ぷちとまと

FC東京、もう飽きた。

U-22選手選考の馬鹿馬鹿しさ

2007年08月18日 01時55分03秒 | 足球
8/22の北京五輪アジア最終予選のベトナム戦メンバーが発表されました。僕は日頃から世代別代表の世間での位置づけに違和感を覚えているのですが、今回の選手選考でもまた呆れることがありました。

●U-22の位置づけ

当然のことですが、U-22の上にはA代表があります。ジーコのA代表と山本氏のU-23との間に一貫性がなかった反省から、現在は反町氏がU-22代表の監督とA代表のコーチを兼任しています。

では、何がU-22の目標となるのかといえば、北京五輪の予選突破と本大会での好成績なのかといえばそうではなく、A代表への人材供給が第一義でなければなりません。A代表というものが、JFAがFIFAに加盟している限り存在し続けるチームであるのに対し、U-23は五輪で解散する時限チームなのですから当然です。どうもこの点で、僕は世間とのずれがあるようです。

●非オシム流選手選考

上に述べたようにU-22代表の最大の目標がA代表への人材供給であるならば、A代表監督であるオシムが必要としない選手はU-22でも選ばれるべきではありません。ではオシムの選考基準とは何なのかといえば、戦術的な問題もあるでしょうが、まずは試合に出て結果を出している選手であることです。U-22代表には大学生もいますが、Jリーガーであれば試合に出ている選手でなければなりません。U-20ならともかく、U-22ではそれくらいの基準は当然だといえるでしょう。

では反町氏はそれに沿った選手を選んだのでしょうか。カレン・ロバートが外れて平山相太が入っているという事実を見る限り、オシムの基準を破っていると断定せざるをえません。カレンの代わりはいても平山の代わりはいないということなのかもしれませんが、平山がオシムの望む選手であるということが、その論法が成立するための必要条件であるということを頭に入れておく必要があります。

●ふたたびU-22の位置づけ

世代別代表の存在意義に話を戻します。先に、世代別代表の第一目標はA代表への人材供給だと書きました。この人材供給という点に関しても、僕は世間とずれているようです。

僕は、A代表に入った22歳以下の選手は、U-22に招集する必要はないと考えています。五輪の本大会でそういった選手を招集するのは構わないとは思っているのですが、ただし、コンビネーションの問題だとかでチーム発足時から拘束するのは本末転倒だと考えています。A代表に定着するのが遅れるだけです。

22歳以下のサッカーの世界では、まるでU-22代表がピラミッドの頂点に位置しているかのような印象を、選手のコメントやメディアの論調から受けることがありますが、そんなおかしな話はありません。何歳であれ、サッカー界の頂点はA代表であり、世代別代表などというものは、A代表に入れない選手が入るべきものです。かなり多くの日本人がこのピラミッド構造について勘違いしていると感じています。

コパ・アメリカと同時期だった関係もあるかもしれませんが、リオネル・メッシがカナダでのU-20ワールドカップに出場したでしょうか。日本人なら、南米の大会よりも「世界大会」に出るべきだと考えたかもしれませんね。まったく滑稽な話です。

日本でも「僕はアジアカップに出たかった。U-22に選ばれたのは非常に悔しい」という骨のあるコメントをしてくれる選手が一人でも出てきてほしいものです。

●世界大会=修学旅行

こう言う人もいるかもしれませんね。世代別であれ、世界大会での経験が活きてくるのだと。

では、2002年以降のU-20W杯(ワールドユース)や五輪に出た選手のうち、その後A代表に入って国際大会に出場した選手がどれだけいるのでしょうか。この国の世代別代表は、力を入れている割に、おそろしく機能していないと判断すべきでしょう。

アテネでピルロやジラルディーノと対戦した経験が、どこにどれだけ活かされているのか、誰か説明してほしいものです。結局、修学旅行みたいなものなんですよ。別に出なくても卒業できるけど、思い出作り、経験したつもり、みたいな。

来週から始まるのは、修学旅行参加者の選考会な訳ですよ。まったく馬鹿馬鹿しい。

僕は世代別代表の存在価値や世界大会で好成績を目指すこと自体を否定するつもりはありません。ただ、その存在がA代表にとってマイナスであるような現在の状況が続くのであれば、さっさと予選で敗退してほしいと願っています。

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