先日(2012年6月9日)『第6回リベラルアーツ教育によるグローバルリーダー育成フォーラム』を開催し、そこで私が
『リベラルアーツとしての漢文』-- 漢文は耳から学べばこわくない
と題して下記の趣旨の話をした。
現在の日本での漢文は、全く見向きもされていない。高校で習う漢文ではまるで呪文かパズルのように、漢字の順序を入れ替えて日本語らしくなるように読めれば良しとしている。しかし、漢文はヨーロッパにおけるラテン語同様、過去2000年に渡って東アジアの文化の基盤言語であった。 しかし、たとえ漢文の重要性は理解したとしても、その習得は困難を極めるであろう。それは漢文を目だけで習得しようとするからである。漢文を耳から学ぶことで、短期間にかつ、完璧に習得できる。本講演では、漢文の重要性とともに、漢文を耳から習得するこつを伝授したいと考えている。
本稿はその内容を掲載する。
【目次】
1.従来の漢文の受容の仕方
2.漢文を学ぶ理由
3.リベラルアーツとしての漢文テキスト
4.漢文は音読で、完全にマスターできる!
5.連語頻度表 ― 漢文の連語は、『6字』
6.音読例文・韓非子 第十・内儲説(下)
=====================================
1.従来の漢文の受容の仕方
『道学としての漢文』
○論語、孫子などの短い文章を数多く暗記する。
○それらの語句を金科玉条のごとく崇めたてる。
○中国人は『仁義礼智信』の人であるように勘違いする。
『風流としての漢文』
○漢詩、とりわけ唐の三大詩人(李白・杜甫・白居易)を好む。
○有名な文句を数多く暗記することが教養だと考える。
○中国人は風流を解する人たちであると考える。
『衒学としての漢文』
○故事成句を数多く暗記する。
○やたらと難しい漢字や語句を使い、知識をひけらかす。
○著名人の扇動に乗って、特定の書物や思想に入れ込む。(論語、孫子、陽明学、。。。)
○歴史・故事に詳しいが、中国人の実生活には興味なし。
2.漢文を学ぶ3つの理由
理由1:漢字の意味やニュアンスを正確に知るため。
○漢字は思想を深める上での有力な武器・道具である。
○使える語彙(特に抽象単語)を増やすには漢字テストではだめ。情感豊かな漢文と共に覚えるのが効果的。
○明治期に数多くの西欧の単語が翻訳されたが、今や立派な日本語となり、我々の概念の範囲(horizons)を拡大してくれた。それは、明治の文化人の漢字の語彙が豊富で的確だったためだ。
○次のような洗練された訳語は、もう我々の世代の人間には考えつかない。
in vogue(猖獗を極む)
nothing daunted(泰然自若)
sluggish silence (拱手傍観)
industry (精励恪勤)、
native simplicity (天真爛漫)
wantonness (軽佻浮薄)
ついでに漢字に関して私の考えを述べると:
常用漢字の字数制限を2000字から4000字に拡大すべきだと考える。その上で、まぜ書きを廃止する。例:『大たい骨』と書くのではなく、『大腿骨』と書く。ふりがな(ルビ)を復活する。これらは、現在のIT環境において全く問題なく施行可能である。つまり現在のIT環境では、漢字は書くよりも、発音を覚え、読む力をつける、この2つの能力の方がずっと必要であると考える。
理由2:人としての生き方を知るため
○人としての生き方は、難解な専門用語を羅列した哲学書からは得ることができない。
○歴史上の人々の生きざまを知るほうが、人生について遥かに深く考えさせられる。
理由3:現代中国を正しく理解できるようになるため。
○中国人の深層心理を正しく理解することは、国家レベル・個人レベルともに重要。
○『文の国』・中国人のエリートとは歴史や故事成句を知らないと、まともに付き合えない。
3.リベラルアーツとしての漢文テキスト
漢文テキストはいづれも短い! 音読しても、数時間で読める!
論語: 3時間
韓非子: 10時間
春秋左氏伝: 25時間(但し、伝だけで、経の部分は省く)
推奨する漢文の要件
○面白くよめるもの ― ウィットの効いた短編集(コント、小話)
○文章にリズム感のあるもの
○中国人の思考法や民族性の表裏が分かるもの
具体的には:
思想系:韓非子、荀子、列子
説話系:淮南子、説苑、戦国策
必読書:中国古典の『旧約聖書』『新約聖書』というべきもの
○春秋左氏伝(現代語訳:『春秋左氏伝 』、竹内照夫、平凡社) ― 中国人の行動規範の善悪がほとんど網羅されている。悪業の記述に一層の迫力があるのは、古今東西問わず共通。
○論語(現代語訳:宮崎市定・訳、金谷治・訳) ― 中国の伝統的な倫理観の上に、仁をベースとした王道政治の理想論を説いた孔丘という人物の言行をまとめたもの。
4.漢文は音読で、完全にマスターできる!
この点に関しては、沂風詠録:(第55回目)『漢文は音読で、完全にマスターできる!』で述べた。
要点は以下の通り。
『漢文の連語は六字』
○漢文というのは、長い文章を読む必要なし
○句が読めればよい。句とはだいたい六字~八字で一区切り。
『パズル式の漢文訓読は捨てよう』
○訓読で必要なのは、レ点と『一、二、三』程度。
○それ以上は、英文式に読むと、ほとんど不要。
○複雑になっているのは、『直読式』に読まないからだ!
『言語は音がベース』
○細かな訓読規則を覚える必要なし。
○習うより慣れよ― 文章を数多く読むと、自然と文法規則を覚える。
○意味を理解しようとはしなくてもよい。まずはリズムと口調を体感しよう。
『具体的には』
○書き下し文(ルビ付きの日本語)を iPod などに自分の声で録音する。
○漢文訓読を耳で聞きながら、目で文章を追っていくだけ。
○文法的に解釈しようとか、意味を理解しようと努力する必要なし。
5.連語の発生頻度表
この点については、以前のブログ沂風詠録:(第22回目)『漢文の連語は六字』で述べた。
【分析資料】資治通鑑の全文(約300万文字、50万句)
6.音読例文・韓非子 第十・内儲説(下)
フォーラムではスタッフにこの漢文の書き下し文を読んでもらい、出席者はスライド上の原文を目で追って頂いた。当然のことながら、一回で、漢文がすらすらと読めるわけではないが、従来のレ点や一、二、三、上、下などのついた文よりずっと読みやすいことを実感してもらったのではないかと思っている。
今後のグローバル社会では中国本土や台湾だけでなく、全世界に住む中国人の存在感がますます増加する。彼らの思想をより深く理解し、正しく接することができるためにも、現代中国語だけでは足りなく、漢文を読む力が必要だと私は思っている。
【参考ブログ記事・サイト】
○ブログ記事
沂風詠録:(第5回目)『漢文教育の重要性』 (2009-06-08)
沂風詠録:(第6回目)『麻生川流・漢文学習のポイント』 (2009-06-16)
沂風詠録:(第7回目)『漢文の読み方・Rule of Thumb』 (2009-06-18)
沂風詠録:(第22回目)『漢文の連語は六字』(2009-09-21)
沂風詠録:(第30回目)『漢文を読むときの注意点』 (2009-12-30)
沂風詠録:(第55回目)『漢文は音読で、完全にマスターできる!』(2010-05-14)
百論簇出:(第53回目)『書評:漢字と日本人』
沂風詠録:(第18回目)『漢文調の日本文』
【漢文のサイト】
台湾・中央研究院 漢籍電子文献
中華文化網離線閲覧
Wikisource・中国版
『リベラルアーツとしての漢文』-- 漢文は耳から学べばこわくない
と題して下記の趣旨の話をした。
現在の日本での漢文は、全く見向きもされていない。高校で習う漢文ではまるで呪文かパズルのように、漢字の順序を入れ替えて日本語らしくなるように読めれば良しとしている。しかし、漢文はヨーロッパにおけるラテン語同様、過去2000年に渡って東アジアの文化の基盤言語であった。 しかし、たとえ漢文の重要性は理解したとしても、その習得は困難を極めるであろう。それは漢文を目だけで習得しようとするからである。漢文を耳から学ぶことで、短期間にかつ、完璧に習得できる。本講演では、漢文の重要性とともに、漢文を耳から習得するこつを伝授したいと考えている。
本稿はその内容を掲載する。
【目次】
1.従来の漢文の受容の仕方
2.漢文を学ぶ理由
3.リベラルアーツとしての漢文テキスト
4.漢文は音読で、完全にマスターできる!
5.連語頻度表 ― 漢文の連語は、『6字』
6.音読例文・韓非子 第十・内儲説(下)
=====================================
1.従来の漢文の受容の仕方
『道学としての漢文』
○論語、孫子などの短い文章を数多く暗記する。
○それらの語句を金科玉条のごとく崇めたてる。
○中国人は『仁義礼智信』の人であるように勘違いする。
『風流としての漢文』
○漢詩、とりわけ唐の三大詩人(李白・杜甫・白居易)を好む。
○有名な文句を数多く暗記することが教養だと考える。
○中国人は風流を解する人たちであると考える。
『衒学としての漢文』
○故事成句を数多く暗記する。
○やたらと難しい漢字や語句を使い、知識をひけらかす。
○著名人の扇動に乗って、特定の書物や思想に入れ込む。(論語、孫子、陽明学、。。。)
○歴史・故事に詳しいが、中国人の実生活には興味なし。
2.漢文を学ぶ3つの理由
理由1:漢字の意味やニュアンスを正確に知るため。
○漢字は思想を深める上での有力な武器・道具である。
○使える語彙(特に抽象単語)を増やすには漢字テストではだめ。情感豊かな漢文と共に覚えるのが効果的。
○明治期に数多くの西欧の単語が翻訳されたが、今や立派な日本語となり、我々の概念の範囲(horizons)を拡大してくれた。それは、明治の文化人の漢字の語彙が豊富で的確だったためだ。
○次のような洗練された訳語は、もう我々の世代の人間には考えつかない。
in vogue(猖獗を極む)
nothing daunted(泰然自若)
sluggish silence (拱手傍観)
industry (精励恪勤)、
native simplicity (天真爛漫)
wantonness (軽佻浮薄)
ついでに漢字に関して私の考えを述べると:
常用漢字の字数制限を2000字から4000字に拡大すべきだと考える。その上で、まぜ書きを廃止する。例:『大たい骨』と書くのではなく、『大腿骨』と書く。ふりがな(ルビ)を復活する。これらは、現在のIT環境において全く問題なく施行可能である。つまり現在のIT環境では、漢字は書くよりも、発音を覚え、読む力をつける、この2つの能力の方がずっと必要であると考える。
理由2:人としての生き方を知るため
○人としての生き方は、難解な専門用語を羅列した哲学書からは得ることができない。
○歴史上の人々の生きざまを知るほうが、人生について遥かに深く考えさせられる。
理由3:現代中国を正しく理解できるようになるため。
○中国人の深層心理を正しく理解することは、国家レベル・個人レベルともに重要。
○『文の国』・中国人のエリートとは歴史や故事成句を知らないと、まともに付き合えない。
3.リベラルアーツとしての漢文テキスト
漢文テキストはいづれも短い! 音読しても、数時間で読める!
論語: 3時間
韓非子: 10時間
春秋左氏伝: 25時間(但し、伝だけで、経の部分は省く)
推奨する漢文の要件
○面白くよめるもの ― ウィットの効いた短編集(コント、小話)
○文章にリズム感のあるもの
○中国人の思考法や民族性の表裏が分かるもの
具体的には:
思想系:韓非子、荀子、列子
説話系:淮南子、説苑、戦国策
必読書:中国古典の『旧約聖書』『新約聖書』というべきもの
○春秋左氏伝(現代語訳:『春秋左氏伝 』、竹内照夫、平凡社) ― 中国人の行動規範の善悪がほとんど網羅されている。悪業の記述に一層の迫力があるのは、古今東西問わず共通。
○論語(現代語訳:宮崎市定・訳、金谷治・訳) ― 中国の伝統的な倫理観の上に、仁をベースとした王道政治の理想論を説いた孔丘という人物の言行をまとめたもの。
4.漢文は音読で、完全にマスターできる!
この点に関しては、沂風詠録:(第55回目)『漢文は音読で、完全にマスターできる!』で述べた。
要点は以下の通り。
『漢文の連語は六字』
○漢文というのは、長い文章を読む必要なし
○句が読めればよい。句とはだいたい六字~八字で一区切り。
『パズル式の漢文訓読は捨てよう』
○訓読で必要なのは、レ点と『一、二、三』程度。
○それ以上は、英文式に読むと、ほとんど不要。
○複雑になっているのは、『直読式』に読まないからだ!
『言語は音がベース』
○細かな訓読規則を覚える必要なし。
○習うより慣れよ― 文章を数多く読むと、自然と文法規則を覚える。
○意味を理解しようとはしなくてもよい。まずはリズムと口調を体感しよう。
『具体的には』
○書き下し文(ルビ付きの日本語)を iPod などに自分の声で録音する。
○漢文訓読を耳で聞きながら、目で文章を追っていくだけ。
○文法的に解釈しようとか、意味を理解しようと努力する必要なし。
5.連語の発生頻度表
この点については、以前のブログ沂風詠録:(第22回目)『漢文の連語は六字』で述べた。
【分析資料】資治通鑑の全文(約300万文字、50万句)
6.音読例文・韓非子 第十・内儲説(下)
フォーラムではスタッフにこの漢文の書き下し文を読んでもらい、出席者はスライド上の原文を目で追って頂いた。当然のことながら、一回で、漢文がすらすらと読めるわけではないが、従来のレ点や一、二、三、上、下などのついた文よりずっと読みやすいことを実感してもらったのではないかと思っている。
今後のグローバル社会では中国本土や台湾だけでなく、全世界に住む中国人の存在感がますます増加する。彼らの思想をより深く理解し、正しく接することができるためにも、現代中国語だけでは足りなく、漢文を読む力が必要だと私は思っている。
【参考ブログ記事・サイト】
○ブログ記事
沂風詠録:(第5回目)『漢文教育の重要性』 (2009-06-08)
沂風詠録:(第6回目)『麻生川流・漢文学習のポイント』 (2009-06-16)
沂風詠録:(第7回目)『漢文の読み方・Rule of Thumb』 (2009-06-18)
沂風詠録:(第22回目)『漢文の連語は六字』(2009-09-21)
沂風詠録:(第30回目)『漢文を読むときの注意点』 (2009-12-30)
沂風詠録:(第55回目)『漢文は音読で、完全にマスターできる!』(2010-05-14)
百論簇出:(第53回目)『書評:漢字と日本人』
沂風詠録:(第18回目)『漢文調の日本文』
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