揺れを見つめて感じたことを味わい直すことで,AIにそれは期待できない。歌を詠むのはあくまで自分だという。
歌人の永田和宏さんは,AIの登場は作者と読者の関係について問題提起をしているという。作者の一番言いたいことを読者に引き出してもらうのが,歌の読みであって,作者がAIと分かったらこの関係は成立しない。
そのほかのコメンテーターの意見をまとめると:AIは無尽蔵に歌や俳句を作れるが,どれが優れた作品かは判断できない。人が読むことによって,初めて意味をもつ。コンピューターにとって,文章は数字の並びでしかなく,意味は理解していない。創作活動において,「気づき」を与える可能性がある。
総じていうならば,ここに登場しておられる創作に携わる方々は,クールにAIの役割を受け止めている。あくまで創作は自分たちの領域であり,補助として使えるなら使えばいいということである。
これからはAIとバイオの時代であるといわれる。しかし,人間の情動から発する芸術・創作活動の本質には,AIの入り込む余地はないだろう。
ロボットやAIによる楽器の演奏について,ヴィオリストの畏友村山弘氏に問うたことがある。彼は,「息遣いが聞こえないだろう」と答えた。蓋し名言である。
STOP WAR!