いつも利用している図書館の新着本リストで目に付いた本です。
ご存じのとおり姜尚中さんは政治学者ですが、エッセイの達人でもあります。
本書はコロナ禍が収まりきらない今日、心の安寧に誘うエッセイを採録したものです。姜さんの穏やかな言葉の中から私の心に響いたくだりを覚えとしてひとつ書き留めておきます。
姜さんと中村哲さんとの関わりに触れた小文「『川上』に向かう生き方」より、新型コロナ感染症への対応の構えについて。
当初医療活動で赴いたアフガンの地で、中村さんが井戸掘りや灌漑用水路の開削に邁進された理由を、姜さんはこう捉えました。
(p34より引用) やがて中村さんは悟った。自分のやっていることは「川下」で対症療法的に格闘しているだけではないかと。もっと、「川上」に目を向けなければならない。そうすれば、問題はもっとシンプルなはずだ。水があり、そこから穀物が実り、それがパンとなる。自分たちの力で耕し、育て、育てたものを食する。この最もシンプルな生きることの基本を蔑ろにしては、アフガンの再生はない。
そして、このコロナ禍に対峙したとき、姜さんはこう思ったのです。
(p35より引用) 中村さんが生きていれば、物事の本質はシンプルであり、「川下」で迷っているから複雑に考えすぎてしまうのであって、「川上」に向かえば、病に対しても何が最も大切なことなのかがわかる、と諭すように話してくださるのではないか。
中村哲医師。返す返すも、なんと素晴らしい方を失ってしまったのかとその理不尽さに感じ入りますね。残念の極みです。
さて、私より10歳ほど年上の姜さんですが、本書に採録されているエッセイの中には、少し先を行く先輩として今の私にも響く心情を語ったくだりもありました。
(p125より引用) 私も古希を過ぎ、最近では身体の芯の部分に「復元力」のようなものを感じることがある。それは、私にもう少し生きなさいという目に見えない力の「恵み」のように思えてならない。コロナ禍はいつ収束するのか、その目処も立ちがたく、そしてウクライナの地での惨劇に世界が震撼させられている。そんな疾風怒濤の時代がめぐってくるとは夢にも思わなかったが、心身ともにそれに耐えられる条件が今の自分にある だけでも、感謝したい。
翻って、私はといえば、通勤・外出の機会がめっきり減ったここ数年、体力の衰えは隠しようもなく、かといって面倒くさがりの私は取り立てて運動もしていません。こうまで熱波が続くと近所を散歩することすら無理ですね・・・。
情けない限りですが、退職の時期も間近に迫りつつある今日、なんとかネジを巻き直さなくては。“レジリエンス(resilience)” という言葉もよく目にするようになりました。
思うだけではなく、ともかく「行動」なのは分かっているつもりなのですが・・・。
いつも使っている図書館のサービスの中に「電子図書館」があります。試しに使ってみようと登録して、借りられる本の中で最初に目についたのがこの本です。
和田秀樹さんの著作は、10年以上前に「テレビの大罪」「大人のためのスキマ時間勉強法」を読んだことがありますが、最近は手に取っていません。このところの和田さんは「高齢者向け」の本を立て続けに出していますね。
本書もタイトルに「65歳」という年齢が含まれていますが、ちなみに私も65歳が間近になってきたので、さてどんな “勧め” が書かれているか楽しみに手に取ってみました。
もちろん、極々ありきたりのものもありますが、なるほどと改めて気づかされるようなアドバイスもありました。
まずは、和田さんも、同様の啓発本と同じく、退職後は現役時代とは「時間の使い方の自由度」が格段に変わることを指摘しています。そして、よくある啓発書ではその「新たな余裕時間」を「趣味」「社会活動」「新たな仕事」等に活用することを説いているものがほとんどといっていいでしょう。
本書にもそういった類の言及はありますが、それに加え、和田さんは、
(本文より引用(注:電子書籍なので引用ページは不定))定年後の何よりの特権は、「予定に縛られない」ということ
だと語り、この自由度を最大限活かす具体的Tipsとして「手帳」の活用を勧めています。
簡単な日記の記入や予定管理が目的です。「管理」といっても“覚え”程度で現役時代のように“予定に縛られる” といったニュアンスではありません。「やりたいこと」「楽しみなこと」をまず記入し、その実現に向け時間(優先順位)をコントロールするというのが主旨です。
ともかく「やりたいことは “今” やる」「今を幸せに」。これが本書で訴える和田さんのメッセージです。
ただ、(蛇足ですが)ところどころに「???」なアドバイスもありました。
たとえば、定年後の「スモールビジネス」の勧めの具体例ですが、「自宅の軒先で週1日だけオープンするラーメン屋やカレー屋」とか「昔ながらの下宿屋」とか・・・、住居環境や家族の生活を考えたとき、どれだけの方が「そうだね」と思うでしょうか? 率直な印象ですが、ちょっと “普通の人たるセンス” を疑ってしまいますね。
このところ気分転換に読んでいるミステリー小説は、読破にチャレンジしている内田康夫さんの “浅見光彦シリーズ” に偏っているので、ちょっと息抜きとして、今まであまり読んだことのない作家の方々の作品にトライしてみようと思っています。
手始めに、これまた今まで意識的に避けていた「有名な文学賞」を受賞した作品からあたろうと考えて本作品を選んでみました。
第142回直木賞受賞作、表題作も含め6つの短編で構成されている著作です。6編はそれぞれが独立した作品ですが、一連のものとしての流れも意識されているようです。
さて、ミステリー小説なのでネタバレになるとまずいので内容には触れませんが、読み終わった印象は “nagative” でした。すべての作品が揃って極くあっさりとラストを迎え、しかも動機や犯行の謎解きも中途半端。もちろん作者としてはそういった作りも意図的なのだと思いますが、正直なところ私には6編ともに物足りなさのみが残る作品でした。
PTSDで休職中の刑事という設定にはオリジナリティを感じますし、全編、私の好きな “北海道” が舞台というのはプラスの要素ですが、それでもトータルではかなり残念な出来でしたね。
ちなみに本書は、いつも利用している図書館の「電子図書館サービス」で見つけたものです。私自身、あまり電子書籍という形では読まないのですが、こういったサクサク読める軽めの内容ものはいいかもしれません。
SNSで紹介されていたので読んでみました。
いつもの図書館にも収蔵されていましたが、予約は40人を超える待ち行列でびっくりしました。かなり話題になっているようですね。
私も「地政学」にはちょっと興味があるので、こういった入門的な本はとても助かります。
まったくの初学者なのでどの項目も勉強になったのですが、特に私の関心を惹いたところをひとつ書き留めておきます。
「絶対に豊かにならない国々」との章。
アフリカ諸国の社会構造や労働環境に言及しつつ、“安くて良いものの危うさ” をカイゾクさんはこう説きました。
(p168より引用) 「買う側からしたらそうだろう。だが異常に安くて良い物は、なんらかの人々の犠牲がともなっている物だと考えてみてもいいだろう」
これは “フェアトレード” への関心を惹起させるコメントですが、本書では、“国の地理的条件をもとにその国々の政治・経済・社会を分析/考察する” 中で、同時に「格差」や「差別」といった「平等」や「人権」に関わる知見も伝えています。
そして、別のところでは、こんなカイゾクさんの言もありました。
(p145より引用) 「ああ、自分の民族が一番で、ほかの民族よりも優れているという話は、人の耳に心地よく響く。様々な違いがある人々や国が、ともに協力しようと探っていくのは、けんかして分裂するよりもはるかに難しい。感情に流されず、みんなにとって本当にプラスなことは何なのか考えることができる人が増えれば、世界はより平和になるだろう」
13歳ぐらいの年齢で、こういった大切なメッセージをシンプルに受け取る機会はあるのでしょうか?
もちろん本来的には「学校」がその第一候補なのですが、「地理」「歴史」「政治・経済」といった従前からの “授業科目” をイメージすると漏れ落ちてしまいそうです。
(少なくとも、私は「学校」で学んだ記憶はありません・・・)
いつも聴いている大竹まことさんのpodcastの番組に著者の山崎ナオコーラさんがゲスト出演していて、本書についてお話ししていました。
山崎さんは大学時代の卒論で「『源氏物語』浮舟論」をテーマにしたとのこと。それから20年以上を経て、今度は「源氏物語」を材料に、そこに描かれた登場人物たちの言葉や思考を現代の社会規範からの視点(問題意識)で感じるところを記していきます。
数々の興味深い指摘がありましたが、まずは、山崎さんが語る「源氏物語」の形式的な特徴です。
(p178より引用) 『源氏物語』の登場人物は、読者によって付けられたあだ名で現在の多くの人に認識されていますが、作中には名前がほとんど出てきません。
そうなのですね、本文中に名前がなくても、文脈と敬語の使い方で特定できたということのようですし、今に伝わる登場人物の「名前」は後の読者や研究者たちによって言い固められていったというのです。面白いですね。
もう一点、こちらは「物語の展開方法」についてです。
(p179より引用) 桐壺更衣本人がどう思ってどう行動するか、ということより、桐壺更衣が周りからどう思われてどう扱われていくか、ということが物語を進めます。
主人公をはじめとして “登場人物の主体性ある行動や言葉” で作り上げていくのが、普通目にしている小説だと思っていたのですが、この点、山崎さんの理解はこうでした。
(p179より引用) 誰だって人間は、主体性を持って考え、能動的に自分の人生を進めたいものです。・・・
でも、実際の人生ではそうはいかない場合がほとんどです。人間は、自分が思っている通りには、自分の形を作れないのです。なぜなら、社会的動物だからです。
“周りの目” を基点にした描き方の方が、むしろ実生活を捉えた描き方になるということですか・・・、なるほど・・・。
さて、こういった解説もはさみながら、山崎さんは、源氏物語のさまざまなシーンを取り上げては、現代の社会規範や倫理観についての自身の捉え方や主張を顕かにしていきます。
その方法はとてもユニークで印象に残るものでしたが、思うに、そもそも“源氏物語”自体、当時の社会規範をベースに描きながらも、現代の倫理観にも通じる普遍性を内包しているのでしょうね。本書を読んでそんな感じを抱きました。