限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

智嚢聚銘:(第54回目)『中国四千年の策略大全(その54 )』

2024-04-21 09:00:35 | 日記
前回

中国の戦争の話を読むと、よく遭遇するのが、相手に油断させて攻撃するやり方、つまり「虚を討つ」という作戦だ。この作戦の一つの例として、漢の将軍・李広の話が思い出される。

李広は匈奴との戦いの前線にいて、下級兵士と同じような粗末な食事と寝床で我慢した。それゆえ、全軍の兵士からは大変篤い信頼を得ていた。ある時、少数の兵と共に匈奴の陣地の偵察に出たところ、思いがけなく匈奴本体の大軍に出会った。自分たちの数少ない兵士だけでは、とうてい並みいる敵の大軍に勝てないと考えた李広は全員に馬から降りて、馬の鞍と轡を取り外すよう命じた。兵士たちは、その命令を聞いた時は心臓が凍る思いであったに違いない。馬の鞍と轡を外せば、取り囲まれても逃げ出すことができず、絶対に生き延びる可能性がなくなった。

ところが、匈奴は李広のこの指示は自分たちを欺く策略に違いないと考えた。つまり、ここで攻め込んでいけば、どこからともなく、漢の大軍が現れてきて、自分たちを逆襲するに違いないと考えたのだ。結局、朝から夕方に至るまで、漢の軍隊を取り囲んで対峙していた匈奴の大軍は夜の到来とともに、の暗闇に紛れ去って行った。

相手の油断を反撃の手がかりにすることは中国では春秋戦国の時代からよく用いられた作戦なので、それまで漢民族に散々な目に遭わされてきた匈奴としては、用心に用心を重ねたわけだ。結局、匈奴は李広の度胸ある作戦を見破ることができなかった。

これに類した話が今回取り上げる話である。

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 馮夢龍『智嚢』【巻23 / 855 / 裴行倹】(私訳・原文)

唐の調露元年、大総管の裴行倹が突厥の討伐を命じられた。これ以前、突厥との国境あたりでしばしば食糧輸送車が強奪されていた。裴行倹はそこで、車の中に兵士5人を隠すことのできる食糧輸送車を300台、新たに作った。兵士たちには大きな刀と強い弓を与え、車の中に潜ませた。そうして貧弱な兵士たちに車を曳かせて行かせた、敵に気付かれないよう、精兵を後から護衛させた。案の定、敵が輸送車を強奪しに来たので、貧弱な兵士たちは一斉に逃げた。敵は輸送車を曳いて水草が生えている所までくると、馬を輸送車から外して車の中の食糧を取ろうとしたところ、中から兵士が飛び出して敵を撃った。と、同時に後から付けてきた味方の精兵たちも到着して、敵を皆殺しにした。これがあってから輸送車に近づいてくる敵はいなくなった。

調露元年、大総管裴行倹討突厥。先是餽糧数為虜鈔、行倹因詐為糧車三百乗、車伏壮士五輩、齎陌刀勁弩、以羸兵挽進、又伏精兵踵其後。虜果掠車、羸兵走険、賊駆就水草、解鞍牧馬、方取糧車中。而壮士突出、伏兵至、殺獲幾尽、自是糧車無敢近者。
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上の文に登場する、裴行倹という武将は、あまり知られていないが、中国の史書『唐書』や『資治通鑑』では何度も登場し、その気高いふるまいから『儒将』と称えられている。つまり、武将でありながら、名臣の器であるということだが、そのエピソードを紹介しよう。

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資治通鑑(中華書局):巻203(P.6408)

西突厥の阿史那都支を打ち破った時に、直径が二尺もの瑪瑙の皿を得た。その大皿を軍隊の皆に見せて回っていたが、王休烈がそれを捧げ持ったまま階段を登っている時に躓つまずいて割ってしまった。王休烈は血が出るまで頭を地面に打ち付けて許しを懇願した。それを見た裴行倹は笑って「お前はわざと割ったのではなかろう。気にするな」と、割れた瑪瑙の大皿のことなどは全く気にかけるそぶりもみせなかった。

破阿史那都支、得馬脳盤、広二尺余、以示将士、軍吏王休烈捧盤升階、跌而砕之、惶恐、叩頭流血。行倹笑曰:「爾非故為、何至於是!」不復有追惜之色。
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以前、河出書房新社から出版した『資治通鑑に学ぶリーダー論』には裴行倹に関するエピソードを幾つか紹介した。これもそのひとつであるが、私はこの話が一番印象深く記憶に残っている。裴行倹の部下に対する暖かい思いやりと磊落さがよく分かる話である。

続く。。。
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