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龍の末裔 第1章 その4

2007-06-15 | 小説
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城門での惨敗から1週間・・・、
エイシア陸上軍大佐 リム・アイガーは専用の野営テントの中で頭を悩ませていた。
最初の惨敗を含めこの1週間で2度の攻撃を仕掛けたがいずれも失敗に終っている。

2度目の侵攻は太古から使われていた攻城兵器、
「トルバシェット」という投石器を使用した。
トルバシェットは大きさが10マルトにも達する最大級の投石器で、
てこの原理を応用して作られている。
重い本体を支える足、
その上に鎮座する巨大な胴体からは一本の長いアームが突き出ている。
足には巻き上げ機と滑車が設置されており、
1テムほどの重量ならば軽々と投射できる。
本来は、8マルトはある長いアームの先に岩をつけて発射するものだが、
今回は直径1マルトほどの巨大な砲弾を投射した。
つい30年ほど前まではこの兵器が攻城戦の主役であった。


カノン砲による正面突破が
失敗した場合のためを想定して持ってきたものである。
リムはこれまでも自軍の技術を絶対的に信用してはいなかった。
常にいくつもの案を用意して戦争に臨んできた。
それゆえ、今の地位があるのだと確信している。
だから父と兄の件があったにも関わらず、一軍を任されている。

そして、リムは今の地位に甘んじている暇はなかった。
どんなに汚いことをしても、
どんなに血反吐を吐いても目的のために這い上がらなければならない。
それがリム自身が科した父と兄への贖罪であり、復讐でもあるからだ。


城門前、あの“焼く光”を警戒し、
トルバシェットの射程距離ギリギリからの投射を行うことにした。
トルバシェットの火薬砲弾が炸裂し、
城内が混乱したと同時にカノン砲部隊と弩兵部隊による遠隔攻撃を展開。
“焼く光”を発生する装置とトロール兵を粉砕する。
後方には騎馬隊と歩兵部隊が待機し、眼前の脅威がなくなったところを突撃する。
戦略は整った。

トルバシェットのアームに砲弾が取り付けられ、
屈強な兵士が10人がかりで巻き上げ機を作用させる。
限界までたわんだアームを固定し、城門の先に狙いをつけた。

「発射!!」

リムの掛け声を合図として、漆黒の鉄と火薬の塊が飛んでゆく。
狂気は見る見るうちに城門を超えていく。
刹那、光が走った。
上空での大爆発。
トルバシェットが放った鉄の塊は、幾重もの光の筋とともに消失した。
「上空に向かっても光が撃てるのか!?」
“焼く光”の汎用性に驚きながらも、完全な想定外だったわけではない。
「今の光の根元が“焼く光”を発生している装置だ!」
再びトルバシェットが軋んだ音を立てる。
「第一砲隊、発射!」
空を切り裂き、黒の球が疾走する。
走り抜けた先では光の洗礼が待っている。
またもや上空で砲弾は弾けとんだ。
大きな爆発音とともに無数の刃が四方に放たれた。
爆発の威力で、刃は疾駆する死神の鎌となった。
思い思いの場所を目指し、突き刺さろうとする刃。
と同時にトルバシェットの第二掃射。
“焼く光”の発生した場所へと向けられた。
轟音。
焼く光を発生した装置は刃と砲弾の2重奏にさらされた。


一面の煙が少しずつ晴れていく。
その中から現れた“焼く光装置”は、
その外形の半分以上を喪失し、もはや機能していないように見えた。
「勝機!」
城門が厳かに開き、そこから現れたトロールに矢の洗礼。
・・・しかし、城門から現れたのはトロールではなかった。
トロールよりもさらに巨大なその“物体”は襲い掛かる矢を全てはじき返した。

生物特有の曲線的なスタイルではない。
頭部、腕、胴、脚、そのどれもが直線を基調として作られている。
表面はかすかな光沢を放っており、無機物のそれを感じさせた。


メタルゴーレム・・・
たった1体ながらその巨体、
その存在感は盛り上がりかけた軍勢を消沈させるには十分であった。
ゴーレムは、はるかな昔に魔術師たちが
自らの奴隷として無機物から作り出した生命体のことだ。
いや、そこには生命の光はなく、
ただ自らに与えられた使命を忠実にこなすだけの存在。
その多くは魔術師の館や迷宮などで共通の任務を与えられることが多い。
「侵入者を排除せよ」


鋼と鋼が打ち合う音が響く。
勢いづいた鋼の矢頭も、ゴーレムの鋼の肉体には傷一つつけられなかった。
あたり一面に本来の役割を果たせなかった矢が散らばり落ちた。
それを待っていたかのようにゴーレムの重い体が動き始める。
鋼の身体は一歩歩くごとにその存在を地面に示していく。
重い重い足あとを残しながらゴーレムは静かに前進してきた。
瞬間、兵士たちに静けさが訪れた。
しかし、目の前の鋼の巨体を目にしても、
エイシアの精鋭たちは同じ失敗を繰り返さなかった。


最前線の歩兵に代わり、後方の騎兵が前に出る。
蹄の音が重なり合い、辺りは砂煙にまみれていく。
ランデットの威勢のいい音楽とともに、
馬たちが鋼の塊目指して突っ込んでいく。

これを待っていたかのように、ゴーレムが長く垂れ下がった腕を振り回す。
地面がえぐれ、土の塊が騎兵たちの前に殺到。
しかし、騎兵隊のほとんどはこれをすんでの所で回避。
雪崩のように押し寄せた土の塊は、逃げ遅れた数騎を飲み込んでいった。
一方、回避に成功した騎馬は、左右に展開する。
人馬一体となり、ゴーレムの両側を雷撃のように駆け抜けていく。
一瞬、どちらを攻撃するか戸惑うゴーレム。
直後、ゴーレムは地面にひれ伏した。
ゴーレムの脚にはミスリル製の縄が何本も絡みついている。
左右に展開した騎馬隊が、縄の両端を持ってゴーレムの横を駆け抜けたのだ。

ゴーレムは、前から突っ伏すように倒れこんだ。
普通、人間は前に倒れるときには腕を前に出し、何とか受身を取ろうとする。
これは、生物として備わっている本能である。
しかし、無機物から作られたゴーレムは、
人型はしているものの生物としての本能は備わっていない。
まるで丸太が倒れるかのように、ほぼ直立な姿勢のまま地面に突っ伏した。

衝撃は、騎馬隊の後方で指揮を取っているリムのところまで響いた。
ゴーレムは、自らの体重と衝撃により、体の前面が土に埋まっている。
知能を持たない哀れな無機物は、
抜け出すためにもがこうともせずにただ地面を舐めている。

「ふん。意外ともろいな。」
リムは吐き捨てるようにつぶやいた。
自らの置かれた状況を把握できず、ただただひれ伏している存在・・・。
あの無機物は・・・かつての自分だ・・・。

大きな力に引き寄せられ、その力を疑問にも思わなかった。
力に従っていれば、何も恐ろしいことはなかった。
まるで、その力が自分のものだと思い込んでいた。
刃向かうものは切り捨て、与えられた力を誇示してきた。
自分は選ばれたものだと愚にもつかない思い込みをしていたのだ。

その結果が、あの事件だ。
自らの業は膨れ上がり、獲物を求めて自身を傷つけ始めた。
それだけでは飽き足らず、父と兄を呑みこんでいった。
気づいたときには全てが手遅れだったあの時・・・。
そして、リムは全てを憎みだした。
父と兄を殺した者を。
そうするように仕向けたあの力を。
そして、自分の浅はかさに気づけなかった愚鈍な自分を・・・。

だから自分はここにいるのだ。
許されるための免罪符ではなく、自らを苦しめるための責め苦を探している。
そして、全てを奪ったあの力を消し去るための機会を窺っている。


そんな考えにリムが心奪われている一瞬だった。
ゴーレムが激しく震えだした。
と、次の瞬間、鋼の人形は銀色に輝く水溜りと化した。
水銀のような液体金属は、いったん地面に広がった後、再び人の形を作り出した。

まるで何事もなかったかのように、鈍く光る忠実な鋼人形は前進を開始した。
同時に城内から飛行してくる無数の影。
そろそろ正午に差しかかろうかという時刻であるはずなのに、
空一面が漆黒の闇に覆われた。

巨大なトカゲに羽を生やしたような姿。
大きく鋭い口先からは燃えるように紅い口腔が顔を覗かせている。
左右に二つずつ、合計四の瞳が冷たく輝く。

龍皇国の飛翔生物兵器“ワイバーン”だ。
その姿はまさしく太古の竜のごとく。
皇国の洗練部隊“ドラグナーズ”では、一人に一匹ずつ与えられる、
ドラグナーズの象徴のような生物である。
このことから、ワイバーンはドラグナーズの名前の由来にもなっている。

今はその背に何も乗せてはいないが、
人竜一体となったときに恐ろしい力を発揮するといわれている。
リムを始め、エイシアの兵士たちが
ドラグナーズの活躍を噂でしか聞いたことがないのは、
“竜戦争”以降、龍皇国が戦争をしてこなかったからだ。
特殊な能力を引き継いだといわれる国王一族の完全な世襲制度と、
圧倒的な軍事力、そして500年もの長き間一度も揺るがなかった統率力は他国から見ると奇跡と呼ぶしかない。
この長きに渡る平穏を維持してきたのは、
代々の皇帝が誇る頭脳であったと考えられている。
世界最高の頭脳と読んでも差し支えないほどの賢さを、
歴代の龍皇国国王全てが持っていたのだ。
この戦知らずの大国は、その軍事力の片鱗も見せずに今日に至っている。
リムが放った幾人かの草も何一つ情報を持ち帰れなかった。


ワイバーンの咆哮とともに馬ごと人間が持ち上げられる。
鋭い爪が馬の腹を紅く染める。
ワイバーンとあいまってひどく奇妙な形をしたその生物は、
そのまま太陽の中へと消えていった。

次の瞬間、轟音と共に肉の塊が落下してきた。
先ほどまでは馬と人であった物体は完全に沈黙し、
命の儚さを訴えかけているように見えた。

エイシアの兵士の間に明らかな動揺が生まれた。
なおも前進してくる鋼の人形と、
上空から攻撃してくるワイバーンに恐怖を抱いている。
リムが統率のための号令をかけようとしたときだった。

空で横一列に並んだワイバーンが一斉に火を噴いた。
最前線の兵士たちが赤く染まっていく。
熱波は兵士たちの心をも焼き尽くしていく。
生き残るという本能に抗えなくなった人間が、我先に逃げ出していく。
悲鳴と喧騒の中、リムの声はもう届かなかった。


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