清水じょうしんぶろぐ

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最高の生き方であり、考え方、徳だというのです。

2022年03月15日 05時42分23秒 | 近況報告

皆さんおはようございます。

三徳山は、曇っています。

気をつけてお出かけ下さい。

 

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NATO(北大西洋条約機構)の加盟国による軍事支援の拠点となっていた

ウクライナ西部の軍事基地に対する空爆で9人が死亡したということです。

ウクライナ西部リビウ州の知事が記者会見で、

ポーランドとの国境に近い軍事基地「国際平和維持安全保障センター」への

ロシア軍による空爆でミサイル30発が発射され、うち8発が着弾したと発表しました。

57人が負傷し、9人が死亡したということです。

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このニュースは、衝撃でした。

リビウにあるこの軍事基地だけは、ロシアは攻撃しないだろうと誰もが思っていました。

それは、NATO加盟国の兵士達が、標的になるからです。

もしもの事を考えると、怖くて攻撃などできないです。

しかし、それだけ、ロシア軍も焦っているという証拠なのかもしれません。

 

しかし、これはウクライナにとって致命的な攻撃でした。

食料や武器の搬入ができなくなればウクライナは危機に陥るでしょう。

 

今日は、先日より、3月11日のブログに書いている「中道」についてもう少し考えてみましょう。

 

こんなたとえ話があります。

「琴の糸」という話です。

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釈尊が霊鷲山(りょうじゅせん)にいらっしゃったときのことです。

近くの森の中で、ソーナーという弟子が他に類を見ないような厳しい修行をしていました。

しかし、ソーナーには一つの悩みがありました。

 

〈お釈迦さまの弟子の中で、私ほど厳しい修行をしている者はいないはずだ。

しかし、どうしても悟りを得ることができないのは、いったいどういうわけだろう? 

いっそ世俗の生活に戻ってしまおうか……。

家に帰れば、私には莫大な財産があるから、ぜいたくな暮らしができるわけだし……〉

 

やがてソーナーの悩みを感じとった釈尊は、彼の元を訪ねました。

「ソーナーよ、何か悩みがあるようだな」

 

釈尊に問われたソーナーは、かねてからの悩みを打ち明けました。

釈尊は大きく頷(うなず)くと、次のように言いました。

 

「汝(なんじ)が家にいた頃は、琴を弾くのが大変に上手であったと聞いているが……」

「はい。多少、たしなんでおりました」

「それではよくわかるであろう。琴というのは、弦を緩めればいい音がでるのであろうか?」

「いいえ、お釈迦さま。それでは、よい音は鳴りません」

「では、きつく張ればいい音がでるのであろうか?」

「いいえ、あまり強く張り過ぎると、弦は切れてしまいます」

「では、どうすればよいのであろうか?」

「はい。強からず、弱からず、ちょうどいい具合に弦を張らなければ、よい音を出すことはできないのです」

「ソーナーよ、われわれの修行もそれと同じである。あまり厳しすぎては、

心が高ぶって落ち着くことができない。逆に緩すぎても懈怠(けだい)に陥ってしまうのだ」

 

釈尊の言葉にソーナーは目を輝かせました。

その後、修行に励んだソーナーは、やがて悟りの境地に達することができたということです。

(『雑阿含経』より)

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中国の孔子も、「中庸」という同じようなことを説いています。

「中庸」は孔子が最高の「徳」として説いた概念です。

「中庸」は、かたよることのない「中」をもって道をなすという意味です。

 

 

孔子は、「友を選ぶなら中庸を行く人と、友達になりたい。」と言いました。

つまり、「中道」も、「中庸」も「両極端の中間にある理想」を

最高の生き方であり、考え方、徳だというのです。

 

例えば、古代ギリシャの哲学者 アリストテレスは言っています。

両極端が怒りっぽい人と怒ることを知らない人だとすると、その中間は「温和な人」です。

また無謀な人と臆病な人の中間は、「勇気のある人」、

自慢する人と卑下する人の中間が「正直な人」だと、アリストテレスは言うのです。

 

 

アリストテレスは、このようなバランスの取れた生き方を奨励しました。

 

ウクライナ情勢を見ていると、既に世界中が緊張状態に陥り、

私たち人間の考え方次第では、世界が滅亡の危機に落居目可能性があります。

これは「核戦争」によって起こることであり、人間が共存していくために、

どのような選択をするのか・・・。

絶対に間違った選択だけはしてほしくないと思います。

 

アメリカが軍事介入しないのは、臆病ではなく、

我慢をしているからであり、崇高な考え方を持っているからだと信じています。

 

では、明日も、あなたにとって良い日でありますように。

ツイテル。ツイテル。

ありがとう。感謝。感謝。

喜べば、喜び事が、喜んで、喜び連れて、喜びに来る。