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「中華電影データブック完全保存版」

お友達に教えていただいてマダム・チャンさんのブログを拝見したら、表紙にしっかり金城孔明さんが載っておりました。

1月下旬発売とのことデ、モニカルさんも内容について詳しくお知らせしてくださっています。

楽しみですね!

それではもういちど、皆様、武ちゃん、よいお年をお迎えください!
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ラストシーンはここで@新宿「不夜城」ロケ地

いよいよ今年のロケ地めぐりもクライマックス!
ながながお付き合いいただいて心より感謝です

不夜城は新宿の物語ですからラストシーンも当然ここ!
靖国通りをスターホテルの前から大歩道橋も通り過ぎてまっすぐ行くと、新宿警察署前の交差点が出てきます。そこを左に曲がるとすぐに「アイランドタワー」が見えます。
周りは高層ビルばかり!



まさしくこの風景!


ケヤキも完全に葉を落として冬!

健一の車がそのわきに駐車しています。

↑植え込みと植え込みの間の、マンホールが三つ並んでいる場所です。





初めてビデオを見たとき、「うわ!ひげがない!」とびっくりしました(笑)





↑この一瞬笑うところが!!

「夏美って誰だ?」




そしてクランクアップ!はこの木の前で記念撮影




さてクランクアップといえば、やはりこの雑誌!
フライデー98年3月スペシャル春号
 





お友達が誘ってくださって、思いがけず遅ればせながら新宿ロケ地めぐりをいたしました。とっても面白かった!
ロケ地めぐりは身近な場所でも「非日常」へと誘ってくれるところがとんでもなく魅力的です。

種田陽平さんの「ホット・セット」の解説で、映画ライターの金原由佳さんが90年代の日本映画がいかに危機的状況にあったかということを述べていらっしゃいます。「不夜城」製作時の98年にはなんと邦画のシェアは30.2%まで落ち込んでいたということ。
人が入らないから予算が削られ、まっさきに割りを食うのが美術部。セットを組むなんて夢のまた夢だったそうです。
そんな危機的状況下で、あの虚構の街「新宿ニュータウン」に1億円ものセットを作ったのですからこれはまさに挑戦ですよね~

そうして種田さんが「果敢に攻めの姿勢で作ったのがスワロティルと不夜城だったのだ」

『「スワロティル』と『不夜城』は種田にとっても、日本映画界にとっても大きな転機となった」~by 金原由佳さん(あの98年6月号のAERAで『われら地球人 金城武』を書いた方です)

さて、これで新宿ロケ地めぐりもおしまい!
でも不夜城にはまだまだロケ地があります。それは来年のお楽しみに取っておきましょう

どうか皆様、武ちゃんも!良いお年をお迎えください




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お正月のレッドクリフⅠ・Ⅱ放送にちなんで(3)

スクリーン2009年5月号より。





同じ共同取材だったのかな~ABloom 5号より。


さ、あとはテレビの前に座るだけ!(これが難しいのなんのって
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ダンボールハウスの記憶@新宿「不夜城」ロケ地

さて、ミストラルでお茶の途中を抜け出した健一は、新宿駅西口地下一階で富春をさがします。

目印は「ドラゴン」。

記憶がまざまざとよみがえってきました。
99年に不夜城のビデオが発売された当時はこの西口地下のロータリー付近の映像を見ても全く何の感慨もわかなかったのに(笑)、今回ロケ地としてお友達をご案内した時、ど~~~~っと当時の記憶がよみがえってきました。

そうだ、わたしもここにダンボールハウスがあったときのことを覚えていると!
さすがに西口がだだっ広い野原だった時の記憶はありませんが(爆)、西口の高層ビル街に出かけるときは必ずこの地下道を通らなくてはならず、その地下道にダンボールハウスが密集していたのです。

TOWN for the FILMSの中で、種田さんも「ダンボールハウス」について書いています。

『二度目は新宿駅西口のダンボールハウス村だった。
ここでは龍の絵を描いたダンボールハウスを仕込み撮影した。
しばらく後にこのダンボールハウスの一つが火を出し、亡くなった人もいたらしい。
200人あまりの住民は退去し跡かたもなく村は消え去ってしまった。
新宿が生まれて300年目のバレンタインデーのことだった。

映画の中では、ダンボールハウス村は生き続けている』~TOWN for the FILMSより~

ここは新宿駅西口地下一階のロータリー。


ミストラルを出て健一が「ドラゴン」を探しにやってきます。

↑今は噴水も水を出していないし、オブジェもない。



ダンボールハウス村はこんなところでした。


探しまわる健一。






現在、その場所はなんとなく面影を残しているけれど。。。知らなければここにダンボールハウスがあったことなど気がつきません。





この場所のちょっと手前に「ドラゴン」がありました。この特徴的な丸い低いオブジェがTOWN for the FILMSに写っています。


考えてみれば、ダンボールハウス村が姿を消してから、私がこの西口でダンボールハウスのことを思い出したのはこの時が初めてだったような気がいたします。
10年です。


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ミストラルといえば!

こちらを忘れるわけにはいきません。

どちらもフライデーより。

2007年12月23日に行われた最初の夏美役の女優さんとのロケ。


こちらは未来さんとのミストラルの中のシーン。


一言にロケといっても、あの雑踏の新宿のロケ!
どんなにか大変だったことでしょう~こうして写真週刊誌もぴったり張り付いていたし

ここでまた種田陽平さんのTOWN for the FILMSより。

撮影中に、リーチガイ監督には二人の「GOD」が付いていたそうです。
監督だけの神です(笑)、ひとりはオーソンウェルズで、もうひとりがタルコフスキー。
やはり冒頭の長回しのシーンは非常に大変な作業だったそうです。
どうしても全員のタイミングを合わせることが難しくて、何テイクも何テイクも重ねたそうです。
最後にとうとうぴったりすべてのタイミングが合って監督のOK!が。
その時監督が叫んだそうです~"My name is Orson-Lee-Tarkovsky"

『このときから二人の神が彼に降臨した』by 'TOWN for the FILMS'
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お正月のレッドクリフⅠ・Ⅱ放送にちなんで(2)

暮れって忙しいですよね~それがお正月になったとたんパッタリ静かになってしまう~レッドクリフをテレビで見るにはいい時期です!?

月刊TVnavi5月号より。



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金城孔明さまが!

お友達からお知らせいただきました

あんまり可笑しかったので(笑)
今朝の「とくダネ!」で「曹操のお墓発見」について、「レッドクリフ」の監修をされた大学の先生が「異論」をおっしゃってたそうです。
そこで引き合いに出されたのが「孔明のお墓」、こんなに質素です~と!
そこへ一瞬「金城孔明さま」が登場したということです。

そりゃぁ、魏の曹操のお墓と孔明さんのお墓を比べたらね~~!

金城孔明で「孔明」は決まり!ですね


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「ミストラル」は「プロント」に@新宿「不夜城」ロケ地

「ミストラル」は新宿西口のスターホテルの中にあったカフェですが、それが現「プロント」に替わったのっていつごろなんでしょうね?

スターホテルのエスカレーターがお店の外にある特徴的なカフェ。


外観は映画当時とさほど変化がありません。


このミストラルのシーンは健一の「ありがとう」を巡っていろいろ論争が(笑)

健一にしては品が良すぎる「ありがとう」だ!
健一じゃなくて「金城武」だ!
とか。。。。。いろいろなご意見がありました。

でも今回キャプチャをしてみて、実はそれよりもっと面白いことが!
健一は携帯電話で話しています。
そこへウェイトレスさんがコーヒーを運んでくるところから店内の場面が始まります。
で、健一はウェイトレスさんを、恐らく若いウェイトレスさんを見るんです。
ほんの一瞬ですが、たぶん何気なくなんですが、見るんです。
でもその視線がすごく色っぽい。
そして特筆に値するのが、夏美は健一の手をぎゅっとつかんでいるんです(笑)
すご~く上手な演出





健一は席をはずしてちょっと駅の西口へ
帰ってくると、とたんに機嫌が悪化します


健一は、どこから何を見たのでしょうか?


ミストラルの現在もある外の席に、葉さんのボディガードが座っているではありませんか。
ということはカメラは店の中からエスカレーター方面を撮影しているんですね。


映画当時は、健一の頭の後ろにある「白札屋」さんという居酒屋が、ミストラルの隣にあったんですね~現在はありません。かわりに同じような居酒屋さんがありました。
ボディーガードを店の裏へ誘い出して、二人は出てきます。健一は相変わらず怒っています


この出口もほとんど同じです。

↑若干、外側のタイルが変わっているのみ。

心外そうな夏美。




なるほど~。金城君の怒った顔ってこういう顔なんですね~


くるっと後ろを向いてぷいっと行ってしまいます。

↑このとき、歩道は工事中だったんですね=ガードレールが工事中だし、まだ街路樹もありません。

現在は。。。。。。

↑街路樹がきれいに並んで、歩道もきれいなタイルが敷き詰められています
このタイルが~~~~~実は2006年の米国版GQの撮影場所の議事堂前のタイルと同じなんです~~
夏美の後ろのビルは今も全く変わりありませんね。

さて、ミストラルの途中で健一はどこへ!?
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お正月のレッドクリフⅠ・Ⅱ放送にちなんで(1)

WOWOWの放送はいっぱいCMを流していますね~

レッドクリフもⅡともなると雑誌も疲れてきてよく読んでいない始末
この際、もう一度読み直しましょう。

アジポップ 83号


2009年2月の六本木プレミアのときの舞台挨拶ですね。

裏表紙は。。。


アジポップ 84号。


2009年4月の大阪プレミア。

FANDOME ASIA

こちらはPARTⅠのプロモーションで韓国へ行った時の様子。


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健一のいたところ@新宿センター街

年末の行事も無事に進行して、頭の中ではまだ新宿がぐるぐるしています(笑)

この「不夜城電影銀盤」におさめられていた壁紙の場所、これはどこだと思いますか?


架空の街「ニューセンター街」?
それとも実在の新宿「センター街」?

答えは特典盤ロケハンの映像の中に。。。。。
カメラは区役所通りと平行に走る「あずま通り」(ルノアールのある通り)から。。。当時の薬屋さんの角を左へ。


センター街へ曲がります。

↑ここここ!
この壁をバックに健一がバイクにもたれているんです!

映画でもこの「台湾式」の広告が写っていますね~



道の奥にはロケハンの人たち。


現在はこの角の薬屋さんは別の建物になっていますが。。。

↑たくさんの自転車が置いてある壁のあたりに健一がいたんですね~

奥のロケハン隊がいた場所はそのままです。




種田陽平さんTOWN for the FILMSを読み直してみました。

健一のアパート「カリブ海」の下にかかっていた「センター街」の看板。。。

↑こちらは映画のためにわざわざここに掛けた「セット」の看板だそうです。
どうりでいくら探してもないはずです。



でもこちらの看板は、現地に今もあります。

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