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SCUM’S BLOG
満たされている時は
満たされている事に気付かない
むしろ枯渇すら感じる
 



いやー、風邪ひきました。

会社の先輩の友達が会社に来る → 飲みに行く → もう一軒飲みに行く → はしゃぎすぎ → おじさんだから無理がたたる → ラーメン食べに行く → ラーメン屋についたころには寝てる → 起こされても起きない → 車の中に放置される → 明け方、寒くて目が覚めるけど、眠いので頑張って寝る → 目覚めて、ヤベー! → 現場を目指す途中、ようやく意識が繋がってきて、ん?俺、なんかおかしくねー? → っていうか、やばくねー?なんか → っていうか、風邪だろ、普通に、具合悪いよ~リンパ腫れてるよ~節々イタイよ~(T□T

…という、なんともわかりやすい、かつ、自爆的風邪のひきかたなので、文句も言えません。

風邪でガランガランの声になっても、普通に仕事はあり、こなさなくてはならず、会社を出たのは、ギリギリ日付変更するちょっと前。

んー、日曜は自分回復のために費やすようかなぁ…悲しい。


さて、風邪をひいた時、基本的に、私は熱を測らず、薬を飲みません。

熱は、測ったら、私自身が、私がこれぐらい具合が悪いのだと、数字でわかってしまうから。
わかったところで、休めないし。
何にも変わらないし。

薬は、風邪薬が、風邪を治す薬では無く、風邪の症状を抑える薬だと知った時から、飲まなくなりました。

だってさ、風邪の症状、たとえば発熱や、発汗や、咳、痰etcってのはさ、その症状を改善するために、自らの体がわざわざ出しているわけじゃない。
発熱する事で、ウィルスを殺そうとか、咳痰を利用して、体外に出そうとしたりしているわけじゃない。
なのに、その症状を抑えるってのは、矛盾してない?
体が過剰対応して、危機的状況にでもならない限り、普通の風邪の症状なんて、普通に出しておくのが、結果、早い回復に繋がるんじゃないの?とか勝手に思っているんだけれど。
違うのかな。

でも、仕事があるわけで、そんな事言って、薬も飲まずにボワーともしていられないので、今日の夜は、薬飲みました。

そしたら、もう、ちょっと風邪気味ぐらいまで、症状が軽減されちゃうんだもん。
症状はここまで軽減できるのに、治せないんだもんなぁ。
難しいものですね。


そんなカンジで、自分を曲げてまで、なんとか日曜まで乗り切るわけです。
たぶん。


今、風邪が流行っているそうなので、皆さんもお気をつけ下さい。


こうした時、必ず、ちょっとした風邪ぐらいで休んでた学生の頃は良かったなぁ...なんて思うのは、私はまだ子供で、私はだらしなくて自分に甘い子供だったのだなぁ...と思わされます。


以上、風邪は、自分から調子が悪いと訴えるのでは無く、まわりからストップがかかって、ようやく休んで良い病気だという教育を職場で受け続けてきたSCUMでした。

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SCUMです。
会社からです。
日付も変わったところで...


SCUM'S BLOG、一周年です。
いやー、こうした形式のものを、1年も続けられるとは思いませんでした。
くだらない記事ばかりですが、総記事数、244。
だいたい、一日半に1つは書いている計算になります。


振り返れば一年、色々あり、このブログを始めた頃と、だいぶ生活も変わりました。

直近の事も含め、色々ダメな事ばかりで、まだとても過去の記事を読み返す気になれないような状態ですが、次の一年後には、その一年分が楽しく見られるような記事ばかりになればいいものなのですが。
それは私が改善されないと、しかたないのですけれど。

一年後の反省は、失うばかりだったなぁでは無く、得るものが多かったなと思えるようになりたいものです。
せめて、大切なものを失うような事の無い自分でありたいです。

以上。

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五反田で仕事を終え、帰り道、コンビニに寄ろうとしたら、コンビニの前で、中学生ぐらいであろうか、女の子3人が、ジャレあっていた。
キャーキャー言う若い子達の空気は、ズタボロに汚れ疲れた私達なんかとは異な空気で、気圧されてしまい、その子達の1人が、羽織っていたカーデガンのようなものをはだけさせているのを見た先輩の、「おー脱いでるー!」という戯言にも、イマイチ乗り切れなかった。

元気だなぁと見て、ふと、何か変だなと気付く。

3人の女の子のうちの2人は、1人の女の子から逃げ、逃げられている女の子が、他の子を追っている。
一見なんでも無い光景なのだが、何か違和感を感じた。

言葉で表現しづらいのだが、逃げられている女の子の、カーデガンのはだけさせ方が、何か変だったのだ。

よくよく見れば、カーデガンの襟の辺りに、何か黒いものがくっついているではないか。

若干、イモムシとかだったらイヤだなぁ...という思いもあったものの、「取ってやる取ってやる」と言いながら、その子に近づき、虫を見る。
ちょっと大き目のアリだった。
アリを取ろうとした私の手が、仕事で汚れていたので、白っぽいカーデガンが汚れてはしまわないかと、少し心配したものの、その子は、私が取ったアリから、走って逃げ出したので、それは確認出来ず、私は「アリだぜ、ただの」と言いながら、アリを投げ捨てた。

それまでバランバランだった3人の女の子はみんな寄り添い、声を揃えて「ありがとうございましたー」。

「やーさしー!」と囃す先輩に笑ってしまったのと、ちょっと照れくさかったので、返事もせずにコンビニに入ってしまった。


まぁ、今に始まった話では無いが、メディア等が昨今の若者について色々言っていたりするが、見知らぬ人にもちゃんとこうして礼ぐらいは、虫を取ってもらった子以外までが言えるのだから、大したものだと思う。
こうした子もちゃんといるわけだし、実際は、こうした子の方が多いのだと思うし、悪ぶった子だって、我々が当時悪ぶってたのと、スタイルが変わっただけで、さして変わらないのだろうと思う。
私は、今の若い子に、別段怖さだとかを感じ無い。
目線やらの問題なのでは、と、思う。


しかし、アリぐらいで、皆が逃げ惑うのはどうだろう?
3人もいて、3人ともアリも触れないってのはどうなんだろう?
まぁ、仲良しの似たような者が集まっているのだろうから、そんなもんなのかな。
別に、アリぐらいは触れるべきだというわけでも無いしね。


会社の人と、一日一膳だなという話をした。
私はこの日、1つは良い事をしたぜと。

思えば、まるで自分の利にならない善行ってのは、案外しない物だよなぁと思った。

たとえば、誰かのために、何かしてあげる。
それは自分の利益にならないと言っても、その人に少しは良く思われるかも、だとか、そうしたわずかな欲目があったりしたりするわけで、それって、善行なのだろうかと思うと、疑問だ。

私は、募金だとかをしない。
そもそも信用出来ないし、知らない人を助けるいわれも無いと思うからだ。

しかし、たまたま、そんな気分だったからか、今回こうして、女の子を助けてあげた。
これには私にとって、まったく利が無いのだから、募金だとかもそういう事なのかなぁ...と思ったのだが、しかし、たとえば募金をした自分は、人助けをしたのだという満足感を得て、それが利になるとしたら、やはりこうした私の行為も、ありがとうございましたと言われ、気分が良くなるためにした、自分にとって利になる行為なのだろうか。

どうでもいいか。


悪い事をしたわけでは無いのだから、それで良いと言う事にしようと思った。

そして思ったのが、彼女らは、「ドカタのおじさんに、虫を取ってもらった」と、誰かに語るときには言うのだろうなぁと、先輩と笑った。

私は土方では無く、電話屋だけれど、そんな事は知った事では無いだろうし、考えてみれば、私は彼女達の、倍以上生きているのだもの。
そりゃ、おじさんだ。
間違えない。

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先週は、なんだか仕事が忙しかった。
忙しいというか、時間が足りないってカンジだった。
週末ぐらいは、かなりグロッキーだったのだけれど、なんとか乗り切って、今日は本当に寝て曜日。

時間が足りないと、どうしても事務処理的な仕事が後回しになってしまい、結局、お持ち帰りして、家でやるって形になってしまう。
私は職人仕事なので、デスクワークに追われるというのも不思議に思われる方もおられるとも思うけれど、実際、職人でも、今時PCぐらい触れるようでないと、仕事にならないってのは、現実なのだと思う。
こんな時代が来るとはなぁ...と、しみじみ思う。


さて、仕事を持って帰るのは良いのだけれど、持って帰り方が、問題。
前回はCD-Rに焼いて持って帰ったのだが、安いものだとはいえ、たいしたデータ量を持って帰るわけでは無いので、CD-Rを使い捨てるのはもったいない。

かといって、いざ今回私が持ち帰ろうとしたデータサイズは51.6MB。
メールで送るサイズでも無い。

携帯電話に入れている、Mini-SDに入れて帰ろうかなと思った時、上司が、それならこれをあげるよと、BUFFALOのUSBメモリを下さった。

USBメモリは便利だと、最近あちこちから聞く事が多かったり、salsaさんのところで見かけたりしていたけれど、私はヘビーユーザーでも無いし、必要無いと思っていたのが、正直なところ。


んで、いただいたUSBメモリ。



すごく小さい。
こんなもんで256MBも入るってんだからすごいなと、単純に思った。




300万画素の写真を60枚、170万画素の写真を40枚、それにエクセルファイルを4個と、簡易画像圧縮ソフトを入れても、こんなにスカスカ。


実際、USBメモリを手にするまでは、他のメモリーカードとか使えば良いんじゃないの?とか思っていたのだけれど、それだとカードリーダーなりも必要なわけで、この手軽さはすごいなと思いました。
そりゃ、重宝されるよね。


いやー、便利便利。

便利...だけど、せっかくの日曜に仕事なんてしたくねーなぁ(^^;
トホホ。

んでは、遊んでないで、いいかげん仕事を始めまする。

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市川辺りで通り過ぎた小さな山。
丘って言うべきなのかな。



これ、何気に産廃物の山なのだそうだ。
いつのまにか、草やら木やらで覆いつくされてしまったのだそうな。



木まで生えてるの。

人為的で無くても、こうしていつか、草木に覆われ、見えなくなってしまう。

現在人間の手で使われているものでも、柵だとか、電柱だとか、草木でほとんど見えなくなってしまっている物も、そうして見てみると結構あるものだ。

自然にとって良いとか、地球環境にとってどうかなんて、所詮人間の目線での話で、そんな事関係無く人間さえ居なくなれば、普通に人間のいた痕跡なんて、すぐに埋め尽くされて、わからなくなってしまうのかなぁ...なんてのも、人間勝手な話なのでしょかね。

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川口市で、こんなのを発見した。





大量の二宮金次郎が、道に並んでいる。




梱包されている(たぶん)二宮金次郎もいるし。

おそらく、二宮金次郎屋さんなのだろう。

加工工場といった雰囲気無かったので、作っているところは別なのか、よその業者か、それとも海外とか??


とにもかくにも、珍しい光景を眺めていて、ふと、「そういえば、二宮金次郎って、何者?」というところに行き着いた。


名前は超有名だけれど、学校で立ってる人、ぐらいしかわからない。

と、いうわけで調べてみた。


二宮金次郎(1787-1856)

小田原生まれ。
裕福な農家に生まれたものの、度重なる川の氾濫に苦しめられ、家は衰退し、そして早くに両親を失い、叔父に引き取られる。
勉学を好んだ金次郎だったが、引き取ってもらった身が上に、明かりを灯しても勉学がままならず、しかし、薪を運ぶ時などの時間を利用してまで勉学に勤しんだ。

それが、あの有名な像の姿なのだそうな。

叔父から独立した金次郎は、24歳にして一家を再興。
それを見込まれ、小田原藩士服部家の財政の建て直しを依頼され、これにも成功。
その高い才能を藩主・大久保忠真に認められ、苦労の末、生涯に615もの村々を建て直したと言われる。

小田原藩の分家、野州桜町領の復興を成し遂げた際、武士の位を与えられ、二宮尊徳と名乗るようになる。

「至誠」「勤労」「分度」「推譲」の4つの教えを説き、それは天保の大飢饉でも生かされ、多くの人々を救う事になった。
その後、「積小為大」「五常講」も説いていた、との事。

…だ、そうな。

ふーん。
なんか、すげー立派な人だったのねぇ。
人間なんざ、喉元すぎればなんとやら。
自分が苦労しても、それを乗り越えちまえば、他の苦労してる人なんてどうでもいい、ってのが、実際は一般的だと思うけれど、そうでは無い人だったのね。
なんだろう、私のような凡人には、いまいちピンと来ないけれど、単純に立派だな、とは思う。


「至誠」 きわめて誠実なこと。また、その心。まごころ。
「勤労」 心身を労して仕事にはげむこと。
「分度」 経済面での自分の実力を知り、それに応じて生活の限度を定めること
「推譲」 人を推薦して地位・名誉などを譲ること。人を推薦し、自らは退くこと。
「積小為大」 小をつんで大と為すということ
「五常講」 お金の貸し借りの旋回の過程で、「仁」のこころをもってそれぞれの分度を守り、多少余裕のある人から困っている人にお金を推譲し借りた方は、「義」の心をもって正しく返済し、[礼」の心を持って恩に報いるために冥加金を差し出すなど心を配って人に接し、「智」の心をもって借りた金を運転し、「信」の心を持って約束を守る、すなわち「仁義礼智信」の「人倫五常の道」を守ろうというのである。


だそうな。
ほぉぉ。

誠実ってなんだ?
なんとなくのイメージしかわからないや。

「誠実」 私利私欲をまじえず、真心をもって人や物事に対すること。また、そのさま。


はぁぁ...
よく、誠実だなんて言葉を聞くけれど、かなり難しいね、誠実でいるってーのは。
っていうか、普通の人には無理じゃねーかな、普通に。


勤労はね、単純に私もしていると思うのよ。
今現在。


分度、これ大事だね。
私はお金の使い方、ほんとヘタだからなぁ..


推譲も難しいね。
ケースバイケースで、一切していないかといえば、そんな事は無いけれど、でも、やっぱり大体、自分を推しているのだと思うわけだわ。


積小為大はね、まぁ、普通だと思う。
いきなりでかくはなれないもんね、なんだかんだ言っても。


五常講はまぁ、いいや。


しかし、これが全て当てはまるといえば、聖人だよね。
うん。
これ、全部私に当てはまるよ!なんて平気で言えるやつは、どっちかと言うと、私は信用できないかもしれないと思う。
そして、どうしてそれで、現在生きていけているのかを、ちょっと聞いてみたい気がする。


しかし、二宮金次郎、さすがに615もの村々を救っただけあって、いろんなところで祀られている。

パワー全開の英雄ではないけれど、すごい人だったんだろうね。
私は会った事が無いから、わからないけれど。

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今日の私は、仕事で10時に市川へ行かなくてはならなかった。
時間厳守。
目が覚めたら6時だったので、もうちょっと寝ようかと迷ったが、早く現場へ行き、寝て待った方が安心だと、準備をして、家を出た。

市川の現場に着いたのが8時15分。
一時間ぐらいは寝られるな、シメシメと思ったのも束の間、合同調査の方が、すぐにいらして、時間前だけれど始めましょうと、仕事が始まってしまった。
計算ミス。
断然睡眠不足だ。

市川の仕事が終わったのが、10時半頃であったろうか。
次の現場である鎌ヶ谷へと向かい、到着したのが、11時半にならないぐらいだったと思う。

この現場は、その日動いている我が社の職人全員が集まらないと始められない仕事であった。

全員が集まるのは、1時近いであろう。
だいぶ時間がある。

私は明日、初めてする作業の現場に行かなくてはならないので、その資料を読んでいた。
振動する車の中、小さな字を追っていたので、軽い車酔いのような状態になってしまった。

これはまずい、そうでなくても睡眠不足なのに。
時間を見たら12時頃だったので、皆が集まるまで、車内で横になる事にした。

そうして、いつしか私は眠りに落ちていった。


…猛烈な揺れを感じて、目が覚めた。
何事かと、寝起きの感覚を必死に通常時に戻そうとする。
先輩が私を起こそうと、車を揺すっているのか?と思ったが、そんな影は見えず、ミシミシと地面の方から音がする。
辺りを窺おうとした私の目に、最初に飛び込んできたのが、これだ。





ナマズを見た瞬間、私は「地震だ!」と確信した。
咄嗟に、車から出て平気か、躊躇をした。
何か降ってきたら、などという心配をしたのだ。
外の様子を見て、相変わらず揺れてはいるが、車外に出ても平気であろうと、出たら、嬉しそうな顔の先輩が車の後ろから顔を出した。

そう、なんの事は無い、先輩が車の後ろ側から、車を揺すっていたのだ。
一度疑っておきながら、冷静な判断の出来ない状態であった私は、つまらない看板のナマズの絵から、地震を連想し、地震であると信じきってしまったというわけだ。




車から出て、落下物に当たったらという危惧も、こんなところに車を停めておいて、何が降ってくるというのだろうか。


…いやぁ、寝ぼけるってコワイですねぇ(^^;


バカか、私。

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手術中の患者「痛い」→医師「黙れ」と殴りけが負わす(Yahoo!ニュース)


全治5日なんて怪我とは言えないようなものだろうから、大した事無いって事はわかるとはいえ、本末転倒過ぎ(^^;
こんな状況で、この医者に「無礼者!」と抵抗できるのなんて、切腹した後、臓腑を天守閣から千切っては投げした柴田勝家ぐらいのものではないだろうか。

こうしたニュースって本当に増えているけれど、これって、世の中がおかしいって事でくくるのもどうかとも思うけどね。
単純に、情報が流れやすくなったってだけで、今までなかったか?と言われると、普通にある気がする。

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再開  


知らぬ間に、左側に表示される「カテゴリー」のところに、数字が表示されるようになっていた。
この記事を抜いた総投稿数が226。
一番多いのが「色々」なのは仕方無いとして、次に多いのが「バイク」だったのは意外だった(笑
そう、当ブログは私、SCUMがお送りする、「バイク」がメインのブログですんで。
そこんとこ、よろしく。



金曜の夜、仕事で池袋にいたら、ばったりと、もう辞めて6年以上経つ会社の先輩に会った。
さして仲が良かった人ではなかったのだけれど、バンド時代の私の姿しかしらない彼が、私を発見出来たというのは、なんとなく不思議な気がした。
とりとめもない、どうでもいい話をし、話の中で、仲の良かったAの話が出たので、Aの連絡先を教えてもらった。

仕事が終わった後、Aに電話してみたが、留守番電話になってしまったので、私だとわかるようなメッセージを入れてみた。

土日を挟み、連絡が無かったので、仕事やらの辞め方のよろしくなかった私の事だから、向こうでどういう話になっているかも知れないから、仕方が無いかなと、当時の自分を恥じ、諦めようと思った。

しかし、今日の夜、電話をくれた。
男の事、ちょっと照れくさそうだけれど、以前の調子で、話をしてくれた。

当時20歳かそこらの坊主といったイメージの彼だったのだけれど、今は5歳の子供がいて、茨城にマンションを買い、職人見習いとして頑張っているのだそうだ。

嬉しさ、切なさ、恥ずかしさ、照れ臭さ等、様々な感情が入り乱れ、なんとも言えない気分で電話を終え、帰路についた。

会って話せば、当時とはまた違った、楽しい話も出来るだろうとも思うが、彼に会うに恥じない自分であろうかという不安もある。

そんな肩肘張る必要も無いのだろうけれど...

近々会いに行きたいと思う。
会って、そうすれば私を縛り付けている過去やら何やらも、動き変わっているのだと実感出来るのでは無いだろうか。
そうすれば、私も少し変われるのではないだろうか、などというのは、甘えであろうかしら。

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私は仕事柄、地図関連のサイトを開くことが多い。
だいたい、面倒なのでyahoo!MAPSを使ってしまう事が多いのだが、先日人に教えてもらった、Googleマップが面白かったのでご紹介。



スタート画面はこんなカンジ。
この地図の優れているところは、だいたいのサイトの地図は、ポイントをクリックすると、そこを中心とした画像が新たに表示されるのだけれど、これはドラッグできるので、非常にスムーズ。
拡大、縮小も比較的スムーズで、ストレスが少ない。

しかし、なにより楽しいのは、サテライト機能。

私の勤め先の最寄り駅を検索すると、こんなカンジで表示されるのだが、



地図上にある「サテライト」というのをクリックすると、



こんな風に表示されるのだ。
航空写真や衛星写真を利用しているのだ。
これが楽しい。
知ってるところを見るのが、すごく楽しい。
思わず、自分の地元や田舎を探してしまって、こんなんだよ!って騒いでしまう。
これだけで、だいぶ遊べる。
ナスカの地上絵が表示されるか?って探したりしたって話を聞いたのだが、すごくわかる。

ただ、残念なのは、首都圏や都市部以外だと、案外拡大出来ない事。
しかたないのはわかるのだけれど、ちょっと残念。
この辺りは、今後改善される事を期待。

全然ネットをまわったり出来ていないのですが、色々面白いものがあったりするのでしょうねぇ...
忙しさに負けて、取り残されている感を感じたSCUMでした~

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