小山は母屋のリビングで、亜沙子と話している鯉子夫人話しかけた。
「鯉子さん、ちょっといいですか」
小山が鯉子に声をかけると亜沙子がニコニコ笑いながら小山に言った。
「鯉子さん、疲れておいでですから、話は手短に、余計なことはしないでね」
亜沙子が小山の考えを知ってか否か分からないが、行動に歯止めをかけられた。
でも、小山は自分の疑問を鯉子夫人に解消して頂きたかった。
二人でアトリエの池の周りを歩 . . . 本文を読む
山には白い物が降り始め、里にも冷たい風か吹き始める頃です。
大原邸を訪ねると約束した日の朝、小山は亜沙子からの電話で叩き起こされた。
「先生、先生が亡くなられました」
寝ぼけ眼で電話を取っているので何を言っているのか分からなかった。
「綺山先生が亡くなられたの」と言う声で大原邸に駆けつけることになった。
街は前日から降り続いた雪が朝日に当たって白く輝いていた。
大原邸に付くと玄関脇に白と黒 . . . 本文を読む
枝町でのデートの後1週間ほどして、大原邸での取材の原稿を渡しに亜沙子の事務所に出かけた。
相変わらず、書類の山に埋もれている佐藤女史が声だけで返事してくれる。
事務所の奥に行くと亜沙子が待っていた。
「鯉子さんの処にいた娘さん、どこに行ったか本当に分からないは、あの枝町の女が言うように、夜の街に消えていったのかしら」
「どうかな、若い女の子が一人で暮らすには難しい街だと思うけど」
「あら、先生のよ . . . 本文を読む
枝町は男川沿いの町で、仕舞屋風の町屋が並ぶ古い町並みの町です。町の小路が小枝のように入り組んでいて、枝町と呼ばれるようになったと言われています。
「ここですね、鯉子さんが住んでいたという家は」
その家は細い小路の中程にあった。
いわゆる棟割長屋の一軒でした。
「へえ、面白い通りだね」
「何か面白いものでも見つけましたか」
「いえ、実はこの通り、右から見るのと左から見るのでは景色が変わって見える . . . 本文を読む
1週間後には鯉子の戸籍をもって亜沙子が古書店に小山を訪ねて来た。
やはり鯉子の両親は既に死んでいました。
兄弟はいなくて、鯉子の言うように天涯孤独の独り身のようでした。ただ、一度結婚していてその男とは5年後に別れていた。
亜沙子は調べても何も出てこなかったことにガッカリしているようだ。せっかくの調査なのに記事になるような物がなかったからだろう。
小山はコーヒーを飲みながら亜沙子の胸あたりに . . . 本文を読む
大原邸の取材が終わり、小山は帰りの車の中で亜沙子に聞いてみた。
「ところでキッチンで二人何を話していたのかな、今日の取材の目的は奥様の方だったのだろう」
「ええ、あんな気むずかし屋さんの奥様だから、大変だろうって思っていたけど、そうでもなかったみたなの。家ではほとんど手が掛からない大人しいものですって笑って言われちゃった」
「俺の方は大変だったよ、人捜しまで頼まれて。亜沙子ちゃんも手伝ってよ」
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綺山が顔を小山に近づけて、キッチンの亜沙子の方を気にしながら声を潜めて話し始めた。
「実は小山先生、こんな話信じて貰えないと思うが、儂は儂と付き合う前の妻と逢ってしまったのじゃ」
「貴方と付き合う前の奥さんに逢ってしまったと言うのですか」
「そうじゃ」
“またまた、面倒な話かな”と思いながらも
「また、どうしてそう思われるのですか」と聞いてしまった。
大原綺山と妻の鯉子さんの馴れ初めは、鯉子さん . . . 本文を読む
大原綺山、大原焼きの家元で、今年は人間国宝に指定されるだろうと毎年のように言われているが、陶芸家仲間からは異端視されていて毎年次の年にと延期されていると噂のある人物であった。
大原綺山の家は、郊外の山の中にあった。
牧場のような敷地に母屋と池の中にアトリエがあった。
アトリエは直径20メートルほどの池の真ん中にあり、桟橋が付いていた。
桟橋の中程に2メートルほどの跳ね橋があった。跳ね橋の仕 . . . 本文を読む
「お二人でまた、私の悪口言っていたのでしょう」亜沙子が二人を見つめて聞いてきた。
「そんなことありませんよ。亜沙子さんはいつも綺麗だなってお話しですよ」
「そんなこと、叔母さんが言うわけ無いでしょう。いつもオッパイだけの女って言っているのを知っていますから」
「そんなこと言っていませんから」
二人の雲行きがおかしくなってきた。朝から喧嘩されては堪らない。
「今月の言い伝えの話していたのですよ。庄 . . . 本文を読む
大通りから一歩裏街にはいると街の騒音も消え、風の匂いさえ変わってしまう。
時間が止まっているようなこの町にも、季節の変わり目が確実に近づいていた。
山からは雪の便りがぼつぼつ聞こえる頃には、この裏通りにも冬支度が始まっていた。
前庭には植木の枝を纏めて縛ばったり、大きな枝には雪の重さに耐えられるように支える木組を作たりと、冬への備えがあちこちで見られるようになっていた。
狭い小路の奥に、路地裏の . . . 本文を読む