読書感想とロードバイク日記2

週末のお天気の日にロードで走っています。晴耕雨読ならぬ、晴れたらバイク、雨の日は読書の日々

「メモリー・ウオール」

2017年02月28日 | 日記
アンソニー・ドーア(新潮社)

 短篇、中編集の最初がこの話。そこでこれを読む。未来の不思議な状況が設定されており、認知症で記憶を無くしている老女がそれをカートリッジのようなもので再現できる世界が出現。場所が南アフリカというのもよくわからない設定なのだが・・・
 それとこの老女の夫の考古学上の発見が重なる。ミステリ風な味付けもあるけど作品が不思議な趣をかもし出す文体と状況設定になっている。読者は、好き好きがはっきり出るのでしょう。

内容紹介は
『老女の部屋の壁に並ぶ、無数のカートリッジ。その一つ一つに彼女の大切な記憶が封じ込められていた―。記憶を自由に保存・再生できる装置を手に入れた認知症の老女を描いた表題作のほか、ダムに沈む中国の村の人々、赴任先の朝鮮半島で傷ついた鶴に出会う米兵、ナチス政権下の孤児院からアメリカに逃れた少女など、異なる場所や時代に生きる人々と、彼らを世界に繋ぎとめる「記憶」をめぐる6つの物語。英米で絶賛される若手作家による、静謐で雄大な最新短篇集。O・ヘンリー賞受賞作「一一三号村」およびプッシュカート賞受賞作「ネムナス川」を収録。

著者略歴
ドーア,アンソニー
1973年オハイオ州クリーヴランド生まれ。短篇集『シェル・コレクター』でデビューし、O・ヘンリー賞、バーンズ&ノーブル・ディスカバー賞、ローマ賞、ニューヨーク公共図書館ヤング・ライオン賞ほか多数の賞を受ける。アイダホ州在住 』

・・・まあ、世界は広い。いろいろな作家がいるんだねぇ・・・

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「サイレント・ブレス」

2017年02月26日 | 日記
南 杏子(幻冬舎)

 作者が医師なので、患者の様子やそのやり取り、死の描写などよく書けている。一種のドキュメンタリーになっているが文学的にはもうひとつ。でも参考になりましたね。

 終末医療の本質が分かって良かった。内容には感動です。

 内容紹介は(まずは書評から)
『患者の死を看取りながら成長する医師を描く
「サイレント・ブレス」というのは〈穏やかな終末期を迎えることをイメージする言葉〉だそうだ。その題名どおり、本書は訪問診療を受ける終末期の患者たちの死をめぐる物語である。
 主人公の水戸倫子は医療技術の研鑽がすべてと信じる大学病院の女医。ある日突然訪問クリニックに異動させられる。左遷だと思って落胆するが、訪問先で死を待つ患者と向き合ううちにサイレント・ブレスを守る医療の大切さに気付いていく物語だ。倫子の進むべき道を示すようにあらわれる教授の一言がいい。「死は負けじゃない。安らかに看取れないことこそ、僕たちの敗北だからね」
 百人いれば百通りの死があるように、ここにもさまざまな死がある。「私、医者なんて全然信じてないから」と言い放つ乳がんの女性ジャーナリスト。母親の失踪後も穏やかに暮らす筋ジストロフィーの青年。息子の頼みを聞き入れ胃瘻をする老母。消化器がん専門の名誉教授は、自らの死を覚悟すると一切の治療を拒否……。大学病院では見ることがなかった患者たちだ。最終話は、脳梗塞で意思疎通がはかれない父親の介護のため休職をする倫子が、死に向かう人間の家族という当事者となって苦悩する。
 面白く読んだといえば失礼だが、死という重いテーマがやさしく説得力のある文章で書かれたことで、より深く死を考えさせる。小説でありながら、あまりにもリアルすぎるのは、著者が現役の終末期医療専門の医師だからだろう。ここに登場する患者は、きっと実在したんだろうな、と思いながら読んでいた。
 現在は、治る可能性にかけて最後まで治療する時代から、死を静かに受け入れる時代への過渡期にある。倫子は、そんな時代の変わり目を背負った私たち自身でもあるのだろう。人は誰もが死ぬ。だが、死ぬときは安らかに死にたい。誰もがそう思っていることを、一番忘れてはならない医師にこそ読んでほしい。
評者:奥野 修司
(週刊文春 2016.11.08掲載)

内容紹介

「死んでいく患者も、愛してあげてよ」
命の終りを真摯に見つめる現役医師による、感涙のデビューミステリ。
現代の終末期医療の在り方を問う、渾身の書き下ろし。
 大学病院の総合診療科から、「むさし訪問クリニック」への“左遷"を命じられた37歳の水戸倫子。そこは、在宅で「最期」を迎える患者専門の訪問診療クリニックだった。命を助けるために医師になった倫子は、そこで様々な患者と出会い、治らない、死を待つだけの患者と向き合うことの無力感に苛まれる。けれども、いくつもの死と、その死に秘められた切なすぎる“謎"を通して、人生の最期の日々を穏やかに送れるよう手助けすることも、大切な医療ではないかと気づいていく。そして、脳梗塞の後遺症で、もう意志の疎通がはかれない父の最期について考え、苦しみ、逡巡しながらも、静かな決断を下す――。その「時」を、倫子と母親は、どう迎えるのか……?
「サイレント・ブレス」とは
静けさに満ちた日常の中で、穏やかな終末期を迎えることをイメージする言葉です。多くの方の死を見届けてきた私は、患者や家族に寄り添う医療とは何か、自分が受けたい医療とはどんなものかを考え続けてきました。人生の最終末を大切にするための医療は、ひとりひとりのサイレント・ブレスを守る医療だと思うのです。 著者

以下、目次的に・・・
6人の患者に秘められた、切なすぎる謎とは―—?
ブレス1 スピリチュアル・ペイン 知守綾子(45歳) 乳癌末期
延命治療を頑に拒否する綾子の元を頻繁に訪れる謎のスキンヘッドの男。家族が誰も知らないその男に綾子が託した思いが、彼女が死を迎えるとき明らかになる。
ブレス2 イノバン 天野保(22歳) 筋ジストロフィー
介護が必要な息子を置いて、母親は家を出てしまった。自分で介護のボランティアを募り、楽しく生活していた保だが、なぜ、最期の夜だけ誰も呼ばなかったのか?
ブレス3 エンバーミング 古賀芙美江(84歳) 老衰
一度は胃瘻を拒否し、穏やかな最期を選んだ芙美江だが、息子の懇願で翻意する。しかしその胃瘻がもとで苦しんで逝ってしまう。そして、彼女の遺体が消えたが、それは息子の企みだった。
ブレス4 ケシャンビョウ 高尾花子(推定10歳) 言語障害
高尾山に捨てられていた美少女・花子。土産物店の初老夫妻が面倒を見るが、一切、言葉を話さない。ある日、花子は突然卓上の料理を投げ捨て逃げ出し、妻はその後、急激に体調を崩し緊急搬送されてしまう。
ブレス5 ロングターム・サバイバー 権藤勲(72歳) 膵臓癌
消化器癌の権威・権藤教授が末期の膵臓癌に侵されたが、積極的な延命治療を拒絶した。そして、競馬場、巣鴨、動物園……と謎の外出を繰り返す。癌治療の名医が人生の最期に知りたかったこととは?
ブレス6 サイレント・ブレス 水戸慎一(78歳) 脳梗塞
倫子の父・慎一は、8年前に脳梗塞で寝たきりになり、今は一切意思の疎通が図れない。父はこの状況を望んでいたのか? 几帳面な父が、なぜ「遺志」を残していなかったのか疑問に思う倫子は、母の行動に疑いを持つ』

 少し、謎解きがあって興味を引き付けるところが「ミステリ風小説」の趣がある。簡単に読める。終末医療に関心があれば読むべき本です。
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「料理通異聞」

2017年02月17日 | 日記
松井今朝子(幻冬舎)

 テンポ舗が良くて、読みやすい。要するに七五調かと思いきやそうでもないのだが、文語的な言い回しがそう思える仕掛けだと思われる。
 食べ物の話が出てくるとなかなかおいしそうだし楽しい。しかし全体のはストーリー展開はさほどに感じなかった。どうしてかな?

 内容紹介は(週刊誌の書評です)
『江戸のごちそうを文章で味わう
この著者は、きっとすごく料理が上手な方なのだろう。文章のリズムが、料理を作るときのテンポに似ているのだ。まるで大きな魚が手際よくさばかれていくのを見ているよう。
江戸の料理屋「八百善」の跡取り善四郎が、寺町の小さな店を将軍御成りにまで大きくしていく一代記。主人公の目を通して当時の富裕層の食文化を垣間見る……というとお勉強みたいだけど、料理屋のお座敷や台所を「どんなものを食べてたの?」とそっと覗かせてもらうような楽しさ。随所に「へーっ! 」という驚きがちらばっていて、どんどんページを捲ってしまう。
たとえば、この頃の精進料理には干瓢の出汁を使ったという。〈日向臭いような匂いがした〉とあるけど、確かに、干瓢を水で戻すときはそんな匂いがする。江戸時代は肉をあまり食べないぶん、植物系のうまみを繊細に使ったことだろう。おそろしく美味いんだろうなと羨ましくなる。
卓袱(しっぽく)料理の話も面白い。長崎では丸い卓を皆で囲んで食べる料理が流行りと聞いた善四郎が再現を試みるのだが、大きな卓を見た息子は目をまるくする。そういえば、江戸時代はめいめい膳で食べるのが普通だった。この唐土伝来の円卓が後の“卓袱台(ちゃぶだい)"となるとサラリと書かれる。へーっ! 卓袱台なんて昔っからお茶の間にある物だと思っていたら、よもや舶来品とは。未知のことなのに、どこかで現代の私達とつながっている。そんな親しみのある驚きだから、誰でも楽しむことができるのだろう。
どんな時代でもどんな社会でも、ものを食べない人はいない。だから、そもそも食という題材自体、誰でも興味が湧きやすいのだ。
鱸(すずき)、鯛、鮎に瓜や茄子、みょうが……。登場する食材は今でもおなじみのものだ(あ、鶴は別ですよ。鶴をどんな風に食べるかは読んでのお楽しみに)。ステーキや寿司、天ぷらに慣れた現代で実際に並べられたら、ごちそうとは思えないかもしれない。なのに文章からごちそう感が溢れてくるのは、善四郎が食材を吟味し、手間ひま惜しまず、工夫をほどこしているのが伝わってくるからだ。
出生の秘密に惑ったり、旅に出たり、芸者に恋をしたり。各章で色々なエピソードが繰り広げられるが、いつも物語の中心には善四郎の料理への熱意がある。小僧の頃から隠居まで変わらない真っ直ぐさが好ましく、つい応援してしまう。
丁寧な仕事、一途な生き方。綺麗なものを見たな、という思いで本を閉じた。ただ一つ困るのは、善四郎が作る江戸の料理が食べたくて堪らなくなることだけど。
評者:瀬尾 幸子
(週刊文春 2016.11.28掲載)

内容紹介
江戸に一代で名を轟かせた料亭「八百善」。料理を文化にした男、栗山善四郎の一代記!
天明二年。江戸は大地震に見舞われた。まだ騒然とした空気が残る中、栗山善四郎は御金御用商・水野家で、料理に関係のない奉公生活を続けている。
料理屋の自分が、元服した今になってなぜこの家に預けられたのか? 家人たちの様子から、善四郎はうっすらと自らの出生の秘密を感じ取っていた。
困っている者を見ると放っておけなくなる性分から、ある日、貧乏旗本の娘、千満の病床の父親に料理を届けるが、ほどなく千満は姿を消す。自分でも驚くほど気落ちした善四郎は、千満への想いにようやく気付くのだった。
実らなかった恋を抱えながらも、水野の主人の供として評判の店「升屋」を訪れた善四郎は、江戸一の潮汁を堪能し大いに満足する。手持ち無沙汰に廊下に出たところへ、庭から白い鞠が飛び込んでくる。「遅い、遅い」と笑いながら鞠をせかす相手は、相当な身分の様子。これが、姫路藩主の次男にして、江戸を代表する文化人として名を馳せる、後の酒井抱一との出会いであったーー。
相次ぐ天災と混乱の時代に、料理の才覚と突出したプロデューサー資質で頭角を現し、ついに一料理屋を将軍家のお成りを仰ぐまでの大料亭にした、栗山善四郎。
大田南畝、酒井抱一、葛飾北斎——そうそうたる時代の寵児たちとの華やかな交遊、そして、想像をかき立てられる江戸料理の数々が登場! ! 』

食べ物好きなみなさん、どうぞお手に取って。。。(個人的には)買うほどには非ず・・・ですが。

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「紙の城」

2017年02月14日 | 日記
本城雅人(講談社)

 会社ものだけど、面白かった。半沢直樹と似た面もあるけど、活字派のみなさんには痛快なところがある。すなわち「新聞」がデジタル系からの攻撃(買収)から大逆転で勝ったという一種の活劇でもあるのだ。
 新聞の相手は、なんだかホリエモンみたいな設定で、そのあたりからヒントを得たのか?と思うけど、さらには孫正義みたいな経営者も登場。最初はテレビでこれはフジテレビだろう。
 さてさて、新聞もテレ簿も凋落気味のこの世界、果たしてどうなっていくのだろう・・・

内容紹介は
『メディア掲載レビューほか
新聞の力と可能性
10年後、新聞はどうなっているだろう。今のままか、違う形態になっているか、それとも消滅しているか。 本城雅人の長編小説『紙の城』は、IT企業による新聞社買収を描く。200万部の全国紙を発行する東洋新聞が、新興のIT企業に買収されようとしている。社会部デスクの安芸稔彦は、同僚たちと買収阻止に向けて動く。タイムリミットは2週間。はたして買収を止められるのか……。 本作はエンターテインメントとして成功しているだけでない。登場人物たちによる議論には、新聞の現在と未来について考えさせられる。 たとえばIT企業の会長は「今の新聞はコストがかかり過ぎています」と言い、宅配制度、記者の数、経費の使い方、広告のアプローチ方法など、すべてを見直せと迫る。 若手記者は「新聞は公正中立だと言いますけど、実際は国家の代弁者です。国内問題では政権に真っ向から対立もしますが、外交問題になれば国策にマイナスになるようなことは書かないですし」と発言する。そのほか、記者クラブ制度や新聞社間の協定、さらには軽減税率のことなど、新聞には載りそうにないことが書かれている。 だからといって、新聞に未来はないと主張しているわけではない。それどころかこの小説は、新聞が持っている潜在的な力と未来への可能性をたくさん示している。たとえばある登場人物は、新聞が本腰を入れてポータルサイトの運営に乗り出していたら、IT企業はここまで成長できなかっただろうと語る。 何を残し、何を捨て、何を変えていくのか。新聞はいま決断を迫られている。
評者:永江朗
(週刊朝日 掲載)

内容紹介
新聞社が消滅する――。
東洋新聞はIT企業から買収宣告を受けた。経営権が移れば、宅配数の少ない営業所は閉鎖、ニュースはウェブファーストに移行し、海外特派員制度もなくなる。しかし日刊新聞法に守られた新聞社は世論を味方につけられない。
東洋新聞社会部デスクの安芸は、昔ながらの記者だ。パソコン音痴で、飲み会の店も足で探す。IT企業を裏から操るのは、かつて東洋新聞の記者だった権藤だ。
時代の流れは止められないのか。旧いものは悪なのか? 安芸とともに働く者達の、記者魂を懸けた攻防戦が始まる。
発売後、続々重版出来! 「産経新聞」「日経ビジネスオンライン」「サンデー毎日」「週刊朝日」「アサヒ芸能」「J-novel」ほか新聞25紙で紹介された話題沸騰の話題作!! 』

著者について
本城 雅人
1965年、神奈川県生まれ。明治学院大学卒業。産業経済新聞社に入社し、「サンケイスポーツ」の記者としてプロ野球、競馬、メジャーリーグ等を取材。退職後、2009年に『ノーバディノウズ』(文藝春秋)が第16回松本清張賞候補となり、同作で第1回サムライジャパン野球文学賞を受賞。代表作に『スカウト・デイズ』『嗤うエース』『シューメーカーの足音』『球界消滅』『サイレントステップ』『誉れ高き勇敢なブルーよ』『トリダシ』『ミッドナイト・ジャーナル』などがある。

・・・図書館から借りておおむね2日間で読んだ。前半の前の方で出てくる濡れ場はテレビや映画の映像的には、面白いだろうけど、小説としては如何か?
でも、楽しめます。ちょっとモデルが浮かびすぎるのが難点だね。
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「毒笑小説」

2017年02月13日 | 日記
東野圭吾(集英社文庫)

 ブラック・ユーモアの短編集だが、完全に全部がユーモアではない。
 作者はユーモア作家というよりミステリで有名だからちょっと「余技」みたいに思えるが、本格的な話を書いているとわかるのは最後の対談のところ。
 それにしても、最初に出てくる「誘拐天国」は色々な要素特に社会派的な現実の日本につながる話で面白かった。最後がちょっと「悲しい」かもしれない。

 内容紹介は
『塾にお稽古に家庭教師にと、VIPなみに忙しい孫。何とかゆっくり会えないものかという祖父の訴えを聞いて、麻雀仲間の爺さんたちが“妙案”を思いつく…。前代未聞の誘拐事件を扱った「誘拐天国」をはじめ、毒のある可笑しさに満ちた傑作が1ダース!名作『怪笑小説』に引き続いて、ブラックなお笑いを極めた、会心の短篇集。「笑い」追求の同志、京極夏彦との特別対談つき。
 おぞましい笑いは毒よりも強く、不可思議な笑いは人の心に静かに染み込む。「誘拐天国」「エンジェル」「マニュアル警察」など、身の毛もよだつおかしさ、思わず吹き出すおそろしさ、奇妙な味わいの12篇』

・・・対談に出てくるが、「怪笑小説」の『超たぬき理論』が確かに面白い。気分転換にどうぞ。
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