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読書感想とロードバイク日記2

週末のお天気の日にロードで走っています。晴耕雨読ならぬ、晴れたらバイク、雨の日は読書の日々

「バベる! 自力でビルを建てる男 」

2018年07月31日 | 日記
岡啓輔(筑摩書房)

 まるで、バルセロナのガウディの境界建築のようです。10年以上経ったのにまだ未完成。
 ついには、資金切れで、「売りに」出しているが、その条件はしばらくこの夫婦が住むというもの。もっとも200年壊れないというから、買っても安心か。

 内容紹介は
『2005年、着工。現在も建設中。200年もつコンクリートで、「蟻鱒鳶ル」をつくる男の意志と記録、そして未来。

著者略歴
岡/啓輔
1965年、福岡県生まれ。一級建築士。住宅メーカー勤務後、東京で土工、鳶、鉄筋屋、型枠大工など現場経験を積む。2003年、「蟻鱒鳶ル」案が「SDレビュー」入選。2005年から東京・三田にRC造のビルをつくりはじめる。現在も建設中
萱原/正嗣
1976年、大阪生まれ神奈川育ち。フリーライター。人物ルポから人文・歴史、社会科学、自然科学まで幅広いテーマを取材・執筆 』
・・・amazonからの紹介文だが、未完成だし、ほとんど説明ができないのだろう。あはは。

 ずっとましな紹介は
『(内藤順氏による)honzの書評を引用・・・
 旧約聖書の中に「バベルの塔」という物語がある。人間たちは、天にも届かないような高い塔を作りはじめた。神は、それを人間たちの神への挑戦と受け取り、人間の驕りを戒めるべく言葉をバラバラにしてしまう。言葉が通じなくなった人間たちは、意思疎通がとれずに塔を建設することができなくなり、塔は完成を見ることなく崩れ去ったーーそういう内容である。
 この物語から得られる教訓は、様々なケースに当てはめることができる。傲慢に対する戒めであったり、実現不可能な計画を批判するためであったり…。しかし「バベルの塔」における分断のアナロジーを現代の建築業界の中に見出し、新たな戦いを始めた男がいる。それが本書の著者・岡 啓輔氏だ。
 彼が東京港区の三田で行っている挑戦は、筆舌に尽くしがたいものがある。建築面積25㎡弱、延べ床面積100㎡、「蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)」と名付けられたビル。これを全てセルフビルドで作ろうというものだ。2005年11月につくりはじめ、かれこれ10年以上建築中という不思議な建物である。
 もちろん安易に施工業者に工事を発注することなど、していない。材料の多くはホームセンタにて購入。コンクリートひとつとっても、工場で作られたものを買ってくるのではなく、現場で自らセメントと水と砂とジャリの分量を計って混ぜて練っている。
 目指すべき建築物の概要には、彼の半生の全てが凝縮されていた。コンセプトは「踊るようにつくる即興の建築」。本書は「三田のガウディ」の異名を持つ著者が、前代未聞のビル作りに挑む模様を余すことなく収めた一冊である。
 かつて著者は、建築学校に通っていた時分に、建築禁止令を出されたことがあった。それは建築の世界に閉じすぎていた彼の視野を広げるためのアドバイスであったという。途方にくれた彼は、知人の紹介をきっかけに舞踏を習い始める。
 1年間ほど踊りに熱中する中で見えてきたのは、踊りにおける本質とは踊り手の心の内に湧き上がってくる感情や咄嗟のアイデアが全てということであった。やがて、これを建築の世界にも応用し、思考と表現を交錯させる即興型の建築を模索し始めていく。
 このスタイルの実現を可能にしているのが、彼の異常なほどのコンクリート愛だ。コンクリートの最大の利点は、曲面だろうが凹凸があろうが型枠で表現できるものであれば、自由自在に形を生み出せることである。
 つまり「魔法の石」たるコンクリートを現場で練り、その場で打てば、すぐに形を作り出すことが出来るのだ。この手法こそが、作りながら、現場の思いつきで形を変えていく即興型建築の原点になっている。
 ちなみに「蟻鱒鳶ル」で使用されているコンクリートセメントの質量に対する水の質量の割合は37%ほどである。(※世に出回っているコンクリートは、工場出荷時で60%程度)。専門家の見立てによれば、「この製法なら200年もつ」とのことだ。
 一方で意義深いのは、このスタイルが現在の建築業界に対する痛烈な批評にもなっていることだ。今の建築業界において、建築家が頭で考えることと、職人が手を動かすことの間には大きな隔たりがあることは否定できない。
 しかも、頭で考えたことが一方的に現場へ降りていくだけで、現場で手を動かしながら気付いたことを、建築に反映する道筋は絶たれているのだという。だから表現が思考を追い抜くように建築をつくれば、建築や町がもっといきいき輝き出すのではないかーーそれが著者の切なる願いであった。
 機能の合理性や必然性といったものに注目が集まりがちな現代社会において、「蟻鱒鳶ル」では、作り手の思いや欲求が十分過ぎるくらいに炸裂している。それをエゴイズムや空回りに感じさせないのは、作り手と使い手が同一人物であることに起因する。「作り手の思いを最大限に解き放つ」「顧客のことを最大限に考える」、一見両立し得ない2つをセルフビルドという形で綺麗に回収している点は、見事というより他はない。
 自分の使いたいものを自分で作る。自分が作りたいものを自分が使う。現代にはびこる最も深刻な「作り手」と「使い手」の分断を、現代の「バベルの塔」は鮮やかにつなぎあわせている。そして意外にも、個人に閉じている欲求のサイクルの中にこそ、万人に通じる欲求の普遍性が潜んでいるのだ 』

・・・しかし、上記にもあるように、今のコンクリート建築がダメなのは『水増し』だからなのですね。まともに工事したならば、ずっと安心な建築物もできているでしょうに。日本人の考えは、家に価値を置かないのね。地震や雷、火事など災害ですぐになくなるから、泡沫のような人生設計でもあるのだろう。
・・・でもね、本としては必ずしも面白くない。自伝風なところもあるのだが、それは余分。もっと建築過程やら苦労話があった方が良いかな?

映画「グランドブダペストホテル」

2018年07月26日 | 日記
 DVDで鑑賞。
 しゃれたお話だ。ちょっと、ミステリのところもあるが、どちらかというと、コメディっぽいドラマでしょう。十分楽しめた。回想風な展開で、場面が飛ぶけどストーリーは追いつける。

 内容紹介は「映画.com」から
『解説
『ダージリン急行』などのウェス・アンダーソン監督が、格式高い高級ホテルを取り仕切るコンシェルジュと、彼を慕うベルボーイが繰り広げる冒険を描いた群像ミステリー。常連客をめぐる殺人事件と遺産争いに巻き込まれた二人が、ホテルの威信のためにヨーロッパ中を駆け巡り事件解明に奔走する。主演のレイフ・ファインズをはじめ、エドワード・ノートン、エイドリアン・ブロディ、ジュード・ロウなど豪華キャストがそろう。

あらすじ
1932年、品格が漂うグランド・ブダペスト・ホテルを仕切る名コンシェルジュのグスタヴ・H(レイフ・ファインズ)は、究極のおもてなしを信条に大勢の顧客たちをもてなしていた。しかし、常連客のマダムD(ティルダ・スウィントン)が殺されたことでばく大な遺産争いに巻き込まれてしまう。グスタヴは信頼するベルボーイのゼロ(トニー・レヴォロリ)と一緒にホテルの威信を維持すべく、ヨーロッパ中を駆け巡り……。

映画レポート
「グランド・ブダペスト・ホテル」ヨーロッパ趣味を全開にしたウェス独特の世界がもたらす幸福感
 まるで名人パティシエのお菓子を口の中に放り込んだときのような、ふわーっと広がり、ずーっと味わっていたくなるような幸福感。こうして思い出すだけで、口角がにゅっと上を向いてしまう。いや、ウェス・アンダーソン監督の作品はいつだってそうだった。だが今回は、新機軸でワクワク感、うひょうひょ感、うっとり感が倍増し! この面白さと新鮮さは、ヨーロッパのストーリーテリングと美意識をもって、ウェス・アンダーソンが彼独特の世界を構築しているところから来る。つまり監督がヨーロッパ趣味を全開にしているのだ。
 オーストリアの作家ツワイクにインスピレーションを受けたという監督は、ノスタルジックな回想形式で物語の幕を開ける。舞台は東ヨーロッパにある架空の国。現代の作家が情緒ある古いホテルのオーナーから昔語りを聞く60年代と、その物語が展開する30年代という入れ子構造で、時代ごとにスクリーンサイズが変わるという懲りようだ。
 30年代、ホテルの上客だった老マダムが急死し、彼女にとって(そしてほかの多くの老女性客にとって!)最愛の男だった伝説的コンシェルジュに殺人容疑がかかる。彼を慕う新人ベルボーイをも巻き込んで、繰り広げられる奇妙な冒険。スラップスティックなコメディでありながらミステリーであり、世間からちょっとズレた人間同士の親子のような愛情も味わい深い。ここにルビッチやスタージェス、オフュルスといった監督たちへのオマージュを見つけることもできるだろう。ウェス組の豪華スター俳優たちが嬉々としてチョイ役を演じ、現れては消えていくのも贅沢なお楽しみ。もちろんウェス印の構図や撮影も健在だし、虚構世界の醸し出す幻想性が強まって、心をくすぐる。何より、ミニチュア感満載のピンク色をしたホテルとお菓子ボックス、夢のような色彩のインテリアなど、プロダクション・デザインのかわいいこと、素敵なこと!
 ツワイクやルビッチに負けないくらい、この映画に大きな貢献をしたのがロケ地となったドイツ東端の町、ゲルリッツだ。訪れたことがあるが実際にピンクのホテルがあったり古いパステル調の家々が並んでいたりして、監督がインスピレーションを受けたことは想像に難くない。ヨーロッパ旅行の折に、訪ねてみてはいかがだろうか。(若林ゆり)   』

・・・本当に豪華で楽しい映画だ。コンセルジュのネットワークで危機を脱出するところが優雅な逃避行になっている。ああ、面白かった。




「トマト缶の黒い真実」

2018年07月24日 | 日記
ジャン・バブテスト・マレット(太田出)

 やれやれ、世界規模に貿易が進むと目の届かないところも出てくるし、安ければ何でも良く、消費者の健康なんてどうでもいいと言う金の亡者が出没するという話だ。それに中国がからむと、人の命の重みもすごく軽くなるような気がする。

 内容紹介は(出版社によるもの)
『スープやパスタ、カレーやハヤシライスなど、トマト缶は非常に使い勝手が良い食品だが、生産や加工の実態が伝えられることは稀だ。トマト缶の生産と流通の裏側を初めて明らかにしたノンフィクション『トマト缶の黒い真実』(ジャン=バティスト・マレ・著 田中裕子・訳/太田出版)では、通称「ブラックインク」と呼ばれる、古くなって酸化が進み、腐ってしまった濃縮トマトを使った商品の実態をリポートしている。
 もし濃縮トマトの缶詰にトマトは31%しか入っておらず、残りの69%が添加物だとしたら? 同書では、著者が中国の某食品グループの創業者のリウ将官および息子のクイントンと交わしたやりとりが紹介されている。
 * * *
「見てくれよ、こいつには数百万ドルの価値があるんだ。うちの科学者だ。ぼくたちのビジネスでもっとも優秀な人間さ。かつては天津のxxxxx社(*)の工場で働いてたんだが、今はここにいる。こいつは奇跡を起こしてくれるんだよ」
 奇跡とは何だろう? クイントンが説明してくれる。この男性に、世界でもっとも安く売買されている三倍濃縮トマト、ブラックインクを渡し、完成品のトマトペースト缶に濃縮トマトを何パーセント使いたいかを伝える。それだけで、このリウ一族専属の科学者が最良のレシピを考えてくれる。商品として販売するのに最適な添加物の分量を教えてくれるのだ。
 一見簡単なことに思われるかもしれないが、じつはそうではない。ブラックインクに水をたっぷり入れたら、とろみをつけるためにデンプンや食物繊維を加えなくてはならない。だがそれらを多く入れすぎると色が薄くなるので、今度は着色料を加えなくてはならない。だが入れすぎると粘り気がなくなり、トマトペーストとは似ても似つかないものになるおそれがある。
 ここにいる科学者は、それぞれの添加物のちょうどいい割合を見つけられる唯一の人物なのだ。では、彼の最新のレシピとは? それは濃縮トマト31パーセントに対し、添加物69パーセントだという。
「ほら、これが今日の缶詰だ」
 クイントンはそう言って、ライバル会社の缶詰を科学者に手渡した。彼はそれらを持って応接室から出ていった。さっそく研究室で分析を始めるのだろう。他社のトマトペースト缶にどれくらい濃縮トマトが含まれているか、正確な割合を調べるのが彼の任務だ。リウ親子は、ほかの商品にどれくらいの割合で添加物が入れられているか知りたいのだ。リウ将官は息子に向かって言った。
「今ここで値段の話をするのはやめよう。明日、分析の結果を待ってからだ。結果さえわかれば、コスト計算もできるし、戦略も立てられる」
 リウ将官は、わたしと握手を交わして別れの挨拶をすると、応接室から出ていった。玄関まではクイントンが見送りにきてくれた。番犬のジャーマンシェパードもいっしょだ。クイントンによると、通商産業省での父親の会見はうまくいったのだそうだ。
「ここの土地は本当に安いんだ。だから、数カ月以内にはガーナに自社工場を建てて、天津の生産ラインを丸ごと持ってくるつもりだ。それから、カジノも開こうと思ってる」
 * * *
技術や生産努力が、常に正しいことに使われるとは限らないということを思い知らされる「添加物69%の缶詰」のエピソード。習慣的に行われている「産地偽装」、奴隷的に安価で働かされる労働者など、さまざまな問題をこれらの“現場”に潜入した著者が暴露する、フランスでも話題沸騰のノンフィクション『トマト缶の黒い真実』は全国書店で発売中。 』

別の内容紹介です。
『「衝撃的なグローバル経済の実態」ーー朝日新聞(書評・寺尾紗穂氏)
ほか、各種メデイアで話題沸騰!
・「中国産」が「イタリア産」になる流通の謎
・「添加物69%」の現場
・腐ったトマトの再商品化「ブラック・インク」とは
すべてはトマト缶をめぐる真実だ。
・・・それでもトマト缶を買いますか?
 トマトは170カ国で生産され、トマト加工業界の年間売上高は100億ドルにのぼる。
だがトマト缶がどのように生産・加工されているかはほとんど知られていない。
中国、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカを舞台に、業界のトップ経営者から生産者、労働者までトマト加工産業に関わる人々に徹底取材。
世界中で行われている産地偽装、大量の添加物や劣化した原料による健康被害、奴隷的に働かされる労働者などさまざまな問題を暴く。
世界中で身近な食品であるトマト缶の生産と流通の裏側を初めて明らかにし、フランスでも話題沸騰の、衝撃的ノンフィクション。
(目次)
第1章 中国最大のトマト加工会社
第2章 「メイド・イン・チャイナ」のトマトペースト
第3章 伝説化されたアメリカの加工トマト産業
第4章 濃縮トマト輸出トップの会社
第5章 イタリアの巨大トマト加工メーカーのジレンマ
第6章 中国産トマトも「メイド・イン・イタリー」に
第7章 ファシズム政権の政策の象徴、トマト缶
第8章 トマト加工工場の奇妙な光景
第9章 中国の加工トマト産業の暴走――始まりと発展、強制労働
第10章 ハインツの経営合理化とその影響
第11章 加工トマト業界トップ企業、驚異の生産力
第12章 消費者に見えない「原産国」
第13章 天津のトマト缶工場の秘密
第14章 トマト31パーセントに添加物69パーセントのトマト缶
第15章 農薬入りのトマトか、添加物入りのトマト缶か
第16章 アフリカを席巻した中国産トマト
第17章 「アグロマフィア」の象徴、南イタリア産トマト缶
第18章 イタリアの労働者の違法な搾取
第19章 酸化トマト「ブラックインク」をよみがえらせる最新研究

著者について
Jean-Baptiste Malet
〈ル・モンド・ディプロマティーク〉〈シャルリー・エブド〉など多くの有名誌に寄稿する新進気鋭のジャーナリスト。2014年に刊行された第2作 En Amazonie, Infiltre dans le meilleur des monde はアマゾンの配送センターに潜入取材して内部事情を告発した問題作で、フランスでベストセラーとなった。第3作にあたる本書は2017年に刊行されると同時に大きな話題になり、「身近な食材のトマトを通じて読者をグローバル経済の恐怖に陥れる」など各メディアに絶賛された。    』

・・・ちょっと、トマト缶を使いたくなくなってしまった。それに外で「ピザ」を頼むときは、トマト系は食べない方が良いのか? 困ったことになったね。



「乗客ナンバー23の消失」

2018年07月24日 | 日記
セバスチャン・フィツェック(文芸春秋)

 クルーズばやりのような気がするが、本書のような「行方不明」事件が相当数あるなんて言われたら、参加を躊躇するね。警察官がいないのにお客が数千人なんて、怖い。
 そこを背景に事件を追いかける話で、ありそうだけど、仕掛けに無理もありそう。
  
 内容紹介は
『一件落着――そう思ってからが本番です。
ニューヨークまで逃げ場なし。豪華客船に渦巻く謎また謎。
ドイツ・ミステリーの最終兵器セバスチャン・フィツェックの代表作登場。
  事件解決のためなら手段を選ばぬ囮捜査官マルティンのもとに、5年前に豪華客船「海のサルタン号」船上から忽然と姿を消した妻子にまつわる秘密を明かすという連絡が届いた。相手がマルティンを呼びだしたのは、因縁の客船。そこでは2か月に船から姿を消した少女が忽然として出現。さらなる事件が次々に起きていた。
 ニューヨークへ向かう客船の中で走り出す複数のプロット――。船の奥底に監禁された女と、彼女を詰問する謎の人物。娘の忌まわしい秘密を知って恐慌を来たす女性客。何者かとともに不穏な計画を進める娘。船室のメイドを拷問する船員と、それを目撃した泥棒。船の売却を進める船主と、船の買い手である中米の男も乗船しており、マルティンを呼びだした富豪の老女は「この船には恐ろしい秘密が隠されているのよ……」とささやく。
 この客船の中で何が起きているのか? からみあう嘘と裏切りと策謀――真相はめくらましの向こうにある! そしてあなたが「一件落着?」と思ってから、ドイツ・ミステリー界最大のベストセラー作家が腕によりをかけて仕掛けた意外な真相のつるべ打ちが開始される!  』

宮部みゆきの書評を引用する。
『独ミステリーの最高峰
 海外ミステリーがお好きな方なら、二〇〇七年に著者が『治療島』をひっさげて本邦へ初上陸したときの驚きをご記憶だろう。スウェーデン作家スティーグ・ラーソンの『ミレニアム』シリーズが大ヒットして、英米作品中心だった海外ミステリーの翻訳事情が変わり始めたところだった。ただ、スウェーデンはもともと古典的名作『刑事マルティン・ベック』シリーズを生み出したミステリー大国だし、北欧諸国では多彩な作家がバラエティ豊かな作品を書いており、それらが次々と邦訳されることで北欧ミステリー人気を盤石なものにし得たのに対して、ドイツ産ミステリーは当時ほぼ初見の上、フィツェックの孤軍奮闘。近年まで二〇一二年の『アイ・コレクター』などの続刊はあっても、話題性には乏しくなっていた。
 しかし邦訳が切れていただけで、フィツェックはバリバリ書いていたのだ。本書は「ドイツ・ミステリー界の寵児ちょうじ」である彼の現時点での最高傑作と評される長編だ。大西洋を横断する豪華客船「海のスルタン」号で、母親と共に忽然こつぜんと姿を消した少女アヌークが、その二ヶ月後に再び船内に現れる。スルタン号では五年前、ドイツ警察の捜査官マルティン・シュヴァルツの妻ナージャと息子ティムもまたクルージング中に消えており、アヌークは現れたときティムのテディベアを持っていた。妻子の身に何が起きたのか突き止めるため、マルティンは単身この呪われた豪華客船に乗り込む。一つの町ほどの規模があり、何でも揃そろっている船内に、警察組織だけは存在しない。いくつもの悪意と欲望が交錯するなかで、孤立無援のマルティンは謎を解けるのか。
 ほんの数行で展開が変わるジェットコースター・スリラーなので、目を離してはいけません。著者の謝辞のページで読むのをやめてもいけません。この二点だけ、どうぞご注意を。酒寄進一訳。

 ◇Sebastian Fitzek=1971年、ベルリン生まれ。放送局勤務の傍ら、2006年に『治療島』で作家デビュー。    』

・・・この書評はほめ過ぎ。
・・・だいたい、エピローグで混乱させられる。プロローグも不要だと言う意見もあるほど。登場人物も多く、わかりにくいところもある。テーマが少々、なじめない。ネタバレになるので書かないが、これをテーマにされると、嫌悪感があって、個人的にはいただけない。


小説「ノーカントリー」

2018年07月18日 | 日記
コーマック・マッカーシー(創元文庫)

文庫本の題名は、『血と暴力の国』です。原題は”No Country for Old Man"
 映画の題名は、この最初の部分をとったようだが、もうちょっと意味が分かる方がよかったのではないかな?

 さて、小説の方ですが、犯罪小説とも思えるが、構成や内容がそうでも、実は結構哲学的な小説と思った方が当たりでしょうね。独特の癖になる書き方で感情表現が多分ほとんどなくて、映画のあとだけど、よむ価値あると思った。

 内容紹介は
『ヴェトナム帰還兵のモスは、メキシコ国境近くで、撃たれた車両と男たちを発見する。麻薬密売人の銃撃戦があったのだ。車には莫大な現金が残されていた。モスは覚悟を迫られる。金を持ち出せば、すべてが変わるだろう…モスを追って、危険な殺人者が動きだす。彼のあとには無残な死体が転がる。この非情な殺戮を追う老保安官ベル。突然の血と暴力に染まるフロンティアに、ベルは、そしてモスは、何を見るのか―“国境三部作”以来の沈黙を破り、新ピューリッツァー賞作家が放つ、鮮烈な犯罪小説。

著者略歴
マッカーシー,コーマック
1933年、ロードアイランド生まれ。4年間を空軍ですごし、大学にもどって創作活動に入る。65年、長編デビュー。85年、第5長編Blood Meridianで新境地を開く。92年に発表した『すべての美しい馬』で全米図書賞・全米批評家協会賞を受賞。2007年、The Roadでピューリッツァー賞を受賞   』

・・・次のネットでの書評がぴったり。なので引用しますね。
『 舞台は1980年のテキサス
 何故、この様な不条理な出来事が起こる理由の一つに科学捜査が無かったことが挙げられる。この頃は未だ、DNA鑑定やプロファイリングというものが発展していなかったどころか世に知られていなかった時代だ。そう考えると、わざわざ1980年に設定したのも納得が行く。
 映画版を鑑賞する前に読破した本作。静寂ほど恐ろしいものは無いと実感した。「死んだような静寂」という言葉が劇中に何度も出てくるが思うに静寂は死を連想させるものだと恐ろしいほど実感できた気がする。原作の空気感をそのまま映画化できたのも当然と言えば当然だ。
 皆さんも映画版をご覧になる前に読んでみてはいかがでしょうか。映画版ではハビエル・バルデムがいい味を出しています。』
『主人公たちを通じた人間性、人は何に向かって回帰していくのか、を問いかけている。
細部のディテールのみによって小説を紡いでいるようなストーリーは、やはりみごと。』

・・・小説の解説が役立つ。お勧めです。