【超法規的措置】
おそらく長い「教えて!goo」の中でも、この質疑の記録ほど特別なところは、そうないと思われます。
一言でいえば、超法規的措置がいくつもとられていること。
ご友人さんが、finefinefine様名義で登場するのです。
いや、それ以前から、すでに登場していたのかもしれません。
少なくともこの質疑では、お礼欄のコメントが、finefinefine様ご本人がキーボードを叩いて入力したのではなく、ご友人様が彼女の言葉を聞きながら打ちこんでいたことがわかります。
病状を考えれば、それ以前にもそういうことが行われていたかもしれません。
それにしても、削除覚悟で、そういう舞台裏の緊迫を打ち明けたご友人さんの心中やいかに。しかし、削除はされませんでした。
この、№14のお礼、補足欄を最後に、橙色のバーは再び点灯することはありませんでした。
そしてこの質疑では、明らかに、回答としては成立しない書き込みが、いくつも削除されずに残っています。(後日ものですが、私のものもその一種でしょう)
さらに、病院のスタッフの方からの書き込みという、非常に異例な実況が描かれているという事態。また、それが削除されていないという事態。これをどう考えるか。
私は、№35でも述べたとおり、実は「教えて!goo」の管理者、スタッフが、「医師の一人」として動いてくださったのだということに気がつきました。
【インターネットの在り方】
この質疑の流れを、彼女が見られるようになったしたら、どの情報を残せば生き続けるに有効なのか。規約違反は残すべきではない。しかし、本当に事態は一刻を争っている。
「少しでも力になるのならば。」
そう考えていたのは、何も回答者や、それを見ていた一部ネットウォッチャーだけではなかった。管理者であるスタッフの皆さんの思いが、この質疑には反映されていたのです。私はこの配慮、計らいに、いたく感動しました。
書き込み、閲覧、削除、荒らし…とかくインターネットでの書き込み可能なサイトは、機械的に扱われるところがあり、私たちも「そういうものだ」と割り切って接しているものです。でも、このとき私はインターネットの中に、管理者という人間を見ました。管理者の人間性を感じ、このサイトを信頼しようという気持ちになったのです。
ネット、メールのデメリットが語られて久しい。使う人の心ひとつで、ネットやメールは恐ろしい凶器になります。インターネットにかかわるならば、どのような態度で臨むべきなのか。この質疑が、一つの答えを示してくれたように思います。
おそらく長い「教えて!goo」の中でも、この質疑の記録ほど特別なところは、そうないと思われます。
一言でいえば、超法規的措置がいくつもとられていること。
ご友人さんが、finefinefine様名義で登場するのです。
いや、それ以前から、すでに登場していたのかもしれません。
少なくともこの質疑では、お礼欄のコメントが、finefinefine様ご本人がキーボードを叩いて入力したのではなく、ご友人様が彼女の言葉を聞きながら打ちこんでいたことがわかります。
病状を考えれば、それ以前にもそういうことが行われていたかもしれません。
それにしても、削除覚悟で、そういう舞台裏の緊迫を打ち明けたご友人さんの心中やいかに。しかし、削除はされませんでした。
この、№14のお礼、補足欄を最後に、橙色のバーは再び点灯することはありませんでした。
そしてこの質疑では、明らかに、回答としては成立しない書き込みが、いくつも削除されずに残っています。(後日ものですが、私のものもその一種でしょう)
さらに、病院のスタッフの方からの書き込みという、非常に異例な実況が描かれているという事態。また、それが削除されていないという事態。これをどう考えるか。
私は、№35でも述べたとおり、実は「教えて!goo」の管理者、スタッフが、「医師の一人」として動いてくださったのだということに気がつきました。
【インターネットの在り方】
この質疑の流れを、彼女が見られるようになったしたら、どの情報を残せば生き続けるに有効なのか。規約違反は残すべきではない。しかし、本当に事態は一刻を争っている。
「少しでも力になるのならば。」
そう考えていたのは、何も回答者や、それを見ていた一部ネットウォッチャーだけではなかった。管理者であるスタッフの皆さんの思いが、この質疑には反映されていたのです。私はこの配慮、計らいに、いたく感動しました。
書き込み、閲覧、削除、荒らし…とかくインターネットでの書き込み可能なサイトは、機械的に扱われるところがあり、私たちも「そういうものだ」と割り切って接しているものです。でも、このとき私はインターネットの中に、管理者という人間を見ました。管理者の人間性を感じ、このサイトを信頼しようという気持ちになったのです。
ネット、メールのデメリットが語られて久しい。使う人の心ひとつで、ネットやメールは恐ろしい凶器になります。インターネットにかかわるならば、どのような態度で臨むべきなのか。この質疑が、一つの答えを示してくれたように思います。