マグリット『乳房』

　『乳房』
　建屋があたかも瓦礫のように積み重ねられている、この光景をもって『乳房』と名付けた意図は何だろう。

　《文字》と《イメージ》と《観念》の強力な結びつきを破壊している。連鎖する約束を無遠慮なまでに踏みにじり『乳房』と称した痛快。
　有（存在）をもって無を描き出し沈黙のうちに提示している。

　酷似した窓を重ねもつ集合住宅には、人々の思いが結集している。しかし、それは学習された情報の集積に過ぎないのではないだろうか。社会における約束の通念は、生活の安全を保障するが、同じ考えは規律であると同時に束縛でもある。

　マグリットは、その固い結びつきである観念に風穴を開ける試行としてこの作品を提示したのではないか。

　建物という無機質な様相と、乳房という肉感的な有機とを合致させる言葉やイメージは、通念（暗黙の約束）に対する暴力行為であり、思考回路への挑戦である。


（写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より）