著者 小池 真理子
「年をとったおまえを見たかった。見られないとわかると残念だな」
作家夫婦は病と死に向きあい、どのように過ごしたのか。
残された著者は過去の記憶の不意うちに苦しみ、その後を生き抜く。
心の底から生きることを励ます喪失エッセイ52編。
>病気がわかった後のこと。梟の声に気づいた時、部屋の中にいる彼の耳に届くよう、私は窓を少し開けた。
風のない晩だった。梟の声は遠く近く、よく聞こえた。
明かりを消した室内に青白い月の光が射(さ)し込んで、薄墨色の影を作っていた。
萩原朔太郎の詩の世界みたいだった。
>夫、妻、娘、息子、兄弟姉妹、両親、ペット……亡くした相手は人それぞれだ。
百人百様の死別のかたち、苦しみのかたちがある。ひとつとして、同じものはない。
それなのに、心の空洞に吹き寄せてくる苦しみの風の音は、例外なく似通っていた。
大きな死別経験のあるなしにかかわらず、年齢も性別も無関係に、人は皆、周波数の同じ慟哭を抱えて生きている……
それが、連載を終えた今の私の実感である。
この一年は、夫のいない時間を生き始めなくてはならなくなった私が、
思いがけず無数の読者の、同様の想いに励まされてきた一年でもあった。
ご主人の藤田宜永(よしなが)さんが直木賞を受賞したとき、
先に受賞していた小池さんは とても嬉しそうで、赤いバラの花束を渡しながら
思わず藤田さんの頬にキスをしてました…
本の内表紙のレモンを薄切りにしたような月の写真もステキです…