毎朝行くラジオ体操、40個の印で記念品がもらえる。
友人たちに聞いても「そんなのありませんよ」と。
主催者側の心づけを有り難く楽しみに頂いている。
今回は冷却タオル、なんでもいいの。この年になると、というか…わたしの人生ではプレゼントなんてほとんど記憶にない。だから…すっごく嬉しいの。
『透視』
透視画法の点からいえば、遠近法を外している。イーゼルやキャンバスは左からの視点であるのに、卵の乗った台は右上からの視点であるし、画家は真正面から描かれている。視点が一か所に定まっていない不思議な絵(空間)である。
卵を見て成鳥を描く、という超能力の認知も架空であり、イメージの領域である。
あたかも自然、静謐な雰囲気である画室の光景の散逸。
キャンバスはイーゼルに定まっておらず浮いているし、卵もイーゼルからの視点でみれば落下は免れない。
卵・卵を見る眼差し・成鳥・成鳥を描く手、この不可視のサークルが作品の焦点であり、動かし難く強力に鑑賞者を誘引する。
非現実的な光景を現実的な空間だと認識させている。
不可知な光景を肯定せざるを得ない緊迫、鑑賞者は肯定することですでに『透視』を認可しており、いわば、共犯関係にある『透視』である。
(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)
すると愕ろいたことには山男のすぐ横でものを言ふやつがあるのです。
「おまへさんはどこから来なすつたね。」
☆学ぶべき太陽の談(話)は、往(人が死ぬ)と現れる雷(神なり)なのです。
この成功は、そのときわたしを有頂天にさせました。バルナバスが夕方家に帰ってくる途中わたしにそのことを小声で報告するなり、わたしはアマーリアのところへとんでいき、あの子を掴まて、部屋の片隅に押しつけ唇と歯でキスをしまくりましたので、あの子は、痛いのとおどろいたのとで泣きだしてしまいました。
☆この結果、当時断食日を作りました。バルナバスから一族に向かってそれを囁きましたので、わたしはアマーリアのところへいき、束になった先祖を隅に押し、あばら骨の身体と歯にキスをしました。あなたたちは、痛みと驚きで泣いてしまいました。