気楽にいきましょう!

バイク好きオヤジのひとりごと

通院

2012年01月12日 | 日記
今日は午前中に病院に行って 診断書を持って会社に行きました。

診断書に、「復帰にあたり職務内容を変更することが望ましい」と
書いてもらえたので、元の職場に戻らなくても良いと思います。
あとは、総務と会社がどういういう風に受け入れ体制を整えてくれるか
ゆっくり待つことにします。

部署を新設して今までの仕事をやらせると言う事も無しになると思うので
最初の希望通りの部署に移れるかもしれません。

総務の人間は 正式に移動できるのは4月になってからなので
暗に 3月末までリハビリ期間にしたほうが都合が良いと
言っているみたいでした。
私としては それでも構わないんですけどね。

会社の組織上、私が所属する設計部門は事業所の管轄ではなくて
他の事業所にある本社直属の設計部の一部になっているため
人事に関しても 事業者ではなくて所属する設計部門の了解を得て
まずは所属を変更するところから始める必要があるそうです。

さらに、総合職という立場だから現場作業に就かせる事は出来ず
大きな会社は いろいろ難しいらしいです。


辞めさせてくれないのも こんな事で目立ったからなのかなぁ?
総務の人間が 改めて履歴書や経歴書見たって言っていたし・・・
中途入社の時の経歴書に今まで携わった仕事内容正直に書いたけど
今まで ほとんどが国の研究機関向けの機器の設計やってきたし
前の会社を辞める直前までやっていた仕事は
駒場にある東大の先端研の中の ある研究室の機器の設計と
自分で設計した機器のメンテだったからなぁ。

その研究室でやっていた内容が そのプロジェクトのHPで見れるけど
相変わらずトップページに私が作った機械が写っていました。
面倒な事になると困るので 今の会社の人間には教えていないけどね。

だって、今の生活を送るには 安いけど今頂いている給料で充分だし
仕事が増えて遊ぶ時間が無くなったら 生きている意味が無いでしょう。
そこそこに遊べて生活できれば 今はそれ以上望まないことにしています。


このブログ見ていると 結構好き勝手に生きているように見えるので
私の事を いい家のボンボンだと誤解している人も多いと思います。
実際はぜんぜん違います
私が生まれる3ヵ月前に父親が行方不明になった母子家庭で、
貧乏のどん底の生活を続けた挙句 その母も私が13歳の時病死しました。
それなりの教育を受けたかったけど
両親がいない状況では高校を出るのがやっとでした。
だから学歴は高卒のままです。

田舎を捨てて都会に出てきた時の持ち物は
着替えを入れた鞄と田舎で働いて貯めた3万円程の現金だけ。
自分で事業を始め がむしゃらに働いて今の生活があります。
離婚も経験したし、下手な脚本家が書くドラマより面白い人生でした。
だから、これからは普通で良いんです。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする