夕焼け金魚 

不思議な話
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山の精

2015-06-11 | 創作
学生時代にトレッキングで山を歩き回っている頃の話しです。
夕暮れ近くなって山から下りてくると、男女のカップルとすれ違いました。
「おつかれさん」と声をかけると「おつかれさん」と返してくれたのです。
山に行きたくなるときは、人付き合いに疲れてと言うか面倒になっていく事が多いのですが、山に入ると今度はなぜか人恋しくなるのが変なのですが。
人に言わせると、それが山の神の仕業というのですが。
山の神は人が山に多く入ると煩わしくなって、速く下界に帰れと言う意味で、人恋しくするのだというのですけど。
山の夕暮れは足が速いですから、今まで薄暗い程度だったのですが次の瞬間には真っ暗になると言う事もあります。日が山に隠れると木立があるので山陰の光というものが、全く来なくなるのです。慣れていないと瞬間、どうなったのかと恐怖に襲われる事があります。山では早め早めの支度が大事で夕暮れ時には、ライトを早めに点けた方が良いのです。
私達とすれ違ったカップルに「これから入るのでしたら、もうライト出して置いた方が良いですよ」と声かけたのですが「まだ速いですよ、ライト持つと邪魔ですから」と男の方が言ったのです。
私は内心“危ないな”と思ったのですがそれ以上は何も言いませんでした。
麓に降りる頃にはもう真っ暗になっていて宿のおじさんに挨拶して部屋に戻りました。
宿の人に挨拶するのは無事に戻ってきたという合図でもあります。
一応、雑談とかで何処を登るのかと言う事を宿の人に聞かれる事が多いのですが、それも万が一の時の為の準備なのです。
どの辺りを登るかと言う事を聞いていると、遭難したときに捜す範囲を特定出来ますから。「途中で男女のカップルとすれ違いましてたよ」と言うと「今から山にと言うのは止めたんですけど、大丈夫だと言って登っていったけど、大丈夫ですと言う人に限って危ないのですよ」と宿の主人が言うのです。
山に登るときに「大丈夫です」という人は自信家の人が多いから、私などが山で人から注意されると「気をつけます、ありがとうございます」と言うようにしています。
人の注意をないがしろにする人は、山の精に吸い取られるという話しもありますから。
その時も宿の主人は「山の精の怒り買わなければいいのだけど」と本気で心配していたのでした。
翌日も晴天だったのですが、朝早くから村が騒がしくなっていました。
やはり、夕べ遅く登った男女が山小屋に着いていないというのです。他の登り口からも下山したという話しがなくて、捜索隊を出すという事になりました。
私達も最後に会話した相手ですし、トレッキングで山歩きしているだけなので捜索に加わる事にしました。
最後にすれ違った山道を昨日とは逆に登りだして暫くした分かれ道の処です。
少し上に登っている道が実は谷に向かう道で、少し下り坂の道が山小屋に向かう本道なのです。道標というか案内表示が分かれ道の処にあるのですが、あの二人が此処に到着した頃はもう真っ暗だったに違いありません。ライト出していればなんて事のない道なのですが、此処で真っ暗になり、上に向かう道という事で登り道を選ぶと谷に向かって迷う事になります。
捜索隊の人達はまさか此処では間違わないだろうと本道に進んでいったのですが、金魚達はここで谷に向かう道を捜してみますと言って別れる事にしました。
それこそここは大丈夫だろうという処が、本当は一番危ないのです。
こんな処で間違わないだろうと言う処が、一番間違うところと言う事を私達は経験で知っていますから。
谷に向かう道を暫く歩くと少し広くなったところに出て、そこに大きな木がありました。両手を左右に広げて道の上から覆い被さるような大きな木です。
その木の幹に男女二人が登っているように見えたのです。
てっきり木に登って夜を過ごしたのかと思って「大丈夫ですか」と声をかけたのですが声がありません。
確かに昨日の二人の服が樹の上に見えるのですが、声が帰って来ませんでした。
どうなっているのだろうと木に登って調べてみると、幹に服だけが残っていたというのです。
それも着ていた状態で残されていて、上着の下に下着があって、ズボンの中にパンツあったのです。
まるで服だけ残して身体が何かに吸い取られたかのような状態だったのです。
当時ですから、捜索用の無線機を預かっていましたからすぐに捜索隊に連絡して、まさかと思いますがこの樹の辺りを徹底的に調べたのですが、何も発見出来ませんでした。
いずれにしても何かに襲われたり、怪我をしたというのなら着ていた服に何らかの痕跡があるはずなのですが、何もなかったのです。
「やはり山の精に吸い取られたのかな」と言うのが捜索隊の意見でしたが、そのような事を遺族に言っても信用されるはずもありません。
服が谷に向かっているところで見つかったので、谷川で泳いでいて流されたのではと言う事にして遺族に話しました。
服は見つかったままの状態で渡したので「着ていたままの状態にして川に入ったのですか」と遺族の人もそこだけは信用して貰えませんでした。
夜の山は何が起こるか分かりませんから。

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