限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

智嚢聚銘:(第2回目)『中国四千年の策略大全(その2)』

2022-02-20 10:47:41 | 日記
前回

前回の最後に、「幸運なことに現在のWebやITの進展のお陰で智嚢の文章の理解がスムーズに行った」ことを述べた。その理由を説明しよう。

智嚢の漢文は高校で習う2000年前の漢文とはかなり異なっているので、通常の漢文読解力では理解できない個所が多い。総じて、漢文は古代からあまり変化していないとはいえ、 2000年間には、漢文もかなり変化している。日本語を見ても分かるが、高校で習う古文は今から1000年ほど前の文章だが、文法や語彙が現代とは大きく異なる。また英語にしても、OED(Oxford English Dictionary)には単語だけでなく例文が数多く載せられているが、それを見いると、1600年、つまりシェークスピア辺りからの英語なら概ね理解できるが、1400年代以前の英語はぼやっとしか分からない。かなり英語ができる人でも分かる人はそういないだろう。 OEDから600年前の英語の例を幾つか下に挙げるのでチェックして頂きたい。

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Money : 1426 Lydg. De Guil. Pilgr. 17614 Thys hand in frenshe‥Ys callyd ‘Poitevyneresse’, For yt forgeth‥A monye callyd Poytevyn.   

Heart : 1382 ― Gen. xviii. 5, I shal sett a morsel of breed, and ȝoure herte be coumfortid.

Heart : c 1400 Apol. Loll. 36 Wiþ þe eeris and een of his hert, he schuld vnderstond hem.   

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さて、馮夢龍(1574‐1646)は今から約400年前の明の文人である。科挙に何度も受験したが合格しなかったが、当然のことながらいわゆる正統な漢文(古文)に通暁していた。もっとも、日常的には明代の口語を使っていたので、その文章にも時たま、古文では見られないような語彙や言い回しが見られる。問題は、これらの語法に対して私には十分な知識がないことだ。そういった語法にぶつかり、暫く考えこんでしまうことも間々あった。同様の問題は以前、朱子と弟子たちとの問答集である『朱子語類』を読んでいた時にも出会った。『朱子語類』の編纂は、1270年なので智嚢より更に400年ほど前の文章であるが、すでに南宋時代には口語は文章語(文語)とかなり乖離していた。それで、『朱子語類』の中でも文語的に書かれた個所はたいして苦労なく理解できるが口語的に書かれた個所は、一種の謎解き文のようで、私には理解できないところが多かった。

ところが冒頭で述べたように、現代のWebやIT技術の進展でこの厄介な明代の口語的文章が比較的容易に読み解くことができたので、本書を書き上げることができた。この時に参照したのは次の情報源だ。

1.原文

Wikipedia の姉妹サイトのWikisourceに『智嚢』の原文が全文掲載されている。このサイトから繁体字の原文ファイルをダウンロードすることができる。横書きでは読みづらいので、ワードで縦書きに変換してプリントして読む。



尚、Weではたまに字やフレーズの間違いがあるので、念のため書籍も購入して、必要に応じて参照した。
智嚢 / (明)馮夢龍評纂 ; 欒保群, 呂宗力校点、中州古籍出版社

2.現代中国語訳

Web上には原文だけでなく、現代語訳もアップロードされている。簡体字のものが多いが、繁体字のものもある。私には簡体字は読みにくいので繁体字に変換してから読んでいる。
[簡体字] http://www.809803.com/gdwx/xs/qt/zlqj/001.htm
[簡体字] https://yuedu.163.com/source/58a57eeb072a45319f17fbee20c36f11_4
[繁体字] http://www.4hn.org/modules/article/reader.php?aid=237&charset=big5

尚、繁体字のものでは楽天Koboから電子書籍で『中國智謀寶庫(上・中・下)』が出ている。

3.英訳本

最後の英訳本を紹介しよう。これはたまたまアメリカのAmazon.comで見つけた。わずか$3(400円)なので、ダメ元で買った。人間が翻訳したのではなく、機械翻訳をそのまま貼り付けたようで、ところどころに解析不可でプログラムが異常停止したような個所に出会う。しかし、訳はそれほどトンチンカンではない。改めて現代の自動翻訳のレベルの高さに感心させられた。
尚、この本は日本のAmazonでも購入できる。 https://www.amazon.co.jp/s?k=B07P466ZPN


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Written by Feng Menglong 冯梦龙, the Complete Works of Brainpower (智囊全集, Zhi Nang Quan Ji) was first compiled in 1626 or the Sixth Year of Tianqi in Ming Dynasty. It contains more than 1200 stories of brainpower and intelligence from the Pre-Qin Dynasty to the Ming Dynasty. There are twenty-eight sub-categories of wisdom, sagacity, courage, tact, wisdom, language, military, boudoir and so on.

This book records the history of creation and practice of Chinese wisdom. The characters in the book are all using wisdom and strategy to create history. It is not only a magic book reflecting the ancient people's ingenious use of wisdom to solve problems and overcome enemies, but also a huge intellectual treasure in the history of Chinese culture.
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趙開 (『中国四千年の策略大全』P.301)の原文、現代中国語訳、英訳、をそれぞれ示す。

【『中国四千年の策略大全』P.301】
趙開が紙幣を流通させることに成功し、庶民は喜んだ。ある時、ニセ札が30万枚見つかり、ニセ札作りの賊50人が捕まった。法律を厳格に適用すると死刑で、裁判官の張濬もそうしようと考えた。だが、趙開が反対した。「貴卿の判断は誤りです!ニセ札に本物の印を押せば、本物として使えます。賊には刑罰の黥を入れてお札作りに従事させ、そのニセ札を没収すれば、労せずして一挙に30万枚のお札と50人の工人が得られましょう。」【巻8/342】

【原文】
趙開
趙開既疏通錢引、民以為便。一日有司獲偽引三十萬、盜五十人。議法當死、
張濬欲從之、開曰:「相君誤矣!使引偽、加宣撫使印其上、即為真矣。黥其
徒、使治幣、是相君一日獲三十萬之錢而起五十人之死也。」濬稱善。

【現代中国語訳】
趙開
宋朝時趙開促成錢引通行後,人民都認為很方便。有一天,官吏査獲偽造錢引三十萬,盗印的五十人,依法當處死。
張浚想依法而行,趙開説:“大人錯了。假使錢引是假的,加蓋宣撫使印以後,就是真的了。盗印的人處以黥刑,然後派他們去印錢引,這樣您一天就得到三十萬錢,而救活五十人。”
張浚認為很好。

【英訳】


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尚、英訳についている番号[343] は私の本では[342]としている。話の番号は、原文にはなく、編集者が勝手につけているので、番号がWebサイトで多少前後していて統一番号は存在しない。

このようにWeb上に原文・訳文とも豊富にあるので、まずはダウンロードして、簡体字であれば繁体字に変換したあと、ワードに貼り付けて成形してからプリントアウトして原文を読んだ。ところどころ分かり難い場所は、現代語訳を参照したが、現代語訳が分からない時は、中国の百度が提供している自動翻訳で日本語訳し、上で紹介した英訳も参照しながら翻訳した。私は、現代中国語は学習したことはないが、文章語であれば大体漢文風に読めば意味はとれるが、総じて、今回の翻訳を通じて強く感じたのは、WebやITの進展によって今までなら不可能だった領域にまでズブズブと気儘に入っていけるありがたみだ。これが以前から言っている「人類4000年の 特等席」に座っているということである。(参照:『教養を極める読書術』P.276)

続く。。。
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