Learning Tomato (旧「eラーニングかもしれないBlog」)

大学教育を中心に不定期に書いています。

vol.321:教育システム情報学会全国大会参加記 その2

2009年09月20日 | セミナー学会研究会見聞録
日時:2009年8月19日~21日
場所:名古屋大学
主催:教育システム情報学会(JSiSE)

教育システム情報学会全国大会参加記その2ということで、今回は筆者も非常勤講師として関わっている熊本大学大学院教授システム学専攻の学生さん、教員の皆さんの発表を中止にお伝えします。

旅館で2時まで・・・・
実は今回、熊本大学大学院の御一行が宿泊している旅館に一緒に宿泊させていただきました。宿では夕食後に学生さんの発表予行練習が行われます。初日の夜は21時頃から開始し、終わったのが深夜2時でした。この練習の場に居合わせることができた事が筆者には大変勉強になりました。鈴木先生をはじめとした指導教官の皆さんがどのように発表指導をしているのかを見ることができ、また筆者自身も、どうすれば発表者の発表意図を引き出す質問やコメントができるかを試行錯誤することができたからです。しかし連日の睡眠不足はかなり堪えました。ハイ。

では早速本番の発表について、いくつかご紹介していきます。

インストラクショナルデザインの美学・芸術的検討
鈴木克明(熊本大学大学院)

【概要】
まずは、会場が満員となった専攻長の鈴木先生の発表について紹介します。鈴木先生はParrish(2005)の「Embracing Aesthetic Concerns of Instructional design」という論文を中心に、「美学的視座」という今までIDの中であまり語られてこなかった視点について発表されていました。

従来、教材で見た目のインパクトを追求することは学習者に本質を見えなくさせるのでよくないとか、芸術家の感性の領域をIDerに期待されても困るといった理由から、IDで美学的な見地に注意を払うことが避けられてきたそうです。

しかしそれらは誤解であり、IDに美学的な視座を加えることでより魅力的な教材が開発可能となるのです。Parrishは誤解を払拭し、ID研究に美学的検討を加える視座として、以下の5つの第一原理を提唱しているそうです。

1.学習経験には、はじめ・中ごろ・おわり(すなわち筋書き)がある
2.学習者は、自分の学習経験の主人公である
3.教科ではなく学習活動がテーマを設定する
4.文脈が教育場面への没入感に貢献する
5.インストラクタと教育設計者は、作者であり助演者であり主人公のモデルである

【感想】
教育工学というカチッとした学問分野において、「美学」というフニャっとした価値観を取り込むことはとても重要だと筆者は考えます。筆者の経験としては、教材開発プロセスの中では「美学」とか「センス」(あるいはユーモアとか遊びとか)を追求してきたつもりです、しかしそららは従来のIDプロセスの中では明示的に語られることの少ない要素であることも確かですし、ある時は開発者の属人的な「センス」として片付けられてしまう類のものでした。だからこそ「美的」なものにもっとスポットライトを当て、センスのいい開発者だけでなく皆がある程度「美的」な教材が作れるように、今回提示された原理やガイドラインが整備されてくればいいなあと思った次第です。

ストーリー中心型カリキュラム設計者と受講者の評価差異
柴田喜幸(熊本大学大学院,産業医科大学)

【概要】
熊本大学大学院教授システム学専攻は、2008年度から導入したストーリー中心型カリキュラム(Story-Centered Curriculum,以下SCC)を導入しています。このSCCについて、設計者の評価と学生の評価の差を調べ考察を行った発表です。全体としては設計者より学習者の方が辛めの評点をつけたそうです。またストーリーの状況設定がeラーニングのシステムの企画・設計をする会社だったこともあり、「現実の職業との関連に関する設問」については、大学等の非営利事業者に勤務している人の回答が営利事業者に勤務にしている人に比べて、教材への評価が低かったそうです。

【感想】
発表者の柴田氏は、かつてJMAMでeラーニングを開発していた中心人物で、筆者は以前から競合団体という枠組を超え、公私に渡り色々とお世話になっていました。現在お互い大学の教員になっていますが、二人が企業内教育事業の現場にいた頃は、当時流行していた倖田來未の「エロカッコイイ」とジローラモの「チョイワルオヤジ」を足した「エロカッコワルオヤジ」というコンビを組んで遊んでいました。その頃から柴田氏は自分や自分の組織に対し厳しい人でして、そのようなマインドから今回の「設計者と受講者の評価の比較」という研究テーマを設定したのだと思った次第です。自己満足に溺れず、常に学習者の視点でカリキュラムを評価し、高み目指す柴田氏の姿勢にはいつも勉強させられます。

自主的な学習を促すID に基づく学習ポータルの設計
森田晃子(熊本大学大学院)

【概要】
製薬業界でMR(医薬情報担当者)の教育を担当する立場にあるインストラクターは、一般に高度な医薬情報の知識を持っているものの、教える事に対する専門性はあまりないそうです。それらの方に対し、人材育成に必要となる知識や情報を提供する「学習ポータルサイト」をIDの視点で設計している事例についてお話しいただきました。開発にあたっては、
1)ノールズの提唱する成人学習学のモデル
2)構成主義を中心とした折衷主義(の視点にたった学習理論)
3)ラピッドプロトタイピングによる設計開発
の3点を念頭においているとのことです。

【感想】
森田さんはMR研修のトレーナーやMR教育の企画・運営、コンサルティングをなさっている傍ら、熊本大学大学院で学ぶ大変エネルギッシュな女性です。今回の発表は、森田さんが日常の仕事の中で感じている課題、すなわち「社内MR教育担当者は『教える事の専門性』に関する知識・スキルが不足しているが、それを修得する場がない」という課題の解決にむけて、専攻での学習成果を活かし具体的な方策を立案する内容でした。「大学院での学習成果を自分の実務に役立てる」というのは簡単そうで実は難しい事です。それをサラリとやってのけてしまう森田さんのバイタリティと能力の高さに改めて感服いたしました。

SNSを活用したストーリー中心型カリキュラムの提供
北村隆始(熊本大学大学院,テルモ株式会社)

【概要】
ストーリー中心型カリキュラム(SCC)を実践するにあたり、専用のWeb SiteやLMSを準備するのでなく、SNS上で実践することで効率的な導入を実現した展開例についての発表でした。発表者の北村さんが在職するテルモさんでは以前より「クリニカルジョイント」というSNS型の地域医療のためのコミュニケーションプラットフォームを開設しており、それを活用してSCCを実行したのです。

具体的には、対面型での看護師向けのコースに参加した受講生を対象にSCCを実施。SNS内に今回のカリキュラム専用のコミュニティーを4つ開設し、コミュニティへのトピック投稿の形でシナリオを展開していったそうです。シナリオの内容は、学習者が主人公「若葉てるも」になったつもりでSCCに参加し、課題を提出する「幸田師長」や、同僚の「ユニカ」との関わりの中で、インジェクション・トレーナーとしての知識やスキルを磨いていくとのことです。また、SNSのコミュニティー機能を活用し、幸田師長に提出した報告書を受講生相互でフィードバックする点が大きな特徴となっています。

実際5名の社内看護師にこのカリキュラムを受講してもらい評価を実施したところ受概ね肯定的な評価結果がでたということでした。

【感想】
Web2.0的というか、大げさなシステムやサーバーを構築することころから始めるのでなく、既にあるSNSサイトを活用してSCCを展開している点が素晴らしかったです。今後広く展開し、さらなる改良を加えていただければと思った次第です。

ラーニングデザイン可視化言語の比較検討
根本淳子(熊本大学大学院)

【概要】
ラーニングデザイン可視化言語とは、あるコースやカリキュラムがどのような学習活動から構成されているか、それらをどういった順番で学習するか等を他の人に分かりやすく伝えるための表現方法を規定したものです。家に例えるならば「設計図」に該当します。すでにIMS-LD、MOT+、coUML、LAMS、E2MLなどの可視化言語があるそうで、MOT+とLAMSについては、可視化言語を記述するためのツールまで存在しています。本発表では、これらの可視化言語を用いて熊本大学大学院で実施しているSCCカリキュラムを記述し、それら言語の長所と短所を分析しています。
【感想】
筆者が今回の学会のキーワードをあげるとするなら、「eポートフォリオ」「SNS」、「LD(ラーニングデザイン)」の3つを選びます。複数の方がこのラーニングデザインについて発表した中で、根本先生の発表は実際のカリキュラムにあてはめて考察している点が素晴らしかったです。筆者も興味があったので、早速LAMSというツールをダウンロードしてみたのですが、MySQL等別の環境もインストールせねばならず、インストールを決意した5分後には諦めてしまいました。ちなみにLAMSの情報については下記のWebサイトにアクセス願います。
http://wiki.lamsfoundation.org/pages/viewpageattachments.action?pageId=2589559

インターネット型大学院におけるオンラインオリエンテーションの比較検討
吉田明恵(熊本大学大学院)

【概要】
熊本大学関係の方の発表で頻出するSCC(ストーリー型カリキュラム)によるオリエンテーション科目について、学習者の立場から考察を加えた研究です。熊大のSCCは08年度から教授システム学専攻のオリエンテーション科目(入学前教育)に導入され、2009年度実施時にいくつかの点が変更・改善されたそうですが、それらの変更が学習者の学びにどう影響を与えたのか等について学習者へのインタビュー等をもとに分析しています。

【感想】
筆者は常々FD(ファカルティ・ディベロップメント)には学生の参画が不可欠と考えておりました。単に授業評価アンケート等の浅い意見収集に留まるのでなく、学習者が洗い出した問題点を次年度以降のカリキュラムに反映させるのが重要と考えています。今回の吉田さんの研究はeラーニングや学習について学ぶ大学院だったから可能な取組かもしれません。しかしこれからはすべての学習者が、教育に対し、きちんと分析・評価できるようになることが重要なのだと、今回の発表を聴き感じた次第です。

まとめ
今回JsiSEの大会に参加し、発表内容の傾向が情報システム寄りからヒューマン寄りになってきたと感じました。どんなシステムを開発するのか?を考えるのでなく、できるかぎりシステムは最小の開発に留め、その分「使い方」や「なぜ開発したいのか」をみっちり考えていくような発表が多かったように感じています。

教育にICTを活用することが特別なものでなくなり、黒板やチョークのように日常的な学習ツールに定着しつつある中、この傾向にはますます拍車がかかるものと思われます。

では今週はこのへんで

来週は学会参加三部作の最終章「日本教育工学会全国大会」の報告をお伝えします。

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