『宇宙生物』までをひとかたまりで捉えると、「宇宙生命体」や「宇宙人」とかを扱う学問のようにも思えますが、そうではありません。宇宙生物学とは、宇宙的視野で生命の成り立ちや起源を解明する学問で、アストロバイオロジーとも呼ばれているのだそうです。
本書は、この宇宙生物学の観点からいくつかの主要元素を取り上げ、それらの役割から生命の本質について解説した興味深い内容の著作です。
たとえば、第1章「人間は月とナトリウムの奇跡で誕生した」で語られる「海が海水である」理由。
ナトリウムイオンは、人体の神経細胞・筋肉細胞の制御に重要な役割を果たしています。原始の海で生命が生れたのは、海にナトリウムなどのミネラルが豊富だったという幸運によるものでした。つまり、地球の海が「塩水」であることが重要だったのです。
(p19より引用) そもそも地球に誕生した海が比較的早期にナトリウムを含む塩水になったのは、意外にも地球の周りに月が回っていたためであることが明らかになってきたのです。
食塩は塩化ナトリウム。構成要素の塩化物イオンについては、火山ガスが供給源でしたが、ナトリウムイオンは地殻の岩石に含まれていたと考えられています。この岩石中のナトリウムを海に溶かし出すのに、月が大きな役割を果たしたというのです。
(p28より引用) 45億年前、できたばかりの月は、地球からみて現在の12分の1くらいの距離を回っていました。・・・当初の潮の満ち引きは壮絶なものでした。・・・こうして地殻は潮の流れで削られ、また大陸にまで海水が押し寄せた結果、ナトリウムが一気に海に溶け出すこととなったと考えられるのです。
空には大きな月が浮かび、海は激しい渦潮で荒れ狂う。当時の風景を想像するとゾクゾクしますね。
もうひとつ、第4章「地球外生命がいるかどうかは、リン次第」の解説から。
ここでとりわけ面白いと思ったのは、「地球上の生命体は、たった1種類?」というテーマについて論じているくだりでした。
(p101より引用) 一見、地球上の生命は、じつにバラエティ豊かに感じます。生物学では、生命は大きく次の5つのグループに分類されます。バクテリア(細菌)、アメーバや藻類などの原生生物、キノコやカビなどの菌類、それに植物と動物の5種類です。
この5種類を並べてみると、大きさも見た目もバラバラです。
(p102より引用) にもかかわらず、細胞が生きる基本的な仕組みについては、5種類ともすべて、驚くほど共通しているのです。
地球上のすべての生命体は、例外なくセントラルドグマ(中心原理)という仕組みで成り立っています。・・・これによれば、生命の本質は本を正せばすべてDNAにあるといえるので、中心であるDNAが生命の大本だという意味で、セントラルドグマ(中心原理)と呼ばれるようになりました。・・・
もちろん、人間と植物とバクテリアでは、DNAによって伝えられる情報の中身はまったく違います。しかし、情報を伝えるセントラルドグマという仕組み自体は、ほとんど同じなのです。
このリン酸・糖・塩基からなるヌクレオチドの連鎖体であるDNAと全く別の仕掛けで生命構造が伝達されていく、そういった「もの」が発見されれば、それは、地球外からやって来た生物である可能性が高いというのです。
一見別物のように見える事象を取り上げ、その中から根本的な意味での共通点を見出して概念整理していくという思考ステップはとても勉強になります。
本書では、これら以外にも、「第5章 毒ガス「酸素」なしには生きられない 生物のジレンマ」 「第6章 癌細胞 vs.正常細胞 「酸素」をめぐる攻防」 「第7章 鉄をめぐる人体と病原菌との壮絶な闘い」と、章のタイトルを並べただけでも、どんなことが書かれているんだろうと興味深々、気になるテーマが次から次に掲げられていきます。
中学・高校で学ぶ程度の化学・生物の基礎的知識でも、それなりに理解できるのがありがたいですね。久しぶりに、新鮮な刺激を受け取った著作でした。
宇宙生物学で読み解く「人体」の不思議 (講談社現代新書) 価格:¥ 777(税込) 発売日:2013-09-18 |