その金属的なリフで世界中の新しい幕が上がった。
そうIRON MAIDEN「鋼鉄の処女」
今でもあの時初めてこのアルバムを聴いた時の体中からこみ上げてくる衝動は忘れることはできない。今までにない攻撃的なリフ、次々と変化していく曲展開、そしてあの特徴的なバキバキというベース音。どれを取っても衝撃的だった・・
ワシの人生を変えたアルバムというちっぽけなものではなく、まさにこのアルバムはROCKの大きな起点に立ったアルバムである
彼らの音楽はNEW WAVE OF BRITITH HEAVY METAL(NWOBHM)と名付けられ、それ以降次々と後続のバンドがデビューした・・SAXON..TIGERS OF PANGTANG..DEF LEPPARD・・・etc...
アイアンメイデンを聴いて、ワシがこれからやっていく音楽の方向性も固まった
大学受験は、一勝九敗という散々な成績であった。まあ音楽ばかりやってて勉強しなかったもんなぁ・・でももともと東京の大学に行って音楽をやるというのが目的なんだから、、九敗しても一勝すればオッケーなのである。かくしてワシは上京することになった。
不安は無かった。もともと親と生活するのがいやで高校時代も家の離れで一人暮らししてたし、炊事洗濯はお手の物だったしね。
高校時代にやってたバンドは5人編成だったが、そのうちギターとヴォーカルとワシの3人が東京に進学した。上京してからは何度かスタジオ借りて練習したりしていた。
4月は何度か練習したが、ゴールデンウィークの頃には会わなくなってしまっていた。今のように携帯電話なんてものがあるわけでもないし、アパートや下宿先に電話を引いているやつなんてほとんどいないような時代だ。連絡をとるには手紙を書くか電報を打つか、直接相手の下宿を訪ねるしかない・・そんな時代である。そういえば大学3年のとき祖母が亡くなった時、よくドラマであるような「ソボキトク、スグカエレ」という電報をうけとったなぁ~~
あんなにがんばろうと誓って上京した3人ではあったが、やはり3人とも違う大学で、違う環境でお互いやらないといけないこともたくさんあったんだろうし、やはり連絡手段がないというのが大きな要因だった。で、ワシらの夢をのせた最初のバンドは自然消滅した・・。
ところでワシはこのギタリストのことが昔から好きではなかった。うそをつくことが当たり前、ひとに迷惑をかけても自分がよければいい・・という性格がいやでいやでたまらなかった。しかし、ずっと一緒にバンドしてたし、コンサートもいつも一緒に行っていたのでいわゆる「腐れ縁」というやつだった。だから少しだけ彼と別れてせいせいしたという気持ちはあった。だけどヴォーカルのやつには悪いことをした。彼は高校2年の時彼の声に惚れこんで、他のバンドから引き抜いた。もともと地元に進学するつもりだったのをむりやり説得して東京の大学に進学させたのだ・・・それなのにたった2ヶ月でオサラバなんてさっ・・今はなにをやってるかも全然わからない、、ただただ幸せになってくれてることを祈るばかりである。
さあ、心機一転、新しいメンバーをさがして突き進むぜ~~
と思っていたのだが・・・そうは行かないのが人生なのである
まだまだ続く・・・・・まだ人生の転機となった4枚のアルバムのうち3枚しか出てないしねっ