夕焼け金魚 

不思議な話
小説もどきや日々の出来事
ネタ控えです

裸婦の女

2013-01-02 | 創作
母は半年ばかり患ってあっけなく亡くなった。父が亡くなって五年経った頃だった。
 家族が姉と私だけなので、どちらかと言えば寂しい葬儀であった。弔問の客といってもほとんどが姉と自分の仕事関係ばかりで、近所の人も僅かに顔を出してくれただけだった。
 母の死顔はとても美しかった。母に似た姉が最後の化粧をしたが姉が寝ているのではないのだろうかと思う程、姉と母は似ていた。残念ながら自分は父に似たらしく姉とも母とも余り似たところは無かった。
 慌ただしく葬儀が終わると、気づいた時は姉と私の二人だけがポツンと母の家に取り残されていた。姉も結婚しているので何時までも家を空けておくわけにも行かず、形見分けとして遺産の話もしければならなかった。
 遺産で驚いたのは時計と宝石の多い事だった。姉は趣味が違うというか自分が一杯持っているからと言うので、殆ど私にくれた。妻にはこんな高価な物、買ってやれないなぁといった物ばかりだったので貰えたのは嬉しかった。
「姉さんはいいのかい」
「いいわよ、こんなの一杯持ってるから」
「義兄さんの稼ぎいいからなんだね。俺じゃ宝石なんて買ってやれないよ」
「旦那に買って貰ったものなんてほとんど無いわよ。みんな自分で買ったものよ」
「さすが二馬力、共稼ぎの強みだね。俺なんか全部妻に持って行かれても、まだ足らないってぼやいているよ」
「主婦なら才覚一つで何とかなるわよ。時間もあるのだし」
「そうはいかないよ、子育てとか忙しいみたいだし」
「でも、これどうする。私の家じゃいらないわ」
「俺の家だってこんなのいらないよ」
 私と姉の前にはベットに横たわっている裸婦の絵があった。大きさは20号だろうか。後ろ姿で背中からお尻の線が妙に艶めかしく、私が初めて見た時はドキッとしたものだ。貰ってもいいのだが何せ飾るところがない。家などに持って帰ればつまらぬ波風が妻との間に立つのは、火を見るより明らかなのだから。おおかた片づいた後に、この絵だけが我々のようにポツンと取り残されて横たわっていた。
「でもなんだって母さんはこんな絵、寝室に飾っていたのだろう。……親父の趣味だったりして」
「まさか、でもお母さんって芸術家肌の人が好きだったから意外とモデルはお母さんだったりして」
「親父がこんな絵を」
「まさか、絵は別の人よ。モデルはお母さんでも書いたのはあの人じゃないわ」
「母さんが親父以外の男の前でこんな格好に」
「バカねぇ、あんたも30回ったのだから、少しは女を勉強しなさい」
 姉は私をバカにしたような目で見た。
「母さんにあの人以外に好きな人がいたこと、薄々感じていたわ。……あの人が死んだ時母さんにピッタリ付き添っていた男の人知らない」
「真っ白な髪の背の高い人、仕事で世話になった人だと言ってたけど」
「そんなの嘘に決まっているじゃない。母さんが仕事してたの結婚前よ、何年前の事。そんな人が連れ合いの葬式の手伝いなんてするわけ無いじゃないの」
「じゃあの人が」
「母さんはあの人とできてて、裸の絵もあの人が描いたのよ」
「あの人の指示で寝室にあんな絵を飾らせたのか」
「ううん、飾ったのはお母さん。描いて貰ったのも母さんが頼んだんじゃないのかなぁ」
「何のためにそんな事するんだよ」
「女って残酷なところがあるの。夫に自分の事をそれとなく知らせて、気づいたら否定すればいいし、気づかないとそんな貴方だから他の男に走るのよって、自分の正当化の理由にしたりして」
 結局絵は庭でゴミとして燃やされる事のなった。家庭ゴミを燃やすのは禁止されているが、母の裸だと思われる絵をゴミとして清掃局に出すのは憚られた。もし、どこかに飾られたりしたら尚嫌だし。そんなことを考えて燃やす事にした。
 絵の母は、炎に包まれて一瞬体を反らすようにして、次の瞬間真っ黒になって消えた。
 母はあの絵の前で父に抱かれたのだろうか。書いた男の目を意識していたのだろうか。
 母の気持ちが分からない。
 後ろ姿の裸婦の絵から、本人と確認できるものはどれくらいあるのだろうか。姉は確信に満ちた表情で、あの裸婦は母だと断言した。それは姉が母から聞いたのか、それとも絵のモデルになっていたのを見たのか。母の背中など私は殆ど覚えていない。同じ女同士というので、お風呂などで姉が裸の母を見ていたとしても断言できるのだろうか。
 母の後始末が終わって家に帰ると妻は出かけていた。ベッドに横になって、何となく壁を見渡すと一枚の絵が掛かっていた。気にも留めなかったが、あんな絵いつから架かっているのだろう。裸婦ではなく山の稜線と森が書いてある風景画だから、母の裸婦のような心配など無いが気にかかたので、妻が帰って来た時聞いてみた。
「あれ、結婚当時に貴方が買おうっていった絵じゃないの」
「俺が買おうって言ったのか」
「そうよ、たまたま行ったお店で、お金がないのに買おうって聞かなかったのよ」
 思い出した。あれは妻と新居が決まった日にたまたま行った画廊で気に入ってしまいその場で買った絵だった。だから寝室に飾ったのも俺だった。思い出せば何の事はない話だったが母の絵を見てきた後だったので気にかかってしまった。
 それでも絵は模様替えとして撤去して、壁に真新しい白い絵の跡だけが残った。
 相変わらず仕事は忙しく、娘の美樹の話し相手にもなれない。
もし、美樹の話し相手になれたなら、子供の疑問に答えてやれたかもしれなかったのに。
「ママ、ママの絵どうしてお部屋から片付けたの」
「パパが片付けろと言ったから」
「逆さまに見るとママが寝ている絵になるなんて、誰も気づかないのに」
「そうよね、たまたま行った振りして画廊で見せるだけのつもりがだったのに、パパがどうしても買おう言った時は気づいたのかとびっくりしましたけどね」
「でもどうして裸なの」
「どうしてかな、それはママと美樹だけの秘密。女同士の秘密よ、お父さんには内緒にしましょうね」
 ママと美樹は女同士として固く結ばれていた。


追伸 アフェクトエイトというのに参加してみました。
    下のバナーをクリックしてくれると、広告収入が貰えると言うところです。
    本文が面白いなと思われた方は、クリックしてみてください。
    変なところには飛ばないはずです。









コメント (1)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ガレージセール | トップ | 真冬の桜1 »
最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
RE:裸婦の女 (col)
2015-02-20 22:28:30
女性とくに人妻が裸婦として、自分の彼氏や旦那様以外の男性の前に姿を表わすときの本人の気持ちやパートナーの気持ちは、とても興味深いです。
そのような経験のある方とお話したいです。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

創作」カテゴリの最新記事