狐につままれたような夜

2012-11-07 06:45:03 | Weblog
不思議なもので

人間て、あまりにもショックが大きいと、びっくりの方が勝ってしまって悲しい感情がすぐには出てこない時がある。

そんな経験は過去にも幾度かあったけれど....。
昨晩、中学時代に転校生だった自分に一番優しく、仲良くしてくれた旧友が「亡くなった」と訃報が入った。
正確には、既にこの夏に「亡くなっていた」とのこと。

他の同級生が彼と連絡がつかなくなったことを心配して、勤め先に連絡をとって初めてその事実が明らかになった(とのこと)。
ただ、人が「死んで」も、個人情報の守秘義務は「生きて」いるからだろうか。それ以上の詳しい情報は入手できていない(とのこと)。

彼は早くに両親を亡くし、自分は都内の一等地で独身貴族を貫いていたので、(要は身寄りが少なかったので)詳細がわかりにくい要因はそんなところにもあったのかもしれない。

もしも、本当に狐がバカしているだけであるならば、これ以上馬鹿にするのは止めて早く元に戻して欲しい。

一晩明けた今朝、 「明日死んでもいいくらいに今日を生きるって、何だろう。」
「どうすればいいだろう」って、また考えてる。
謎解きなんて、出来やしないくせに。


あいつの分まで生きるみたいな格好いい台詞も言えない。
亡くなった後何ヶ月もそのことすら知らず、人伝に聞いた自分には。
あいつの分どころか、自分の分すら覚束ないのに。


それでも

輪廻転生したら、もう一度自分に生まれ変わりたいとは今の所考えていない以上、精一杯今の自分には付き合ってやらないと。
少なくとも自分は、今日もこうして何らかの理由で命が灯されている。

それにしても、呆気ないものなんだな。命って。

いて欲しいものがいなくなり
いて欲しくないものがいる

儚いな。


儚いものは美しいと言うけれど、

嘘だな。