話題になっている本ですね。タイトルからして耳慣れないもので、興味をそそられます。
本書において、著者が昨今のわが国の閉塞感に満ちた社会状況を俯瞰する中で、その元凶として最も懐疑的なテーゼとして捉えているのが「マネー資本主義」です。
(p280より引用) 瞬間的な利益を確保するためだけの刹那的な行動に走ってしまって重要な問題は先送りにしてしまうという、マネー資本主義に染まった人間共通の病理がある。目先の「景気回復」という旗印の下で、いずれ誰か払わねばならない国債の残高を延々積み上げてしまうというような、極めて短期的な利害だけで条件反射のように動く社会を、マネー資本主義は作ってしまった。
この近年来先進諸国を中心とした世界の経済政策をリードしその破綻により大きな経済危機を招いた「マネー資本主義」のアンチテーゼとして提起された考え方が、本書のテーマである「里山資本主義」です。
「金(かね)」に頼らない経済、その具体例として、最初に紹介されているのは、岡山県真庭市で製材業を営んでいる銘建工業中島浩一郎社長の取り組みです。
1997年、中島社長は自社の製材所内に“ある発電施設”を建設していました。製材所の木くずを利用した「木質バイオマス発電」です。その発電施設の成果には非常に大きなものがありました。製材所の電力を100%賄ったに止まらず、さらに余った電力を売電したうえ木くずの廃棄費用もなくなり年間4億円の利益増を実現、傾きかけていた銘建工業の経営再建を見事に果たしたのです。
(p32より引用) 農林水産業の再生策を語ると、決まって「売れる商品作りをしろ」と言われる。付加価値の高い野菜を作って、高く売ることを求められる。もしくは大規模化をして、より効率よく、大量に生産することを求められる。
そこから発想を転換すべきなのだ。これまで捨てられていたものを利用する。不必要な経費、つまりマイナスをプラスに変えることによる再建策もある。それが中島さん流の、経営立て直し術だったのだ。
もうひとつ、「金(かね)」の介在を極小化させた「牛乳生産」に取り組んでいる州濱正明さん。
州濱さんは島根県の山間の耕作放棄地で酪農を営んでいます。耕作放棄地の利用ですから、土地代はほとんどかかりません。また、飼料も飼料会社から購入したものではなく、あるがままのものです。州濱さんの乳牛は自然に生える多種多様な草を食べて育ちます。それ故、洲濱さんが生産する牛乳は日によって味が異なります。「品質を一定に保つことが市場競争力の源泉」と考えられている「工業製品的発想の酪農品」とは全く異質の考え方です。
(p191より引用) そうなのだ、私たちは「均質なものをたくさん」以外の価値観も持ち合わせている。ワインなどの世界では、他にない特徴を持つものが少量あることに価値を置く。・・・晴れた日、草原を突っ切り、森に入ってクマザサをおなかいっぱい食べる牛の乳。草はらにハーブがはえる季節、ほのかにいい香りのする牛乳。
確かに、その方が自然放牧ならではの「ストーリー」を語ることができる。聞いているだけで、わくわくしてくる。
従来は、こういった「個性」が、競争力の源泉として唱えられていた「差別化」そのものであったはずです。こういった洲濱さんの取り組みは、決して「常識破り」などではなく、むしろ「マーケティングの王道」への回帰なのだと思います。
こういった実例が示す「里山資本主義」という考え方(=生き方)は、今の社会構造の全否定ではありません。誰でもが取り掛かることができる“現実的”な提案です。
(p121より引用) 「里山資本主義」とは、お金の循環がすべてを決するという前提で構築された「マネー資本主義」の経済システムの横に、こっそりと、お金に依存しないサブシステムを再構築しておこうという考え方だ。
今の社会を構築している基本的な経済システムの“セーフティネット”として位置づけているのです。
著者は、これら日本の中国地方の実例、欧州のオーストリアの取り組みから、こう語っています。
(p121より引用) 庄原の和田さんも言っている。「お金で買えるものは買えばいい、だがお金で買えんものも大事だ」と。・・・オーストリアの例のように、森や人間関係といったお金で買えない資産に、最新のテクノロジーを加えて活用することで、マネーだけが頼りの暮らしよりも、はるかに安心で安全で底堅い未来が出現するのだ。
自らの考え方や行動をちょっと転換するだけで、今の生活で感じている「不安」「不満」「不信」と訣別した生き方ができるんだと、多くの胎動の実例を挙げて訴えているのです。
里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く (角川oneテーマ21) | |
藻谷 浩介,NHK広島取材班 | |
角川書店 |
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