「夜ヒット」・出演履歴シリーズ、今回は1980年代夜ヒットの「華」であった小泉今日子の出演履歴を振り返ります。
◆小泉今日子-初出演:1982年3月22日(第697回)/最終出演:1990年9月19日(第1130回)、出演回数:67回
01 1982/03/22(0697) 私の16才
02 1982/08/09(0717) 素敵なラブリーボーイ
03 1982/10/11(0726) ひとり街角
04 1983/02/21(0744) 春風の誘惑
05 1983/05/23(0757) 真っ赤な女の子
06 1983/08/01(0767) 半分少女
07 1983/11/21(0783) 艶姿ナミダ娘
08 1984/02/06(0793) 艶姿ナミダ娘
09 1984/04/16(0803) 渚のはいから人魚
10 1984/05/07(0806) 風のマジカル
11 1984/06/18(0812) 迷宮のアンドローラ
12 1984/07/09(0815) 迷宮のアンドローラ
13 1984/08/27(0822) ヤマトナデシコ七変化
14 1984/09/17(0825) ヤマトナデシコ七変化
15 1984/10/22(0830) ヤマトナデシコ七変化
16 1984/11/12(0833) ヤマトナデシコ七変化
17 1984/12/24(0839) The Stardust Memory
18 1985/01/07(0840) The Stardust Memory
19 1985/02/04(0844) The Stardust Memory
20 1985/04/10(0853) 常夏娘
21 1985/05/08(0857) 常夏娘
22 1985/05/29(0860) 常夏娘
23 1985/07/03(0865) ハートブレイカー<「Kyon2」名義>
24 1985/07/24(0868) 魔女
25 1985/08/14(0871) 魔女
26 1985/09/11(0875) 魔女
27 1985/11/20(0885) なんてったってアイドル
28 1985/12/04(0887) なんてったってアイドル
29 1985/12/25(0890) なんてったってアイドル
30 1986/04/23(0906) 100%男女交際
31 1986/05/21(0910) 100%男女交際
32 1986/07/16(0918) 夜明けのMEW
33 1986/08/13(0922) 夜明けのMEW
34 1986/09/03(0925) 夜明けのMEW
35 1986/11/19(0936) 木枯らしに抱かれて
36 1986/12/24(0941) 木枯らしに抱かれて
37 1987/01/07(0943) 木枯らしに抱かれて
38 1987/02/11(0948) 木枯らしに抱かれて
39 1987/03/18(0953) 今年最後のシャーベット
40 1987/07/01(0968) Smile Again
41 1987/07/29(0972) Smile Again
42 1987/08/19(0975) Smile Again
43 1987/09/30(0981) キスを止めないで
44 1987/10/21(0984) キスを止めないで
45 1987/11/11(0987) キスを止めないで
46 1987/12/23(0993) キスを止めないで
47 1988/02/03(0999) One Moon
48 1988/03/09(1004) GOOD MORNING-CALL
49 1988/03/30(1007) GOOD MORNING-CALL
50 1988/07/06(1021) 夏のタイムマシーン<マンスリー>
51 1988/07/13(1022) 夏のタイムマシーン<マンスリー>
52 1988/07/20(1023) (不詳)<マンスリー>
53 1988/07/27(1024) The Stardust Memory(Slow Version)/東の島にブタがいたVol.3(with爆風スランプ)<マンスリー>
54 1988/10/19(1036) 怪盗ルビイ
55 1988/11/09(1039) たとえば、フォーエバー(with真田広之)
56 1988/11/23(1041) SOS(with中森明菜)/怪盗ルビイ
57 1989/03/29(1058) Fade Out
58 1989/05/10(1064) Fade Out
59 1989/07/19(1074) Fade Out
60 1989/10/25(1086) 学園天国
61 1989/12/20(1094) 学園天国
62 1989/12/27(1095) 今をいじめて泣かないで/真赤な太陽(with東京スカパラダイスオーケストラ)
63 1990/03/21(1106) 見逃してくれよ!
64 1990/04/25(1109) 見逃してくれよ!
65 1990/06/20(1117) La La La・・・
66 1990/07/18(1121) La La La・・・
67 1990/09/19(1130) 丘を越えて(with東京スカパラダイスオーケストラ)
夜のヒットスタジオ初登場はデビュー翌日の1982年3月22日。彼女も以前紹介した細川たかしなどと同じく夜ヒットと関係の強い「バーニングプロ」からのデビューであったことから、他の「花の82年組」と称される同期組よりも番組出演につき優遇される立場にありました。
最初期は新曲発売のとき1回のみという形で、3~4ヶ月程度に1回という間隔での登場でしたが、1983年末に発表した「艶姿ナミダ娘」のヒットにより、翌年からは松田聖子・河合奈保子・中森明菜と並ぶ夜ヒットの準レギュラー格女性アイドルの一角を形成するようになりました。
因みに1987年の4月~6月まで丸々出演していないのは、当時発売された「水のルージュ」がカネボウCFソングであった関係上出演を自粛、1988・1989年の出演回数が少ないのは、この2年間は個人名義でのシングルが約半年の間隔で2枚しか発売されなかったことに伴うもので、中森明菜のようにアルバム・B面による代替という形はあまり取られませんでした。
彼女も当時の夜ヒット司会者・芳村真理から独創的なファッションセンスを絶賛されていた一人で、必ず芳村時代には、彼女のトークはまず、芳村がそのときの衣装を評するところから始まっていたような記憶があります。
特に彼女の衣装センスが際立ってマスコミでも取り上げられるようになったのは、1985年の大ヒット作「なんてったってアイドル」からで、夜ヒットでは一段際立った衣装を毎回着用していました(1960年代のロカビリー娘風ルック、サンタクロース風のミニスカート衣装など)。
そのほかにも、「Smile Again」では一転して、半そでの無地白シャツに麦藁帽子、つなぎのズボンルックという出で立ちをしたり、浴衣で登場したと思えば、「夜明けのMEW」などではいつもとは違う、水色を貴重としたような独特のメイクで登場したりと、夜ヒットでの彼女のファッションは注目の的でもありました。
1989年以降は、曲調が「ロック」調に変化し始め、「見逃してくれよ!」、そしてフィンガー5のリバイバル「学園天国」で新境地を開拓。この頃になると服装だけでなく、彼女のサバサバした性格・タレントとしての一見地味に見えて、蓋を開けると無限に広がるという独特の個性が同世代の女性の中でも「目標とすべき生き方」とまで位置づけられるようになり、人気を不動のものとしていました。
近年は、ドラマ・映画での活躍は顕著ですが、歌手活動という面で、フェードアウト気味となっています。また、独特の感性をまた歌の中でも表現していってほしいと願ってやみません。
◆小泉今日子-初出演:1982年3月22日(第697回)/最終出演:1990年9月19日(第1130回)、出演回数:67回
01 1982/03/22(0697) 私の16才
02 1982/08/09(0717) 素敵なラブリーボーイ
03 1982/10/11(0726) ひとり街角
04 1983/02/21(0744) 春風の誘惑
05 1983/05/23(0757) 真っ赤な女の子
06 1983/08/01(0767) 半分少女
07 1983/11/21(0783) 艶姿ナミダ娘
08 1984/02/06(0793) 艶姿ナミダ娘
09 1984/04/16(0803) 渚のはいから人魚
10 1984/05/07(0806) 風のマジカル
11 1984/06/18(0812) 迷宮のアンドローラ
12 1984/07/09(0815) 迷宮のアンドローラ
13 1984/08/27(0822) ヤマトナデシコ七変化
14 1984/09/17(0825) ヤマトナデシコ七変化
15 1984/10/22(0830) ヤマトナデシコ七変化
16 1984/11/12(0833) ヤマトナデシコ七変化
17 1984/12/24(0839) The Stardust Memory
18 1985/01/07(0840) The Stardust Memory
19 1985/02/04(0844) The Stardust Memory
20 1985/04/10(0853) 常夏娘
21 1985/05/08(0857) 常夏娘
22 1985/05/29(0860) 常夏娘
23 1985/07/03(0865) ハートブレイカー<「Kyon2」名義>
24 1985/07/24(0868) 魔女
25 1985/08/14(0871) 魔女
26 1985/09/11(0875) 魔女
27 1985/11/20(0885) なんてったってアイドル
28 1985/12/04(0887) なんてったってアイドル
29 1985/12/25(0890) なんてったってアイドル
30 1986/04/23(0906) 100%男女交際
31 1986/05/21(0910) 100%男女交際
32 1986/07/16(0918) 夜明けのMEW
33 1986/08/13(0922) 夜明けのMEW
34 1986/09/03(0925) 夜明けのMEW
35 1986/11/19(0936) 木枯らしに抱かれて
36 1986/12/24(0941) 木枯らしに抱かれて
37 1987/01/07(0943) 木枯らしに抱かれて
38 1987/02/11(0948) 木枯らしに抱かれて
39 1987/03/18(0953) 今年最後のシャーベット
40 1987/07/01(0968) Smile Again
41 1987/07/29(0972) Smile Again
42 1987/08/19(0975) Smile Again
43 1987/09/30(0981) キスを止めないで
44 1987/10/21(0984) キスを止めないで
45 1987/11/11(0987) キスを止めないで
46 1987/12/23(0993) キスを止めないで
47 1988/02/03(0999) One Moon
48 1988/03/09(1004) GOOD MORNING-CALL
49 1988/03/30(1007) GOOD MORNING-CALL
50 1988/07/06(1021) 夏のタイムマシーン<マンスリー>
51 1988/07/13(1022) 夏のタイムマシーン<マンスリー>
52 1988/07/20(1023) (不詳)<マンスリー>
53 1988/07/27(1024) The Stardust Memory(Slow Version)/東の島にブタがいたVol.3(with爆風スランプ)<マンスリー>
54 1988/10/19(1036) 怪盗ルビイ
55 1988/11/09(1039) たとえば、フォーエバー(with真田広之)
56 1988/11/23(1041) SOS(with中森明菜)/怪盗ルビイ
57 1989/03/29(1058) Fade Out
58 1989/05/10(1064) Fade Out
59 1989/07/19(1074) Fade Out
60 1989/10/25(1086) 学園天国
61 1989/12/20(1094) 学園天国
62 1989/12/27(1095) 今をいじめて泣かないで/真赤な太陽(with東京スカパラダイスオーケストラ)
63 1990/03/21(1106) 見逃してくれよ!
64 1990/04/25(1109) 見逃してくれよ!
65 1990/06/20(1117) La La La・・・
66 1990/07/18(1121) La La La・・・
67 1990/09/19(1130) 丘を越えて(with東京スカパラダイスオーケストラ)
夜のヒットスタジオ初登場はデビュー翌日の1982年3月22日。彼女も以前紹介した細川たかしなどと同じく夜ヒットと関係の強い「バーニングプロ」からのデビューであったことから、他の「花の82年組」と称される同期組よりも番組出演につき優遇される立場にありました。
最初期は新曲発売のとき1回のみという形で、3~4ヶ月程度に1回という間隔での登場でしたが、1983年末に発表した「艶姿ナミダ娘」のヒットにより、翌年からは松田聖子・河合奈保子・中森明菜と並ぶ夜ヒットの準レギュラー格女性アイドルの一角を形成するようになりました。
因みに1987年の4月~6月まで丸々出演していないのは、当時発売された「水のルージュ」がカネボウCFソングであった関係上出演を自粛、1988・1989年の出演回数が少ないのは、この2年間は個人名義でのシングルが約半年の間隔で2枚しか発売されなかったことに伴うもので、中森明菜のようにアルバム・B面による代替という形はあまり取られませんでした。
彼女も当時の夜ヒット司会者・芳村真理から独創的なファッションセンスを絶賛されていた一人で、必ず芳村時代には、彼女のトークはまず、芳村がそのときの衣装を評するところから始まっていたような記憶があります。
特に彼女の衣装センスが際立ってマスコミでも取り上げられるようになったのは、1985年の大ヒット作「なんてったってアイドル」からで、夜ヒットでは一段際立った衣装を毎回着用していました(1960年代のロカビリー娘風ルック、サンタクロース風のミニスカート衣装など)。
そのほかにも、「Smile Again」では一転して、半そでの無地白シャツに麦藁帽子、つなぎのズボンルックという出で立ちをしたり、浴衣で登場したと思えば、「夜明けのMEW」などではいつもとは違う、水色を貴重としたような独特のメイクで登場したりと、夜ヒットでの彼女のファッションは注目の的でもありました。
1989年以降は、曲調が「ロック」調に変化し始め、「見逃してくれよ!」、そしてフィンガー5のリバイバル「学園天国」で新境地を開拓。この頃になると服装だけでなく、彼女のサバサバした性格・タレントとしての一見地味に見えて、蓋を開けると無限に広がるという独特の個性が同世代の女性の中でも「目標とすべき生き方」とまで位置づけられるようになり、人気を不動のものとしていました。
近年は、ドラマ・映画での活躍は顕著ですが、歌手活動という面で、フェードアウト気味となっています。また、独特の感性をまた歌の中でも表現していってほしいと願ってやみません。
可愛い二人でした。管理人さま、80年代アイドルが好きなので、今後もアイドルのピックアップ期待してます^^
「魔女」の時は、マドンナの衣装で登場したり、「なんてったってアイドル」でのサンタの衣装等、今でも覚えてます。
個人的には、アルバム曲の「今年最後のシャーベット」が記憶に強く残ってます。
メガネをかけての登場でした。
この曲も好きです。
1980年代に頻繁に出演していた女性歌手の中でファッションセンスを芳村真理から高く買われていたのが小泉今日子、そして同期の中森明菜の2人でしたね。
小泉の場合、どちらかといえば意表をつく「トンでる」(表現悪いですが・・・)衣装を毎回着用していたのに対して、中森の場合は、モノトーンカラーのドレスとか、タイトな黒いワンピースみたいな衣装など、シックな大人の雰囲気を醸す衣装を選んで出演している場合が多かったですね。
ただ、どちらとも共通しているのは、「自己演出力」というのが他の同年代歌手・タレントと比べても比較にならぬほど突出していた、ということでしょうかね。
この自己表現力の高さのおかげで、中森・小泉の80年代のヒット曲の多くが未だに多くの人々の印象・記憶の中に鮮明にこびりついている場合が多いんじゃないのかな…と想います。