伝説の歌番組・夜のヒットスタジオを語る

伝説の音楽番組「夜のヒットスタジオ」の22年間の足跡を通じて、日本の歌謡界が最も輝いていた時代を振り返ります。

夜ヒット・歌手別出演履歴<17> アリス/堀内孝雄/谷村新司

2007-05-18 | 夜のヒットスタジオ/歌手別出演履歴
夜ヒット・出演履歴シリーズ、今回はアリス、そしてアリスのメンバーからソロ歌手としても数多く夜ヒットに出演した堀内孝雄・谷村新司の出演履歴について振り返ります。

アリスは1971年12月、谷村新司・堀内孝雄・矢沢透(※矢沢は1972年5月より正式参加)の3人で結成されたフォークグループです。

結成4ヵ月後の1972年3月に「走っておいで恋人よ」でレコードデビューを果たしますが、その後しばらくの間ヒット曲に恵まれず不遇の時代を過ごします。
やがて、ボーカルである谷村は、「MBSヤングタウン」(毎日放送ラジオ)や「セイ!ヤング」(文化放送)で「バンバン」のボーカル・ばんばひろふみとのコンビでパーソナリティーを担当し、深夜放送特有の下ネタをあからざまにしたトークが人気を博し、また、年間300ステージ以上という過酷なスケジュールの元に行われたライブ活動の積み重ねにより、ファン層を徐々に拡大、そして、1976年、7作目のシングル曲「帰らざる日々」がヒット、デビュー5年目にして人気アーティストとしての基盤をようやく築きました。

そして、1977年末、「冬の稲妻」で夜ヒットにも待望の初出演。このヒットスタジオ初出演の反響は同曲のセールスにも有利に働き、最終的には初のオリコンチャートベスト10入りを果たす、アリスの代名詞的な作品として長らく支持されることになります。

また、アリスとしての活動が安定してきたとほぼ時を同じくして、アリスのツインボーカルである谷村、堀内孝雄はそれぞれソロアーティストとしての活動を開始。堀内は1978年、夜ヒットのスポンサーであった資生堂のキャンペーンソング「君のひとみは10000ボルト」でソロ歌手として初出演、以降はアリスとしての出演と平行して、原則として新曲発表時に、ソロ歌手としてもコンスタントに出演を続けました。他方、谷村も山口百恵への「いい日旅立ち」などを提供し、自身のオリジナル曲として「昴」などをヒットさせるなど、アリスとは異なる叙情的な音楽観溢れる名曲を世に送り出し、音楽家としての地位を確乎たるものとします。

しかし、このソロアーティストとしての堀内、谷村それぞれの活躍が広がりを見せると同時に、次第にアリスとしての活動の場も減ってゆき、また音楽観にも開きが生じ始めるようになったことから、1981年秋に10年間の活動に一応の終止符が打たれることになりました。夜ヒットでも10年間の労を労い、またこれからの新たな音楽活動の発展を願うという意味合いを込めて、従来は歌謡曲系歌手に対して行われてきた「サヨナラ」企画を初めてニューミュージック・フォーク系アーティストに対して用意し、夜ヒットと縁の深い「冬の稲妻」を初めとしてアリスとしての代表作数曲をメドレー形式で披露、活動停止前最後の出演を華々しく終えました(因みにその後、1987年にアリスは一時的ながら再結成しており、その際に夜ヒットに1回だけ出演をしているため、アリス名義でのラスト出演は「サヨナラアリス」の回ではなく、この再結成時、「BURAI」での出演回ということになります)。

ソロとしての活動を本格始動させると、谷村もようやく夜ヒットにソロ名義で初登場。その後、1983年~1984年にかけて「22歳」、小川知子とのデュエットによる「忘れていいの」などが立て続けにヒットし、夜ヒットにもイレギュラーで出演するようになり、1985年8月にはマンスリーゲストとして1ヶ月連続出演し、佐藤隆と「12番街のキャロル」で競演するなど、オールマイティーな出演者人選を行うなど変革の時代を迎えつつあった月曜時代晩期~DX初期にかけて、彼の存在は貴重でもありました。
夜ヒットでの話題以外でも、アジア各地での音楽イベントを開催したり、青山劇場でのロングリサイタルを開始させるなど、「高級感のあるエンターティナー」としてのイメージを確立させました。2002年からは音楽活動を極力最小限に留め、中国で音楽家の育成に当たっており、以前よりも彼の歌う姿を見る機会は減ってきています。

他方、堀内は、アリス解散後しばらくヒット作が出ない時代を過ごしますが、1985年末の日本テレビ系大型時代劇の主題歌「憧れ遊び」、続く1986年末の「愛しき日々」がヒット、そして1988年からはテレビ朝日系の刑事ドラマ「はぐれ刑事純情派」の主題歌を担当するようになり(因みに同ドラマは水曜21時台のドラマであったため、DX終了までは夜ヒットの裏番組でもありました)、「ガキのころのように」「冗談じゃねえ」「影法師」「恋唄綴り」と次々とヒットを連発し、ニューミュージックと演歌、双方のニュアンスを融合させた「ニューアダルトミュージック」の第一人者として現在も精力的に音楽活動を展開しています。

因みにアリスのもう一人のメンバー・矢沢透も一時活動停止後、しばらくの間はミュージシャン活動を続けていましたが、その後、一線を離れて現在は飲食店の経営を生活基盤の中心に置いています。但し、1987年、2000年、2005年の再結成時には谷村・堀内と共に参加し、オールドファンを喜ばせました。

◆アリス-初出演:1977年12月5日(第474回)/最終出演:1988年1月6日(第995回)、出演回数:12回
01 1977/12/05(0474) 冬の稲妻/帰らざる日々
02 1978/03/20(0489) 涙の誓い
03 1978/05/29(0499) 遠くで汽笛を聞きながら
04 1978/08/07(0509) ジョニーの子守唄
05 1979/04/09(0544) チャンピオン
06 1979/11/26(0577) スナイパー/秋止符
07 1980/07/21(0610) 狂った果実
08 1980/12/22(0632) それぞれの秋
09 1981/07/20(0662) エスピオナージ
10 1981/09/21(0671) CAT IN THE RAIN
11 1981/11/02(0677) ジョニーの子守唄~冬の稲妻~今はもう誰も~涙の誓い~さらば青春の時<※活動停止>
12 1988/01/06(0995) BURAI<※再結成>

◆堀内孝雄-初出演(ソロでの初出演):1978年8月21日(第511回)/最終出演:1990年1月17日、出演回数:25回(アリスでの出演を含めると37回)
01 1978/08/21(0511) 君のひとみは10000ボルト
02 1979/10/15(0571) 忘れな詩
03 1980/04/28(0598) 南回帰線(with滝ともはる)
04 1980/10/13(0622) デラシネ
05 1981/01/26(0637) 裸樹
06 1981/05/18(0653) 青春まよい人
07 1982/04/05(0699) DON'T STOP MY LOVE
08 1982/12/13(0735) 冬の蝶
09 1983/04/11(0751) 少年達よ
10 1983/05/09(0755) 少年達よ
11 1983/07/18(0765) 不思議なパートナー
12 1984/12/03(0836) センチメンタル・ウィンド-感情風-
13 1986/01/15(0892) 憧れ遊び
14 1986/03/12(0900) 憧れ遊び 
15 1987/02/25(0950) 愛しき日々
16 1987/04/08(0956) 愛しき日々
17 1987/05/27(0963) 青春追えば
18 1987/07/15(0970) 青春追えば
19 1987/12/23(0993) 遥かな轍
20 1988/01/27(0998) 遥かな轍
21 1988/03/23(1006) 遥かな轍
22 1988/08/31(1029) ガキの頃のように
23 1989/02/08(1051) 野郎達の挽歌
24 1989/06/28(1071) 冗談じゃねえ
25 1990/01/17(1097) 川は泣いている
 
◆谷村新司-初出演(ソロでの初出演):1982年6月28日(第711回)/最終出演:1988年9月14日(第1031回)、出演回数:29回(アリスでの出演を含めると41回)
01 1982/06/28(0711) スーパースター
02 1982/07/12(0713) スーパースター
03 1983/07/11(0764) 小さな肩に雨が降る
04 1983/10/03(0776) 22歳
05 1983/11/07(0781) 22歳
06 1983/12/12(0786) 22歳
07 1984/01/16(0790) 22歳
08 1984/03/12(0798) 忘れていいの-愛の幕切れ-(with小川知子)
09 1984/04/16(0803) 忘れていいの-愛の幕切れ-(with小川知子)
10 1984/06/11(0811) 誕生日-ありふれた黄昏の街で-
11 1984/09/10(0824) 青春残酷物語
12 1984/10/15(0829) 青春残酷物語 
13 1984/12/17(0838) 夜顔
14 1985/02/04(0844) 夜顔
15 1985/03/18(0850) 愛の誓い
16 1985/04/10(0853) 愛の誓い
17 1985/05/08(0857) 愛の誓い
18 1985/07/17(0867) 12番街のキャロル
19 1985/08/07(0870) 12番街のキャロル<マンスリー>
20 1985/08/14(0871) 冬の稲妻/チャンピオン(with西城秀樹・田原俊彦)<マンスリー>
21 1985/08/21(0872) (不詳)<マンスリー>
22 1985/08/28(0873) ワインレッドの心/いとしのエリー/津軽海峡冬景色<マンスリー>
23 1985/11/20(0885) 浪漫鉄道-途上篇-
24 1986/11/19(0936) クラシック-Classic-(with奥田瑛二)
25 1986/12/17(0940) クラシック-Classic-(with奥田瑛二)
26 1986/12/31(0942) (不詳)  
27 1987/10/21(0984) 今のままでいい
28 1988/04/27(1011) Far Away
29 1988/09/14(1031) 英雄

夜ヒット・歌手別出演履歴<16> 水前寺清子

2007-05-08 | 夜のヒットスタジオ/歌手別出演履歴

夜ヒット・歌手別出演履歴シリーズ、今回は「チータ」こと水前寺清子の出演履歴を振り返ります。

夜ヒットがスタートした頃、丁度彼女は歌手として人気絶頂のときを迎えようとしていました。1968年に後にも彼女最大の代表作として歌い継がれる「三百六十五歩のマーチ」を発売、その軽快な歌の世界と相まって、彼女の歌手以外のタレント性にも注目され始め、1969年には「チータ55号」(TBS)でコント55号と司会役を担当、同年秋からは「紅白歌のベストテン」(NTV)の初代紅組キャプテン(司会)を務め、その合間に映画やドラマにも出演し、女優としての才能を開花させるなど、実にマルチな活動を行っていました。

そんな多忙なスケジュールの最中でありながらも、夜ヒットには初代のマエタケ・芳村時代を中心に相当数出演をしています。特に夜ヒットと同じく月曜日に「紅白歌のベストテン」がスタートした後は、本来スケジュール調整の関係で夜ヒットに出演することが困難になるはずなのですが、それでも、イレギュラーに出演を続けていたという点は、後に彼女の後継として「紅白歌の~」の司会となった今陽子・岡崎友紀・榊原郁恵が司会抜擢後、夜ヒットに出演できなくなってしまったことと比較して特筆に価する部分であろうと思います。

ただ、1970年代半ばに入ると、抜群の知名度とは反比例して歌手としてのセールスは落ち込むようになってきており、1977年頃からは(1981年に1回出演した以外は)番組に顔を見せなくなってしまいました。この頃、青江三奈やちあきなおみも夜ヒットへの出演機会がなくなり、それと同時にイルカ・中島みゆき・五輪真弓・アリス・原田真二といった、ニューミュージック・フォーク系アーティストが台頭し、夜ヒットにも次々と出演するようになっており、この出演者の顔ぶれの変化は、歌謡曲中心という従来の方針が、楽曲・歌手の個性を中心とする構成への展開とそぐわなくなったことを暗示していたと言えるでしょう。

◆水前寺清子ー初出演:1968年12月16日(第7回)/最終出演:1981年4月20日(第649回)、出演回数:72回
01 1968/12/16(007) 三百六十五歩のマーチ
02 1969/01/27(013) 三百六十五歩のマーチ
03 1969/03/17(020) 男じゃないか
04 1969/05/26(030) にんげんどっこの唄
05 1969/06/16(033) にんげんどっこの唄
06 1969/06/30(035) にんげんどっこの唄
07 1969/07/14(037) にんげんどっこの唄
08 1969/08/18(042) 赤いトランク
09 1969/09/15(046) 真実一路のマーチ
10 1969/10/20(051) 真実一路のマーチ
11 1969/11/17(055) 真実一路のマーチ
12 1969/12/22(060) 東京でだめなら
13 1969/12/29(061) 東京でだめなら
14 1970/01/26(065) 東京でだめなら
15 1970/03/30(074) 空手道
16 1970/05/25(082) 1+1の音頭
17 1970/06/29(087) 1+1の音頭
18 1970/07/20(090) 三度笠だよ人生は
19 1970/08/10(093) 三度笠だよ人生は
20 1970/09/14(098) 三度笠だよ人生は
21 1970/09/28(100) 男でよいしょ
22 1970/10/19(103) だめでもともと
23 1970/11/30(109) 大勝負
24 1970/12/28(113) 大勝負
25 1971/02/01(118) あゝ恋唄
26 1971/03/22(125) あゝ恋唄
27 1971/04/26(130) ねんがら子守唄
28 1971/05/10(132) ねんがら子守唄
29 1971/06/28(139) ねんがら子守唄
30 1971/07/26(143) ああ男なら男なら
31 1971/08/09(145) ああ男なら男なら
32 1971/09/27(152) ああ男なら男なら
33 1971/11/29(161) 苦労買います
34 1971/12/27(165) 苦労買います
35 1972/02/07(171) この手にとまれ
36 1972/03/27(178) この手にとまれ
37 1972/04/24(182) この手にとまれ
38 1972/05/29(187) この手にとまれ
39 1972/07/03(192) 柔の道
40 1972/09/04(201) いつかは逢えるだろう
41 1972/10/16(207) 昭和放浪記
42 1972/11/13(211) 昭和放浪記
43 1972/12/18(216) 昭和放浪記
44 1973/01/29(222) 昭和放浪記
45 1973/03/05(227) 昭和放浪記
46 1973/04/09(232) 祭りになればいい(※「昭和放浪記」B面。次回作の「かあさん」(73年6月発売)が発表されるまで8ヶ月もの間、通常シングル盤の新譜発表が途絶えていたため、特例的な措置としてB面曲である同曲が披露された模様)
47 1973/05/28(239) かあさん
48 1973/08/20(251) 大恋愛
49 1973/10/08(258) 大恋愛
50 1973/11/19(264) 望郷の詩
51 1973/12/24(269) 望郷の詩
52 1974/01/21(272) 望郷の詩
53 1974/02/18(276) 望郷の詩
54 1974/03/18(280) ああ人生浮き沈み
55 1974/05/06(287) 人生ブルース
56 1974/06/24(294) 幸せ正面だ~れ 
57 1974/07/22(298) てっぺんまごころ
58 1974/09/23(307) 花の散りぎわ
59 1974/11/25(316) 花の散りぎわ
60 1975/01/20(324) 大成功 
61 1975/05/19(341) 同窓会
62 1975/09/29(360) 浮草
63 1975/11/10(366) 浮草
64 1975/12/08(370) 浮草
65 1976/01/12(374) 浮草
66 1976/03/29(386) 鬼面児
67 1976/05/24(394) 鬼面児
68 1976/07/12(401) にっぽん流行歌
69 1976/09/13(410) お父さん
70 1976/11/08(418) お父さん
71 1977/02/21(433) 花染め音次郎   
72 1981/04/20(649) さすらい情話

(補足)
・1968年12月の初出演時~1977年2月出演時までの間でリリースされたシングルA面曲のうち、以下の曲は番組内では歌われなかった模様。
①「敦賀とてもすきすき」(1969年8月発売)・・・企画盤のため披露せず。
②「ありがとうの歌」(1970年5月発売)・・・水前寺主演による他局のテレビドラマ主題歌(TBS系「ありがとう」主題歌)のため披露せず。
③「浪花太鼓」(1971年9月発売)・・・B面曲「大阪パレード」が他局の系列局及び資本関係にある新聞社と関連のある楽曲だったため披露せず(「大阪パレード」は読売テレビ・読売新聞大阪本社選定「新しい大阪のうた」として製作された楽曲)。
④「青空浪人の唄」(1971年10月発売)・・・他局のテレビドラマ主題歌(日本テレビ系「青空浪人」主題歌)のため披露せず。
⑤「おどんが国は」(1971年12月発売)・・・NHK「みんなのうた」の楽曲として製作された企画盤のため披露せず。
⑥「大逆転のマーチ」(1972年10月発売)・・・同時期発売の「昭和放浪記」のプロモーションが優先されたため披露せず。
⑦「指言葉の歌」(1972年12月発売)・・・企画盤のため披露せず。
⑧「どこかでありがとう」(1974年1月発売)・・・水前寺主演による他局のテレビドラマ主題歌(TBS系「ありがとう」エンディング曲)のため披露せず。
⑨「ハナハナハナ」(1974年4月発売)・・・B面曲「ああ人生浮き沈み」が当時フジテレビ系で放映されていた水前寺主演ドラマ(「ほうねんまんさく」)の主題歌として採用された関係でドラマのプロモーションの一環としてB面曲を優先したため披露せず。
⑩「あたしのものよ」(1974年12月発売)・・・水前寺主演による他局のテレビドラマ主題歌(TBS系「あたしのものよ」主題歌)のため披露せず。
⑪「みつばちマーヤの冒険」(1975年4月発売)・・・フジテレビ系アニメの同名主題歌だが、当時の同番組の方針として放送局の如何に関わらずテレビアニメ主題歌での番組出演に消極的な姿勢だったため披露できなかった模様。
⑫「君は青空を見たか」(1975年8月発売)・・・プロモーション期間中での番組出演実績なし。
⑬「明日がござる」(1975年11月発売)・・・水前寺主演による他局のテレビドラマ主題歌(TBS系「明日がござる」主題歌)のため披露できず。
⑭「しあわせ橋」(1976年3月発売)・・・同時期発売の「鬼面児」のプロモーションを優先したため披露せず。
⑮「お前のふるさとどこなんだ」(1977年2月発売)・・同時期発売の「花染め音次郎」のプロモーションを優先したため披露せず。