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続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

マグリット『シェヘラザード』

2017-01-26 06:54:59 | 美術ノート

 『シェヘラザード』

 カーテンで仕切られた左側には、台(石造りの設えは古い時代を想起させる)の上に、《目と口のみの真珠で模られた身体》が、《鈴/言葉》と《水の入ったコップ/真実》の中央にあたかも毅然と立っている。
 カーテンから臨む中央には海山空の自然が在り、水の入ったコップはその空間に位置している。
 右側には廃墟と化した塔のようなものが少し傾き加減に立っており、その中からおびただしい数の鳥が飛び立っている。

 シェヘラザード…夜に語る王女である。カーテン(幕)は現実(昼)との遮断を暗示しているかもしれないが、それは自然の理と時空を等しくすべく開いている。
 語る時空は、コップの水/真実に等しく常に水平を保つものであり、ゆるぎない平安を差し出す物語に通じているのではないか。
 少し離れた場所に位置する壊れかけた塔から飛び立つ鳥の群れ…これは、自由あるいは解放を意味しているのかもしれない。

 目と口(語り)と真珠に輝く王女の幻は、崩壊しかけた塔(王)を天空の真実に羽ばたく鳥の群れに変容させた。

《心の扉(カーテン/幕)を開くものは、言葉であり動かぬ真実(コップの水)である》


(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)


『注文の多い料理店』21。

2017-01-26 06:38:35 | 宮沢賢治

   「ことに肥つた方やお若い方は、大歓迎いたします。
 二人は大歓迎といふので、もう大よろこびです。


☆秘(奥深くて計り知れない)の法(神仏の教え)に惹かれる。
 法(神仏の教え)の題(テーマ)に換(入れ替わる)芸(わざ)は、字の図りごとにある。
 題(テーマ)の換(入れ替わる)芸(わざ)は、他意にある。


『城』2538。

2017-01-26 06:30:45 | カフカ覚書

母は、そのソファの隅っこにすわり、それがなにを意味しているのか、わたしたちにはよくわからなかったのですが、うつらうつら居眠りをしたり、唇が動いているのでそうと推察したところでは、長いことひとりごとを言ったりしていました。


☆正確には分かりませんでしたが、まどろんでいるようでした。
 愛で燃えたち輝くようにつぶやいていたのです。


寒い日はやっぱり手仕事。

2017-01-25 07:39:04 | 今日の一枚。

 チクチク縫っている、そのうちに何かした形らしいものができてくる。ハウスウエアー、若干へんてこだけど、自分が着るだけだけらどこからも文句は出ない。そういう仕上がりデス。

 ちなみに使用した生地はバーゲンで購入した半端な切れ端。他にエプロン一枚も作ったけど。まだベージュと茶の生地が残っている。なんといっても全部で660円格安生地。不器用なわたしにぴったりのチープさ。
 《まぁ、いいか》ずっとこの気分で、お気楽に暮らしている。


マグリット『選集』

2017-01-25 06:52:42 | 美術ノート

 『選集』

 山頂に巨大なリンゴ?
 リンゴと葉、そして走る馬が一体化している不条理。

 馬だけを見れば天を飛翔するイメージであり、リンゴだけを見れば単にリンゴをアップし、葉もオーバーに肥大化させているに過ぎないと思える。
 しかしその合体となるとその譲歩は霧消する。

『選集』というマグリットの思惑の結集…知恵の実としての象徴であるリンゴ(果実)の巨大とも思える存在感は、肥大化した葉(虚偽)と、空飛ぶ馬という重力の解放を結びつけている。
 山々は青紫色、空は淡い紫色と黄色を交えた雲が水平に広がり、青空と思える領域がくすんだ緑色であるという奇妙な背景は、まさしく想像空間(在りえない光景)である。

 決して有り得ない観念化されたイメージを覆す異空間の提示であり、「これはパイプではない」と言ったマグリットの主張を要約したものだと解釈する。


(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)


『注文の多い料理店』20。

2017-01-25 06:42:34 | 宮沢賢治

 二人は戸を押して、なかへ入りました。そこはすぐ廊下になってゐました。その硝子戸の裏側には、金文字でかうなつてゐました。


☆字に忍ばせる図りごとの応(こたえ)は新しい。
 弄(思いのままにする)化(形、性質を変えて別のものになる)章(文章)の詞(ことば)を吐く。
 理(物事の筋道)を測(おしはかり)、魂(精神)を聞く事である。


『城』2537。

2017-01-25 06:25:18 | カフカ覚書

母の好きな場所は、ソファの隅っこでした。あのソファも、もうとっくにわたしたちのものでなくなってしまいましたわ。いまでは、ブルーンスヴィックの家の広い家に置かれています。


☆向かった先は、先祖の闘志たちの抜け穴でした。とっくにわたしたちのものではありません。ブルーンスヴィックは偉大な支持者です。


マグリット『手の力』

2017-01-24 06:45:54 | 美術ノート

 『手の力』

 水平線の律を不変な基準として、城・コップ・バラをレンガ積みの上に並置している光景を見て、城が小さいのかコップやバラが巨きいのかを判別するのは難しい。と言うより、どの大きさを基準にするかで他の大きさが決まるという不確定な装置である。
 
 城を集積されたデータに基づき大きさを決定すれば、傍らのコップやバラは異常な巨きさに見え、コップやバラを基準に見れば逆の現象を引き起こすという視覚の変動がある。
 一枚の絵(空間)の中で物体が動くという不条理はなく、Aを認識すればB(他)はそれに照準をあわせてしか見ることが出来ないという道理である。
 視覚におけるデーターの集積は崩し難く強い信念と化し、世界はあるがままに認識され疑う余地を残さない。

 しかし、マグリットは『手の力』を提示する。
 限りない表現力の魅惑であり、物理法則をも打破する力を内包している手の力、すなわち表現の自由である。


(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)