セレンディピティ ダイアリー

映画とアートの感想、食のあれこれ、旅とおでかけ。お探しの記事は、上の検索窓か、カテゴリーの各INDEXをご利用ください。

水のかたち 《源平合戦図》から千住博の「滝」まで

2022年09月18日 | アート

招待券をいただいて、山種美術館で開催中の「水のかたち 《源平合戦図》から千住博の「滝」まで」を見に行ってまいりました。

過去に何度か書いているかもしれませんが、広尾にある山種美術館は、私にとって ”小さな宝石箱”と呼ぶのにふさわしいお気に入りの美術館です。山種美術館は山種証券の創業者、山崎種二さんが創設された日本画の美術館ですが

山種氏は巨匠の日本美術を収集するだけでなく「山崎美術鑑賞」を創設して、若い日本画家たちの芸術活動を支援してこられました。そのような経緯もあって、近代日本画作品が充実していることも、私の好みに合っているのかもしれません。

今は孫の山崎妙子さんが館長をされていますが、着物の着こなしが華やかなすてきな方です。Twitterでの情報発信や、趣向を凝らした企画展、カフェでいただける企画展にあわせた和菓子。自前の所蔵品だけで魅力的な展覧会を毎回開催できるのもすばらしい。

今回の企画展は 「水のかたち」。2016年にも「水を描く」という同じテーマの作品展を拝見しましたが、過去記事を見ると、私はやっぱり同じ作品に心惹かれていて、自分でも驚きました。人の好みは意外と変わらないものなのですね。

奥村土牛 「鳴門」 1959年

最初に私たちを出迎えるのはこの作品。山種美術館を代表する所蔵作品のひとつで、私も何度か拝見していますが、何度見てもすばらしい。実はこの作品にあわせて、この日はミントグリーンのスカートで出かけたのでした。

歌川広重 「阿波鳴門之風景」 1857年

今回、鳴門を題材にした作品が3点ありました。こちらは広重の描いた鳴門です。空の上から俯瞰した構図で、鳴門という自然現象を淡々と記録しているような印象も受けました。

石田武 「鳴門海峡」 1992年 (美術館のサイトからお借りしました)

もうひとつの鳴門は石田武さんの作品。石田武さんは以前拝見した「千鳥ヶ淵」という作品もお気に入りです。石田さんの作品の色使いや構図がとても好きです。この作品は群緑という一色の岩絵具を使って描かれているとあり、表現の豊かさに感嘆しました。

渦を巻く瞬間の水の厚みがリアルで、見ていると吸い込まれそうです。昔、ナイアガラ滝を見た時に、滝が流れ落ちる瞬間に、まさにこのような水の厚みがあって、吸い込まれそうになったことを思い出しました。

川端龍子 「黒潮」 1932年

「水を描く」展では、川端龍子の「鳴門」が展示されていましたが、今回は「黒潮」が展示されていました。龍子の「鳴門」と同じく群青を大胆に使った作品です。群れを成して跳ぶトビウオの目がいきいきと輝き、生命力を感じました。

千住博 「ウォーターフォール」 1995年

千住さんのウォーターフォールシリーズは、直島の家プロジェクトや、軽井沢の千住博美術館、本作品も「水を描く」展で見ていますが、何度見ても引き込まれ、圧倒されます。

無駄をそぎ落としたシンプルな作品に見えますが、上から流れ落ちる水と、それを受け止める滝つぼ、下から跳ね上がる水しぶき、とそれぞれどのように描き分けているのだろうかと想像力を掻き立てられます。

5色の滝を並べた「フォーリングカラーズ」も展示されていましたが、ウォーホルみたいな趣向が感じられ、こちらも好きな作品です。

中村正義 「日」 1969年

今回の展覧会では水のかたちを、雨と霧、川、滝、海、雪に分けて展示していました。本作は雪のコーナーにあった作品ですが、大雪のあとの晴れ渡った翌日、しんと静まり返った一面の雪の情景が頭に浮かび、心が洗われるような感動を覚えました。

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ダミアン・ハースト 桜

2022年06月30日 | アート

コンサートの後、そのまま余韻にひたりながら、乃木坂の国立新美術館によって「ダミアン・ハースト 桜」展を見に行きました。桜を描いた大型作品ばかり24点で構成される、日本初の大規模個展です。(5月23日で終了しました)

ダミアン・ハーストはイギリスを代表する現代美術のアーティストです。私は2011年にヨコハマトリエンナーレで蝶をコラージュした Kaleidoscope シリーズ、2012年に渋谷ヒカリエのギャラリーでカラフルな円を並べた Spot Paintingシリーズを見たことがあり

どちらも印象に残っていますが、今回はピンクと水色を使った色彩構成がとてもラブリーで、楽しみにしていました。桜といえば、多くの日本画家が好んだ画題であり、2018年に山種美術館で見た「桜 さくら SAKURA」展も心に刻まれています。

日本で桜といえば、どちらかというと儚いイメージがありますが、ダミアンが描く桜は大胆、パワフル、そしてカラフルです。ぱっとみたところピンクの花に見えますが、よく見ると赤や緑、青、茶、その他たくさんの色の点描となっています。

ダミアンの作品を見ながら、桜には晴れた空が似合う、ということを再認識しました。

展示室の広いスペースの白い壁に、桜の作品だけが展示されています。タイトルを含め、説明が一切ないので、作品と無言で向き合うことができたのがよかったです。後で作品リストを見ると、神の桜、生命の桜、真実の桜... とそれぞれタイトルがついていましたが

見る人がそれぞれの桜を好きなように鑑賞すればよいのだろうな、と思いました。

会場には作品のほかに、30分ほどのダミアン・ハーストのインタビュー映像があり、こちらも興味深かったです。イギリス出身のダミアン・ハーストは無骨な職人さんといった雰囲気で、ケン・ローチ監督の映画に出てきそうなおじさん(失礼!)です。

作品を作る様子を見ると、ポロックのアクションペインティングを彷彿とさせましたが、ダミアン自身はフランシス・ベーコンの影響を受けているとおっしゃっていました。

今回の桜の作品や、私が過去に見た彼の作品からすると、ちょっと意外に思いましたが、あとでググったところによると、ダミアンは動物のホルマリン漬けにした作品が有名だそうで、なるほどそれならベーコンのグロテストさに通じるものがある、と納得しました。

ダミアン・ハーストの作品については、こちらをどうぞ。

話題のダミアン・ハーストって一体誰?初期〜最新作まで代表作20選をご紹介 (NEW ART STYLE)

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「ル・パルクの色 遊びと企て」ジュリオ・ル・パルク展

2021年11月07日 | アート

銀座メゾンエルメス フォーラムで開催中の「ル・パルクの色 遊びと企て」ジュリオ・ル・パルク展 (Les Couleurs en Jeu by Julio Le Parc) を見に行きました。

レンゾ・ピアノ設計のメゾンエルメスのビルのファサードを大胆に使ったル・パルクのインスタレーション。これを見て「何?何?」と思った方もいらしたのではないでしょうか。カラフルな色の構成に、見ただけでわくわくしてきます。

エレベータに乗ると、1階から9階のギャラリーに上るまで、内壁沿いにロング・ウォークという作品が続いていて、これまたびっくりしました。(言葉で表現するのが難しいですが、例えるならばドミノ倒しのような、ピタゴラスイッチのような。)

ヴォリューム(容積)と色のアンサンブル 1971-1975

ル・パルクは1928年アルゼンチン生まれのアーティストです。1958年にフランスに移住し、モンドリアンやロシア構成主義に影響を受け、幾何学的な抽象画の制作をはじめました。

1960年代に他のアーティストたちと視覚芸術探求グループ (GRAV) を結成し、視覚的錯覚や動力を用いたキネティックアートや観客参加型作品など、新たなアートの体験を提案してきました。

本展では、ル・パルクのこれまでの活動から「色」をテーマとし、初期のモノクロの作品から1959年からの14色を使った作品のシリーズ、モビールの新作まで、メゾンエルメスのビル全体を使って紹介しています。

ビルのファサードを飾るカラフルなアートが、ギャラリーの内側から見るとステンドグラスのような効果を生み出しています。右に見えるのは2階分の吹抜けに吊り下げられた、14色の板を使った大掛かりなモビールです。

ル・パルクの14色を使った構成作品

ル・パルクの作品を見て、中学1年の美術の時間に習った12色の色相環や、グラデーションの構成課題を懐かしく思い出しました。当時からデザインや幾何学が好きで、こういうアートを考えるのが大好きでした。

初期の頃のモノクロームの作品

スチールの板を使ったモビール。鏡のようにキラキラしてきれいでした。

シリーズ 14-14 置換 1970-2020

14色を使った構成ですが、私は灯台のレンズを思い出しました。

オンド (電波) 110 no.8

14色の組合せが、隣り合う色によって、飛び出して見えたり、へこんで見えたりする不思議。習作も豊富にありましたが、どれも見ていて飽きませんでした。

映像作品や、ル・パルクのインタビュー映像などもあり、興味深く鑑賞しました。

暗くなってからのメゾンエルメス。明かりが灯るとますます美しかったです。

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キューガーデン 英国王室が愛した花々

2021年10月17日 | アート

東京都庭園美術館で開催されている「キューガーデン 英国王室が愛した花々 シャーロット王妃とボタニカルアート」を見に行きました。

英国王立植物園「キューガーデン」に所蔵されている18~19世紀のボタニカルアート約100点のほか、キューガーデンの発展に尽くした、シャーロット王妃が愛したウェッジウッドの陶磁器が展示されています。

会場は白金にある東京都庭園美術館です。旧朝香宮邸として知られるアールデコ様式のこの美術館は、建物自体が貴重な美術品であり、本展を開催するのにふさわしい場所でした。どの作品も、まるでお部屋にもともとあった装飾品のようにマッチしていました。

トマス・ハーヴェイ夫人 ローザ・ケンティフォリア(キャベツローズ)とローザ・ガリカ(フレンチローズ)の栽培品種(バラ科) 1800年

私は昔からボタニカルアートが好きで、家にも2点飾っています。どちらも買った時の状況をよく覚えている思い出深いものですが、どちらかというとモダンアートの好きな私がどうしてボタニカルアートに惹かれるのか、自分でも不思議に思っていました。

フランツ・アンドレアス・バウアー ゴクラクチョウカ(ストレリチア・レギネ)(ゴクラクチョウカ科) 1818年

それで今回、ボタニカルアートは植物を科学的視点から描いたものであり、科学の発展と深くかかわってきたと知り、納得しました。ボタニカルアートの中にあるサイエンスの部分に、私は心惹かれるのだと思います。

ヨーロッパの植物園は、医療を目的とした薬草園からはじまったもので、ボタニカルアートは、植物の特徴を正確に記録することで、薬学や植物学の研究を支えてきました。

フランツ・アンドレアス・バウアー ゴクラクチョウカ(ストレリチア・レギネ)(ゴクラクチョウカ科) 1818年

また植物学や水彩画を学ぶことは、18世紀のイギリスの女性の教養のひとつと考えられていて、その中から優れた女性画家たちが生まれた、という事実も興味深かったです。本展では、こうした女性画家たちの作品も数多く紹介されていました。

ドローイング・ルーム(ここだけ撮影可)

18世紀のイギリスの邸宅にあったドローイングルームは、その家を取り仕切る女性の趣味で室内装飾が施され、女性たちの社交の場となっていたそうです。また、女性たちの教養のひとつであったボタニカルアートを制作する場としても使われたそうです。

シデナム・ティースト・エドワーズ チョウマメ(マメ科) 1813年

もうひとつ興味深かった話は、現在はカメラで花を撮影して正確に記録を残すことができそうですが、なぜボタニカルアートが今も必要とされているのか、ということです。

シデナム・ティースト・エドワーズ ボタンの栽培品種(ボタン科) 1809年

ボタニカルアートは、花と茎、茎と葉の大きさのバランスなどが正確に描かれていますが、カメラのようにすべてをそのまま写し取っているのではなく、薬学や植物学に必要な部分を細かく描き、必要ではない部分を省く、というように

専門的な知識によって取捨選択して描いているのだそうです。カメラで花の写真を撮ると、余計なものがすべて写り込んでしまい、自分の目で見た時と印象が違うと感じることが、これまでにもよくあったので、私はこのことに深く納得しました。

ウェッジウッド 蓋付き深皿(クイーンズウェア) 1765-70年

18世紀の産業革命の時代にキューガーデンの発展に力を尽くし、芸術と科学の世界に貢献したシャーロット王妃。彼女が愛したウェッジウッドの陶器も、ボタニカルアートと同じく、アートとサイエンスが結びついた傑作といえるかもしれません。

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イサム・ノグチ 発見の道

2021年06月09日 | アート

東京都美術館で開催されている「イサム・ノグチ 発見の道」を見に行きました。

楽しみにしていたイサム・ノグチの展覧会。開幕翌日に東京都の非常事態宣言で閉館となってしまいましたが、6月1日から再開されたので、早速見に行ってきました。日時指定の予約制となっていて、比較的ゆったりした環境で鑑賞できました。

日本とアメリカの両方のアイデンティティをもつ20世紀を代表する彫刻家であり、工業デザイナーでもあったイサム・ノグチについては、これまでに何度か記事にしていますので、よかったらご覧になってみてください。

イサム・ノグチ庭園美術館(香川県・牟礼) 2018.08.26
映画「レオニー」(イサム・ノグチの母を主人公にした映画)2010.11.28
イサム・ノグチ美術館(ニューヨーク・ロングアイランドシティ)2007.10.14

3階にまたがる展示室のうち、最初の2階は写真撮影可能でした。知ってたらミラーレスカメラを持っていったのですが、今回はiPhoneでの撮影です。

作品は大きく分けて、石を使った彫刻、金属を使った彫刻、そして竹と和紙を使ったイサムおなじみの「あかり」シリーズの照明など。イサム・ノグチのインタビュー映像や、香川県牟礼にあるイサム・ノグチ庭園美術館を紹介するビデオもありました。

最初のロビー階の入口を入ると、「あかり」シリーズの照明をたくさん使ったインスタレーションがお出迎え。大小さまざまな照明が、少しずつ明るくなったり暗くなったりする様子は神秘的でもあり、幻想的な光景でした。

サークルストーン(お地蔵さん) 1980 花崗岩 

沖縄の石敢當(いしがんとう)を思い浮かべたら、お地蔵さんと知りなるほど!と納得しました。当たらずも遠からずでした。

無題 1988 花崗岩

石の面の仕上げによって全く表情が変わることに驚きました。「2001年宇宙の旅」のモノリスを思い出しました。

下方へ引く力 1970 アリカンテ産及びマルキニア産大理石

同じ横浜美術館が所蔵する「真夜中の太陽」に似ていますが、こちらは知恵の輪風になっています。

ヴォイド 1971 ブロンズ

香川県牟礼にあるイサムノグチ庭園美術館にある「エナジーヴォイド」の小型版で、こちらはブロンズで作られています。

女(リシ・ケシュにて) 1956 鋳鉄

リシケシュというのは、インドのヒンズー教の聖地のようです。この抽象的な造形からさまざまなことが想起されます。女性の神秘性と艶めかしさが表現されていてドキッとしました。

リス 1988 ブロンズ

ぱっと見てカタツムリかな?と思ったらリスでした。^ ^

びっくり箱 1984 溶融亜鉛メッキ鋼板

これは見てすぐにわかりました。Jack in the Box ということばが先に浮かびました。

あかりシリーズから。こちらはペンダントタイプですが、このほかに床置きタイプの照明もありました。イサムノグチの照明や家具は今でも販売されていますから、手に入る芸術作品というのがうれしいですね。

参考作品のフリーフォームとオットマン。ここにすわることもできます。

このさらに上の階には、石を使った大作の数々がありました。今回の展覧会は、作品タイトルが少し離れたところにあったので、まず最初に作品とじっくり向き合い、その後でタイトルを見て答え合わせ?ができるのがよかったです。

先にタイトルを見てしまうと、どうしても先入観にとらわれてしまいますものね。最後に、心に残ったイサム・ノグチのことばを紹介します。

”自然石と向き合っていると、石が話をはじめるのですよ。その声が聞こえたらちょっとだけ手助けしてあげるんです。”

どこか子育てにも通じる深い哲学だと感じ入りました。私は子育てに手をかけすぎてしまいましたけどね。^^;

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小村雪岱スタイル 江戸の粋から東京モダンへ

2021年04月29日 | アート

三井記念美術館で開催されていた「特別展 小村雪岱スタイル 江戸の粋から東京モダンへ」を見に行きました。(4/18で終了、4/27~6/13 富山県水墨美術館、7/8~8/29 山口県立美術館に巡回)

小村雪岱(1887-1940) という日本画家は存じ上げませんでしたが、ポスターを見た時に福田平八郎のデザイン性に近いものを感じ、ひと目で引き付けられました。

その後、大正から昭和にかけて、画家の枠を超えて商業美術の世界で活躍し、装丁や挿絵、舞台美術、また発足間もない資生堂意匠部で、商品や広告デザインに携わったと知り、私のアンテナがぴぴっと反応したことに、大いに納得しました。

***

本展では、装幀、挿絵、舞台装置画、肉筆画、版画など、雪岱の画業が総合的に紹介されているとともに、雪岱にインスピレーションを与えた鈴木春信の作品や、同時代の工芸品も展示されていました。

壮麗な三井本館7階にある、三井記念美術館の重厚でクラシックな内装や調度もすばらしく、心豊かなひと時をすごしました。なお、展覧会はコロナ対策として日時指定予約制となっていました。

『小村雪岱画集』表紙絵「柳に梅花図帯」より  木版多色刷 1942

濃紫の地に、幾本も垂れ下がった細い枝が、風にそよいでいるようです。柳の枝の繊細さが梅の愛らしさを際立たせています。

おせん 雨  木版 1941

邦枝完二の新聞小説「おせん」の挿絵から。小説の内容は割愛しますが、人込みの中を逃げる黒頭巾のおせんの姿が右下の傘の間に描かれています。なんともモダンで洒落ていますよね。

おせん 縁側  木版 1941

同じく「おせん」からの一場面。この女性の描き方は、鈴木春信の「夜更け」から影響を受けているとされています。胸元が見えていても清潔感があって、楚々とした魅力が感じられます。

青柳  木版多色刷 1941

畳の上に置かれた鼓と三味線は、おけいこの前か後でしょうか。手前に柳の枝があることで、スポットライトのような効果を生み出しています。雪岱は柳の使い手ですね。

雪の朝  木版多色刷 1941

全体の左下約半分が白い雪、という大胆な構図がかっこいい。雪で煙った柔らかい色調がきれいです。

泉鏡花『日本橋』装幀  冊子 1914

雪岱は泉鏡花の熱心なファンだったそうですが、ひょんなご縁で知り合い、以来、鏑木清方と並び、鏡花作品の装幀や挿絵を手掛けるようになりました。連続性にリズムが感じられ、モダンで軽快なデザインです。

泉鏡花『愛染集』装幀  冊子 1916

三井記念美術館の入口に展示されている、鹿の彫刻に思わずパチリ。

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没後70年 吉田博展

2021年03月17日 | アート

東京都美術館で開催中の「没後70年 吉田博展」を見に行きました。

日本アルプス十二題より 剱山の朝 1926

吉田博。不勉強で存じ上げなかったのですが、明治、大正、昭和にかけて風景画の第一人者として活躍された画家です。同時代にフランスで学んだ黒田清輝が日本の画壇で活躍していたのに反発し、吉田博はアメリカに渡って自らの作品を広めました。

にわかに木版画とは信じられない技術と表現のすばらしさもさることながら、日本より先に海外で高い評価を得たこと、戦前の日本で世界中の風景を求めて旅する画家であったことなど、型破りの芸術家だったことを知りました。

米国シリーズより エル・キャピタン 1925

私が今回、この展覧会を知ったのは、SNSで偶然目にしたこの作品がきっかけです。一目でアメリカのヨセミテ国立公園とわかりましたが、浮世絵でヨセミテ?!とびっくりし、彼の作品をもっと見たいと思いました。

吉田博は正確には日本画家ではなく、木版画という日本の伝統技法を表現方法とした洋画家です。グランドキャニオンやバンフなど、北米で見た雄大な自然が、繊細な木版画で目の前に再現されるのは、心躍る体験でした。

欧州シリーズより ウェテホルン 1925

迫力ある美しい山岳風景を数多く残した吉田博。山々を俯瞰した作品はどうやって描いたのだろうと思いましたら、彼自身が山に登って描いたそうです。ガイドをつけ、パーティを組み、余裕のあるスケジュールで長期滞在する登山家だったそうです。

日本アルプス十二題より 穂高山 1926

そして日本や世界を代表する山々に登り、そこに到達した人にしか見ることのできない特別な風景を、みごとな版画作品として残しました。

瀬戸内海集より 光る海 1926

山のみならず、水の表現もすばらしかったです。これほど繊細な海の色、空の色がどれも版画で表現されています。浮世絵は、だいたい10数枚の版を重ねて作られているそうですが、吉田博の木版画はどれも30枚以上の版を重ねて制作されているそうです。

1組の版から色彩を変えて、昼と夜という具合に、それぞれ異なる時間帯の作品が作られているのも興味深かったです。例えばマタホルンの昼と夜、タジマハルの昼と夜、等々。

瀬戸内海集より「帆船」という作品は、なんと「朝」「午前」「午後」「霧」「夕」「夜」と同じ版から6つの作品が連作で作られています。色彩だけで時の移ろいがみごとに表現され、何度も見比べてしまいました。

東京拾二題より 亀井戸 1927

亀井戸天神は、広重をはじめ浮世絵画家が好んで選んだ題材ですが、吉田博の作品は水に映った橋までも版画で表現され、その繊細さに息を吞みました。88枚もの版を擦り重ねているそうです。

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石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか

2021年01月07日 | アート

東京都現代美術館で開催されている「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」を見に行きました。

アートディレクター、デザイナーとして、多岐にわたる分野で世界を舞台に活躍した、石岡瑛子さん(1938-2012)の大回顧展です。初期の広告から、映画、舞台、オリンピックのプロジェクトまで、石岡さんの才能とエネルギーに圧倒されました。

石岡さんは、1961年に資生堂に入社してデザイナーとしてのキャリアをスタートさせ、1970年に独立しました。1970~80年代といえば、資生堂とカネボウのCMバトルや、パルコやサントリーの広告がなにかと話題になっていたことを懐かしく思い出します。

コピーライターや、コーポレートアイデンティティなんて言葉が広まったのもこの頃ではなかったでしょうか。また、映画と書籍の強力タッグで「読んでから見るか、見てから読むか」の角川書店が注目を集めていたことも思い出されます。

資生堂、パルコ、角川書店などの広告の仕事を手掛けてこられた石岡瑛子さんは、まさに広告が消費を生み出す時代を牽引してきた仕事人であることを実感しました。

当時の日本で、しとやかではなく強い女性を打ち出した資生堂の広告や、ダイバシティという考えのなかった時代に、アフリカの女性たちをモデルにしたパルコの広告は、ものすごく画期的だったと思います。

石岡さんは、1980年にニューヨークを拠点を移して、広告から映画や舞台の世界に入り、舞台「M.バタフライ」(蝶々夫人) や「忠臣蔵」「ミシマ」の舞台デザインや衣装デザインを手がけました。

真二つに割れた金閣寺をはじめ、数々の衣装や映像を見ると、外国から見たオリエンタリズムという視点を意識しているように感じましたが、強さと華やかさ、重厚感があって、圧倒されました。

後半では、オリエンタリズムからさらに進化して、ボーダーレスな活躍ぶりで世界を魅了していきます。今回、石岡さんの仕事で私が唯一実際に見たことがあるのは、シルク・ドゥ・ソレイユの「ヴァカレイ」です。

唯一無二の色使いと、謎の地球外生物?のようなフォルムの衣装は、サーカスという動きのある舞台を得て、さらに輝きを増しているように感じました。

北京オリンピックの開会式では、コスチュームディレクターを務めました。中国の伝統を現代に取り入れた独特のデザインは、オリエンタルなデザインを手掛けてこられた石岡さんらしい魅力にあふれていました。

石岡さんの遺作となった、映画「白雪姫と鏡の女王」(Mirror Mirror) の衣装デザイン。

布を丹念に重ね合わせる大がかりな衣装は、映画というより舞台衣装のよう。実物を見るとその大胆さと繊細さに圧倒されました。

この他舞台衣装では「ドラキュラ」や「ニーベルングの指環」の個性的で、ダークなデザインも印象的でした。

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山梨県立美術館 コレクション展/栗田宏一・須田悦弘展

2020年12月30日 | アート

今月初めにドライブがてら、山梨県立美術館に行ってきました。

場所は甲府市の芸術の森公園。設計は東京都美術館を手掛けた前川國男さんです。手前の彫刻はヘンリー・ムーアの「四つに分かれた横たわる人体」を後ろから見たところです。

山梨県立美術館といえばミレーの「種をまく人」で知られていますが、その他にも魅力がたくさんあってすっかりファンになりました。地元の人たちに愛されている美術館であること (県ナンバーの車が多かった)。企画展だけでなく、常設展示が充実していること。

ミレーに端を発してバルビゾン派の作品がコレクションの核となっていますが、山梨県出身の芸術家の所蔵作品も多く、県のアーティストの魅力を発信していること。館内にスタッフを多く配置しているところも好感が持てました。

館内は、ミレー館、常設展示室、萩原英雄記念室、特別展示室の4つのパートで構成されています。まずはミレー館から見て回りました。

 

農村の風景や農民の生活を描いた作品の多いミレーをはじめバルビゾン派の、色彩のトーンを抑えた作品が、展示室の赤い壁によく似合います。美術館のトレードマークでもあるミレーの (左) 種をまく人。そして (右) 落穂拾い、夏。

それぞれオランダのゴッホ美術館、アメリカのセントルイス美術館に貸出していたのがもどってきて、2つ並べて展示されていました。農民の姿が力強く描かれた本作は、発表当時は高く評価されましたが、一方で政治批判と捉えられ、議論を巻き起こしたそうです。

コレクションの中では、山梨出身の画家 佐藤正明さんの「ニューススタンド」シリーズに圧倒されました。多民族・多文化都市であるニューヨークのエネルギーが、細密描写の作品からあふれ出すように伝わってきます。

特別展は「栗田宏一・須田悦弘展 -Contentment in the details-」が開催中でした。お二人とも山梨県出身で、国際的に活躍している現代アーティストです。特別展は、撮影が可能でした。

須田悦弘さんは彫刻家です。木を繊細に彫り出して彩色した作品は、どれもリアリティたっぷり。このスルメイカ?も思わず手を伸ばして確かめたくなりました。

この他、朴の木を薄く薄く削り出して彩色したさまざまな花の彫刻を、それぞれのために特別に用意した空間とともに展示するインスタレーションが印象的でした。

写真はタイサンボク。アメリカではマグノリアとよばれる南部を象徴する花です。弧を描いた白く細長い空間の奥にひっそりと咲いていました。別の空間ではマグノリアの花びらが散り、芯だけが残っていました。

円い池を模したツルツルとした板の上に咲いていた水連。これも木を薄く削って作られています。この他、コンクリートの割れ目から顔をのぞかせる、ツユクサなどの雑草を削りだした彫刻作品も存在感がありました。

栗田宏一さんは土をテーマにしたインスタレーションで知られるアーティスト。日本中そして世界各地の土を採取し、それを乾燥させてふるいをかけることで、それぞれの土が持つ固有の表情を引き出します。

土は湿っている時は茶色ですが、乾かすと思いがけない色が現れるのだそうです。上の写真はどう見てもカレーのスパイスですが^^ これが全て土であることに驚かされます。

日本各地で採取した土のコレクション。四角い和紙の上に四角く均一に広げられていますが、これだけで気が遠くなるような作業です。この作業の過程も作品の一部です。

それにしてもピンクとか紫とか水色とか、ほんとうにこんな色の土があるの?というくらい、それぞれの土が持つ表情の豊かさに驚かされます。

こちらは日本中から集めた土がふるいにかけられ、微小な粒子がそれぞれ試験管のような共通の瓶に納められています。ずらりと並んでいると圧巻で、一見絵を描くパステルのようですが、それぞれにはラベルがつけられ、まるで実験試料のようです。

そういえば山梨県出身のノーベル生理学・医学賞受賞者 大村智博士は、やはり世界各地の土を採取して人体に有効な微生物を集めたことを、以前本を読んで知りましたが、偶然とはいえ栗田氏との不思議なつながりを覚えました。

会場では、栗田宏一さんと須田悦弘さんのインタビュー映像も上映されていましたが、お二人のお人柄も垣間見え、興味深いお話をうかがいました。

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ベゾアール(結石) シャルロット・デュマ展

2020年09月13日 | アート

POLAのギャラリーを訪れた後、銀座メゾンエルメス フォーラム で開催中の「ベゾアール(結石) シャルロット・デュマ展」(Bezoar by Charlotte Dumas) を見に行きました。

Yorishiro 依代 2020

シャルロット・デュマは、アムステルダムを拠点にするアーティスト。現代社会における動物と人の関係性をテーマにした写真や映像作品を、20年にわたって発表してきました。

2014年からは、北海道、長野、与那国島などを巡り、日本の在来馬の撮影を続けているそうです。本展では、デュマの3つの映像作品を中心に、馬に関連する史料や写真、オブジェなどが展示されていました。

パリの馬具工房からはじまったという、エルメスならではの企画展です。

エレベーターで8階ギャラリーに上ると、黄金の馬がお出迎え。デュマが、パリのエミール・エルメス・コレクションを初めて訪れた時、たちまち心奪われたオブジェだそうです。東洋の仏教寺院のために作られた?という馬は、ずんぐりとしていかにも働き者といった風情です。

壁伝いに、馬にまつわる写真や道具が展示されていました。

右は、かつて日本で馬に履かせていたという馬沓(うまぐつ)。今は蹄鉄に変わってしまいましたが、新潟県で作り方を知っているという職人さんが見つかったそうです。藁沓はすぐにダメになるので、旅の際には履き潰した沓の数で、およその道のりを知ることができたそうです。

左は、かつて使われていたという馬のお腹に巻く帯。保護と装飾を兼ねたものでしたが、現代では廃れてしまいました。デュマは、沖縄在住のテキスタイルデザイナー、キッタ・ユウコさんとともに現代的な帯を考案し、映像作品に登場させました。

映像は、デュマが与那国島で撮影した「潮」という作品。沖縄生まれの少女”ゆず”と、与那国島で生きる馬たちの物語です。セリフはほとんどありませんが、人間の原点の生活がここにある、という思いを抱きました。

上でたなびいているのは、前述のキッタ・ユウコさんが琉球藍で染めたという36枚のテキスタイルです。沖縄の青い海を思わせる琉球藍。室内のわずかな空気の流れに揺れ動き、寄せては返す波のようでした。

今回は、9階にも展示がありました。手前にあるのは馬の頭蓋骨。向こうに見えるのは、本展のタイトルにもなっている結石(ベゾアール)です。結石は動物の胃の中に形成される凝固物。草といっしょに飲み込まれた小石にカルシウムが付着してできるそうです。

特に水分が不足すると石は巨大化し、死に至ることもあるようです。馬の体内でこんなにすべすべで美しい丸い石ができるというのはなんとも神秘的ですが、かつて世界各地でお守りや雨乞いに使われたというのも納得です。

9階から見る8階の展示室。

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