三浦半島の民族探訪ー天神様のお神楽を見るー
《瀬川先生の説明》
「ここ佐島の天神様のお神楽は3月25日と決まっているようです。
神楽とは神座を設けて神様をお招きし、占いや祈願をすることであり、ここ三浦の天神様は主に湯立神楽の類に入ります。三浦半島では、鎌倉神楽・湯花神楽・潮神楽とも呼ばれ、神職や神社によって、おなじ湯立神楽でも違いがあるようです。
なお、その際に行われる散米とは一般的に、米を撒き、米の霊力によって場を清めることであり、またそれは神さまへの供物でもあります。」
(あくまでも、神さまが降りてくる神さまの宿る『場』であり、湯の立ち方での占いは豊穣への祈願の形であるので、暗黙のうちにも吉凶は問わないとのこと)
和歌山の熊野神社から黒潮にのって伝来した由。宣託(神が人に託して、その意思を告げること/お告げ)への信奉は、生活の要(支え)であったかもしれない。神さまとは原初、見てはならぬもの、その形を想像してもならず、像を刻むことも禁じられていたのであれば、神さまをお招きし、神さまが昇られるまでの時空に於いて神官(神主)の祝詞・舞いなどで祈願を執り行うことが儀式化されたのも肯ける。
「ほかにもいろいろありますが、南下浦には厄神の年宿などの祭事があります。」等の説明を受けて、いざ天神様のお神楽へ。

神道の神事である。
神官をはじめ、議員さんや地域の有志(漁業組合・船主など)氏子代表などの面々が鎮座。
修祓(お祓い)に始まり、『降神!』、献饌、祝詞奏上、玉串奏奠、天狗の舞い、散米、湯立などの儀式が滞りなく進行し、『昇神!』にて了る。
そして終盤、「佐島」の半被を着用した面々の唄が吟じられ、幕は閉じた。
♪通りゃんせ、通りゃんせ、ここはどこの細道じゃ、天神様の細道じゃ、ちょっと通してくだしゃんせ、御用の無い者通しゃせぬ、この子の七つのお祝いにお札を納めに参ります、行きはよいよい帰りは怖い、怖いながらも通りゃんせ、通りゃんせ♪
怖いながらも、という言葉に奇妙な違和感を抱いていたけれど、天神様には厄神もおり、怨霊信仰など自然への恐れ、怨念を抱いてあの世に逝った人の深い悲しみを厳粛に受け止めなくてはいけないという畏怖、緊張感が天神様にはある。それを忘れることなく暮らしていきなさいということだったのだと、今は思う。
五穀豊穣を願い祟りを怖れる。生きる糧、守護神としての信仰。生活の中に必然的に発祥し受け継がれた「お神楽」という祭り(神事)をこの目で見せていただいた、感動の一日。
佐島の皆さまの温かいご接待に甘んじ、楽しいひと時を満喫させていただきました。ありがとうございました。
《瀬川先生の説明》
「ここ佐島の天神様のお神楽は3月25日と決まっているようです。
神楽とは神座を設けて神様をお招きし、占いや祈願をすることであり、ここ三浦の天神様は主に湯立神楽の類に入ります。三浦半島では、鎌倉神楽・湯花神楽・潮神楽とも呼ばれ、神職や神社によって、おなじ湯立神楽でも違いがあるようです。
なお、その際に行われる散米とは一般的に、米を撒き、米の霊力によって場を清めることであり、またそれは神さまへの供物でもあります。」
(あくまでも、神さまが降りてくる神さまの宿る『場』であり、湯の立ち方での占いは豊穣への祈願の形であるので、暗黙のうちにも吉凶は問わないとのこと)
和歌山の熊野神社から黒潮にのって伝来した由。宣託(神が人に託して、その意思を告げること/お告げ)への信奉は、生活の要(支え)であったかもしれない。神さまとは原初、見てはならぬもの、その形を想像してもならず、像を刻むことも禁じられていたのであれば、神さまをお招きし、神さまが昇られるまでの時空に於いて神官(神主)の祝詞・舞いなどで祈願を執り行うことが儀式化されたのも肯ける。
「ほかにもいろいろありますが、南下浦には厄神の年宿などの祭事があります。」等の説明を受けて、いざ天神様のお神楽へ。

神道の神事である。
神官をはじめ、議員さんや地域の有志(漁業組合・船主など)氏子代表などの面々が鎮座。
修祓(お祓い)に始まり、『降神!』、献饌、祝詞奏上、玉串奏奠、天狗の舞い、散米、湯立などの儀式が滞りなく進行し、『昇神!』にて了る。
そして終盤、「佐島」の半被を着用した面々の唄が吟じられ、幕は閉じた。
♪通りゃんせ、通りゃんせ、ここはどこの細道じゃ、天神様の細道じゃ、ちょっと通してくだしゃんせ、御用の無い者通しゃせぬ、この子の七つのお祝いにお札を納めに参ります、行きはよいよい帰りは怖い、怖いながらも通りゃんせ、通りゃんせ♪
怖いながらも、という言葉に奇妙な違和感を抱いていたけれど、天神様には厄神もおり、怨霊信仰など自然への恐れ、怨念を抱いてあの世に逝った人の深い悲しみを厳粛に受け止めなくてはいけないという畏怖、緊張感が天神様にはある。それを忘れることなく暮らしていきなさいということだったのだと、今は思う。
五穀豊穣を願い祟りを怖れる。生きる糧、守護神としての信仰。生活の中に必然的に発祥し受け継がれた「お神楽」という祭り(神事)をこの目で見せていただいた、感動の一日。
佐島の皆さまの温かいご接待に甘んじ、楽しいひと時を満喫させていただきました。ありがとうございました。
