伝説の歌番組・夜のヒットスタジオを語る

伝説の音楽番組「夜のヒットスタジオ」の22年間の足跡を通じて、日本の歌謡界が最も輝いていた時代を振り返ります。

"伝説の歌番組"を盛り上げた"伝説の名曲"たち-ヒットスタジオで歌われた阿久悠作品の数々

2007-08-06 | 夜のヒットスタジオ/番組史
先日、亡くなられた「歌謡曲黄金時代の大功労者」、作詞家の阿久悠さんを追悼する意味で、夜ヒットで歌われた阿久作品のを分かる範囲でリストアップしてみました。

<1969年>
11月5日:その時私に何が起こったの?/和田アキ子-1969年11月10日(第54回)
<1970年>
1月25日:白い蝶のサンバ/森山加代子-1970年3月16日(第72回)
8月1日:真夏のあらし/西郷輝彦-1970年8月3日(第92回)
10月(日付不明):棄てるものがあるうちはいい/北原ミレイ-1971年5月3日(第131回)
<1971年>
2月25日:また逢う日まで/尾崎紀世彦-1971年5月31日(第135回)
3月1日;約束/フォーリーブス-1971年4月19日(第129回)
4月25日:昨日・今日・明日/井上順之-1971年5月31日(第135回)
4月25日:さだめのように川は流れる/杏真理子-1971年10月4日(第153回)
6月5日:天使になれない/和田アキ子-1971年7月5日(第140回)
7月25日:とても不幸な朝がきた/黛ジュン-1971年6月28日(第139回)
7月25日:さよならをもう一度/尾崎紀世彦-1971年8月9日(第145回)
10月25日:今日で終って/ちあきなおみ-1971年10月18日(第155回)
11月5日:夜明けの夢/和田アキ子-1971年10月25日(第156回)
11月25日:愛する人はひとり/尾崎紀世彦-1971年11月15日(第159回)
<1972年>
1月25日:京都から博多まで/藤圭子-1972年1月31日(第170回)
1月25日:幸福への招待/堺正章-1972年5月22日(第186回)
1月25日:本牧メルヘン/鹿内孝-1972年2月14日(第172回)
2月10日:恋した女/ちあきなおみ-1972年2月21日(第173回)
3月25日:あの鐘を鳴らすのはあなた/和田アキ子-1972年3月13日(第176回)
3月25日:ふたりは若かった/尾崎紀世彦-1972年3月13日(第176回)
3月25日:この愛に生きて/内山田洋とクールファイブ-1972年3月27日(第178回)
6月5日:どうにもとまらない/山本リンダ-1972年6月19日(第190回)
6月25日:夏の夜のサンバ/和田アキ子-1972年6月19日(第190回)
7月1日:ブルージンの子守唄/萩原健一-1972年8月7日(第197回)
7月1日:せんせい/森昌子-1972年8月14日(第198回)
7月25日:恋唄/内山田洋とクールファイブ-1972年7月24日(第195回)
9月5日:狂わせたいの/山本リンダ-1972年9月18日(第203回)
10月5日:同級生/森昌子-1972年11月20日(第212回)
10月20日:昭和放浪記/水前寺清子-1972年10月16日(第207回)
10月25日:放浪(さすらい)船/森進一-1972年10月30日(第209回)
10月25日:あなたに賭ける/尾崎紀世彦-1972年11月13日(第211回)
11月25日:じんじんさせて/山本リンダ-1972年11月20日(第212回)
11月25日:冬物語/フォー・クローバーズ-1973年1月29日(第222回)
<1973年>
1月15日:若草の髪かざり/チェリッシュ-1973年2月12日(第224回)
2月5日:中学三年生/森昌子-1973年2月19日(第225回)
2月25日:狙いうち/山本リンダ-1973年2月19日(第225回)
2月25日:しのび逢い/尾崎紀世彦-1973年3月19日(第229回)
2月25日:天使も夢みる/桜田淳子-1973年5月28日(第239回)
5月25日:コーヒーショップで/あべ静江-1973年6月4日(第240回)
6月10日:渚にて/いしだあゆみ-1973年7月30日(第248回)
6月25日:街の灯り/堺正章-1973年9月17日(第255回)
9月10日:愛の氷河/いしだあゆみ-1973年9月10日(第254回)
10月5日:冬の旅/森進一-1973年10月1日(第257回)
10月21日:愛さずにいられない/野口五郎-1973年10月15日(第259回)
11月5日:花物語/桜田淳子-1973年11月26日(第265回)
12月10日:きりきり舞い/山本リンダ-1973年12月10日(第267回)
<1974年>
1月(日付不明):突然の愛/あべ静江-1974年1月7日(第270回)
2月5日:こころの叫び/野口五郎-1974年1月28日(第273回)
2月25日:三色すみれ/桜田淳子-1974年4月1日(第282回)
3月10日:円舞曲(わるつ)/ちあきなおみ-1974年2月25日(第277回)
3月10日:花のようにひそやかに/小柳ルミ子-1974年4月1日(第282回)
4月10日:真赤な鞄/山本リンダ-1974年4月29日(第286回)
4月15日:さらば友よ/森進一-1974年4月1日(第282回)
5月25日:黄色いリボン/桜田淳子-1974年7月8日(第296回)
7月10日:奇蹟の唄/山本リンダ-1974年8月5日(第300回)
8月25日:闇夜にドッキリ/山本リンダ-1974年9月30日(第308回)
8月25日:花占い/桜田淳子-1974年10月21日(第311回)
8月(日付不明):秋日和/あべ静江-1974年8月26日(第303回)
9月1日:かなしみ模様/ちあきなおみ-1974年9月30日(第308回)
9月15日:北航路/森進一-1974年9月2日(第304回)
12月5日:はじめての出来事/桜田淳子-1974年12月2日(第317回)
<1975年>
3月5日:ひとり歩き/桜田淳子-1975年2月24日(第329回)
4月25日:二重唱(デュエット)/岩崎宏美-1975年6月16日(第345回)
5月(日付不明):乳母車/菅原洋一-1975年6月30日(第347回)
6月5日:十七の夏/桜田淳子-1975年7月7日(第348回)
7月25日:ロマンス/岩崎宏美-1975年11月24日(第368回)
8月21日:時の過ぎゆくままに/沢田研二-1975年9月1日(第356回)
8月25日:天使のくちびる/桜田淳子-1975年9月1日(第356回)
10月25日:センチメンタル/岩崎宏美-1975年12月15日(第371回)
11月25日:ゆれてる私/桜田淳子-1975年11月17日(第367回)
12月1日:北の宿から/都はるみ-1975年12月8日(第370回)
<1976年>
1月10日:故郷/森進一-1976年1月19日(第376回)
1月21日:立ちどまるなふりむくな/沢田研二-1976年1月26日(第377回)
1月25日:ファンタジー/岩崎宏美-1976年3月22日(第385回)
2月1日:おもいで岬/新沼謙治-1976年3月15日(第384回)
2月21日:二日酔い/梓みちよ-1976年3月8日(第383回)
2月25日:君よ抱かれて熱くなれ/西城秀樹-1976年2月23日(第381回)
2月25日:泣かないわ/桜田淳子-1976年2月23日(第381回)
3月1日:おまえさん/木の実ナナ-1976年5月17日(第393回)
4月5日:みかん/大竹しのぶ-1976年4月5日(第387回)
4月25日:未来/岩崎宏美-1976年4月26日(第390回)
5月25日:夏にご用心/桜田淳子-1976年5月24日(第394回)
6月1日:嫁に来ないか/新沼謙治-1976年6月28日(第399回)
6月5日:ジャガー/西城秀樹-1976年6月14日(第397回)
6月5日:踊り子/フォーリーブス-1976年6月28日(第399回)
6月25日:夏八景/麻丘めぐみ-1976年7月26日(第403回)
7月21日:二十二歳まで/ダークダックス-1976年8月23日(第407回)
8月1日:霧のめぐり逢い/岩崎宏美-1976年8月16日(第406回)
8月21日:青春時代/森田公一とトップギャラン-1976年9月13日(第410回)
8月25日:ペッパー警部/ピンクレディー-1976年12月20日(第424回)
8月25日:ねえ!気がついてよ/桜田淳子-1976年9月6日(第409回)
9月5日:若き獅子たち/西城秀樹-1976年9月20日(第411回)
11月5日:ドリーム/岩崎宏美-1976年10月25日(第416回)
11月25日:SOS/ピンクレディー-1977年1月3日(第426回)
12月5日:もう一度だけふり向いて/桜田淳子-1976年12月13日(第423回)
12月20日:ラスト・シーン/西城秀樹-1976年12月20日(第424回)
<1977年>
1月1日:雨やどり/都はるみ-1977年2月28日(第434回)
1月1日:津軽海峡・冬景色/石川さゆり-1977年3月14日(第436回)
1月25日:想い出の樹の下で/岩崎宏美-1977年2月7日(第431回)
2月1日:さよならを言う気もない/沢田研二-1977年1月10日(第427回)
2月1日:ヘッドライト/新沼謙治-1977年1月24日(第429回)
2月25日:あなたのすべて/桜田淳子-1977年2月14日(第432回) 
3月10日:カルメン'77/ピンクレディー-1977年3月28日(第438回)
3月15日:ブーメランストリート/西城秀樹-1977年3月14日(第436回)
4月25日:悲恋白書/岩崎宏美-1977年5月2日(第443回)
5月10日:能登半島/石川さゆり-1977年8月8日(第457回)
5月21日:勝手にしやがれ/沢田研二-1977年5月23日(第446回)
5月25日:気まぐれヴィーナス/桜田淳子-1977年5月9日(第444回)
6月5日:セクシーロックンローラー/西城秀樹-1977年6月13日(第449回)
6月10日:渚のシンドバッド/ピンクレディー-1977年6月27日(第451回)
6月25日:気絶するほど悩ましい/Char-1977年7月25日(第455回)
7月5日:熱帯魚/岩崎宏美-1977年7月18日(第454回)
8月21日:過ぎてしまえば/森田公一とトップギャラン-1977年8月29日(第460回)
9月1日:暖流/石川さゆり-1977年9月12日(第462回)
9月5日:思秋期/岩崎宏美-1977年9月12日(第462回)
9月5日:もう戻れない/桜田淳子-1977年8月22日(第459回)
9月5日:ウォンテッド(指名手配)/ピンクレディー-1977年9月5日(第461回)
9月5日:憎みきれないろくでなし/沢田研二-1977年9月5日(第461回)
9月5日:ボタンを外せ/西城秀樹-1977年9月26日(第464回)
10月5日:東京物語/森進一-1977年10月31日(第469回)
11月25日:逆光線/Char-1977年12月5日(第474回)
12月5日:UFO/ピンクレディー-1977年12月12日(第475回)
<1978年>
1月1日:ブーツをぬいで朝食を/西城秀樹-1977年12月26日(第477回)
1月25日:二十才前(はたちまえ)-1978年1月16日(第480回)
2月1日:サムライ/沢田研二-1978年1月30日(第482回)
2月5日:甘ったれ/森進一-1978年1月30日(第482回)
3月25日:闘牛士/Char-1978年4月10日(第492回)
3月25日:サウスポー/ピンクレディー-1978年3月13日(第488回)
3月25日:狼なんか怖くない/石野真子-1978年3月27日(第490回)
4月1日:砂になりたい/石川さゆり-1978年5月8日(第496回)
5月5日:あざやかな場面/岩崎宏美-1978年5月1日(第495回)
5月21日:ダーリング/沢田研二-1978年5月22日(第498回)
5月25日:林檎抄/森進一-1978年5月29日(第499回)
5月25日:炎/西城秀樹-1978年6月5日(第500回)
6月21日:林檎殺人事件/郷ひろみ・樹木希林-1978年6月12日(第501回)
6月25日:モンスター/ピンクレディー-1978年6月19日(第502回)
6月25日:わたしの首領(ドン)/石野真子-1978年7月10日(第505回)
7月1日:火の国へ/石川さゆり-1978年6月26日(第503回)
7月25日:シンデレラ・ハネムーン/岩崎宏美-1978年7月17日(第506回)
8月5日:たそがれ・マイラブ/大橋純子-1978年9月4日(第513回)
8月25日:ブルースカイブルー/西城秀樹-1978年8月28日(第512回)
9月5日:透明人間/ピンクレディー-1978年8月28日(第512回)
9月5日:彼岸花/森昌子-1978年9月18日(第515回)
9月10日:LOVE(抱きしめたい)/沢田研二-1978年9月4日(第513回)
10月5日:失恋記念日/石野真子-1978年10月16日(第519回)
12月5日:カメレオン・アーミー/ピンクレディー-1978年12月11日(第527回)
12月25日:送春曲/野口五郎ー1978年12月18日(第528回)
<1979年>
2月1日:カサブランカ・ダンディ/沢田研二-1979年2月19日(第537回)
2月25日:サンタモニカの風/桜田淳子-1979年3月19日(第541回)
4月5日:プリティー・プリティー/石野真子-1979年4月9日(第544回)
4月21日:真夏の夜の夢/野口五郎-1979年4月2日(第543回)
5月21日:OH! ギャル/沢田研二-1979年5月21日(第550回)
5月25日:舟唄/八代亜紀-1979年6月11日(第553回)
5月25日:MISS KISS/桜田淳子-1979年6月25日(第555回)
6月21日:いつも心に太陽を/郷ひろみ-1979年6月11日(第553回)
7月5日:波乗りパイレーツ/ピンクレディー-1979年7月16日(第558回)
7月5日:ワンダー・ブギ/石野真子-1979年8月6日(第561回)
7月10日:女になって出直せよ/野口五郎-1979年7月2日(第556回)
7月25日:赤道直下/ジョニー大倉-1979年8月20日(第563回)
9月9日:マンデー・モナリザ・クラブ/ピンクレディー-1979年9月10日(第566回)
<1980年>
4月25日:雨の慕情/八代亜紀-1980年4月7日(第595回)
5月1日:涙きらり/森進一-1980年5月5日(第599回)
9月22日:酒場でDABADA/沢田研二-1980年9月22日(第619回)
9月25日:港町絶唱/八代亜紀-1980年9月22日(第619回)
10月25日:燃えつきて/大橋純子-1980年11月17日(第627回)
<1981年>
4月1日:もしもピアノが弾けたなら/西田敏行-1981年6月8日(第656回)
9月5日:めらんこりぃ白書/柏原よしえ-1981年9月21日(第671回)
<1982年>
1月10日:麗人/沢田研二-1982年1月11日(第687回)
3月14日:愛しつづけるボレロ/五木ひろし-1982年3月15日(第696回)
7月5日:契り/五木ひろし-1982年6月28日(第711回)
10月25日:居酒屋/五木ひろし・木の実ナナ-1983年3月14日(第747回)
<1983年>
1月25日:心乱して運命かえて/内藤やす子-1983年2月7日(第742回)
5月12日:素敵にシンデレラ・コンプレックス/郷ひろみ-1983年5月16日(第756回)
5月21日:純愛さがし/高田みづえ-1983年5月30日(第758回)
5月21日:湘南哀歌/山本譲二-1983年8月1日(第767回)
8月21日:日本海/八代亜紀-1983年8月29日(第771回)
9月1日:ほっといてくれ/郷ひろみ-1983年9月5日(第772回)
10月(日付不明)/銀座の雨の物語/小西博之・清水由貴子-1983年10月17日(第778回)
<1984年>
5月21日:未完の肖像/岩崎宏美-1984年5月21日(第808回)
5月23日:騎士道/田原俊彦-1984年5月14日(第807回)
8月5日:北の蛍/森進一-1984年9月3日(第823回)
<1985年>
7月21日:夏ざかりほの字組/Toshi&Naoko(田原俊彦・研ナオコ)-1985年7月17日(第867回)
12月1日:熱き心に/小林旭-1986年10月15日(第931回)
<1986年>
3月5日:Hardにやさしく/田原俊彦-1986年3月12日(第900回)
4月21日:わたしを棄てたらこわいよ/内藤やす子-1986年6月11日(第913回)
6月19日:ベルエポックによろしく-WHAT'S 55-/田原俊彦-1986年6月4日(第912回)
6月25日:もう一度ふたりで歌いたい/和田アキ子-1986年7月9日(第917回)
9月21日:あッ/田原俊彦-1986年9月17日(第927回)
10月22日:女神/沢田研二-1986年10月22日(第932回)
11月25日:旅空夜空/小林旭-1987年2月18日(第949回)
<1987年>
1月21日:KID/田原俊彦-1987年1月14日(第944回)
3月21日:きわどい季節-Summer gruffiti-/沢田研二-1987年6月3日(第964回)
4月1日:追憶/五木ひろし-1987年4月1日(第955回)
5月1日:A・r・i・e・s/柏原芳恵-1987年5月27日(第963回)
5月21日:夜叉のように/山本譲二-1987年11月18日(第988回)
8月25日:抱擁/和田アキ子-1987年10月7日(第982回)
10月5日:花も嵐も放浪記/五木ひろし-1987年10月7日(第982回)
10月26日:冬の孔雀/柏原芳恵-1987年10月14日(第983回)
<1988年>
3月21日:豊後水道/川中美幸-1988年4月6日(第1008回)
4月21日:かもめの歌/八代亜紀-1988年6月8日(第1017回)
7月15日:恋するような友情を/シブがき隊-1988年7月6日(第1021回)
8月22日:湊の五番町/五木ひろし-1988年8月24日(第1028回)
10月26日:Stranger-Only tonight-/沢田研二-1988年10月26日(第1037回)
12月1日:絆/五木ひろし-1988年12月14日(第1044回)
<1989年>
11月1日:学園天国/小泉今日子-1989年10月25日(第1086回)
<1990年>
2月10日:花-ブーケ-束/八代亜紀-1990年2月14日(第1101回)

これらはほんの一部で、実際はもっと多くの曲が夜ヒットでも披露されていた可能性が高いです。
特に特筆すべきは1976~1978年辺りの作品の多さで、その多くがヒットチャート上位に入る大ヒットとなっており、この時代の音楽賞レースを席巻した作品がズラリと並んでいます。また、夜ヒットという番組史においてもほぼ毎週、最低でも1~2曲は彼の作品が紹介されていたわけで、その点から見ても、いかに一時代を築いた作家であったかが一目瞭然だと思います。

1980年代に入ると、徐々に作詞家としての活動よりも「瀬戸内少年野球団」などに代表される小説家・エッセイストとしての活動に重きが置かれるようになっていき、作詞を手がける頻度もスローペースとなっていきましたが、秋元康や松本隆ら1980年代の歌謡界を代表する作詞家の活躍しやすい土壌を築いたのは紛れもなく、阿久さんや、彼のライバルと目されていたなかにし礼などといった先駆者たちの功績によるところが大きいと思います。阿久さんやなかにし礼、故・安井かずみさんらが台頭する以前の日本の歌謡曲の詞的世界はどちらかといえば、没個性的で定式ばったところがかなりあったように思いますが、彼らの台頭により、その世界観は劇的に拡大されたといえます。
それまでの「定式」をある程度崩壊させ、旧来型のよき伝統は堅守しつつも「時代が求めるニーズ」に敏感にアンテナを張り巡らせ、そして独特の感性によりそのニーズを自分なりに咀嚼(そしゃく)し、その上で個性的な詞的世界を創出して、ニーズに巧みに応えてゆく。今ではこういう捉え方は作詞家業においてはスタンダードすぎる考え方なのかもしれませんが、そのような新たな「規範意識」ともいうべきものを見事に浸透させた、という意味においても、阿久悠さんの名前とその偉業の数々は、今後も語り継がれて然るべきものといえると思います。

晩年、阿久さんは「歌謡曲における詞の力が弱まっている」と幾度となくインタビューに応じる際に、現代の音楽界に対する警鐘を鳴らしていました。それは、やはり「作詞家というポジションの向上に努めた」「作詞に対する意識の新たなスタンダードを築いた」という自負から出た重みのある言葉であると思います。現代の音楽界は詞の世界観が、そのやや乱暴な表現故に何度聞いても伝わりにくく、詞よりも音楽・サウンドという部分がかなり偏重されてしまっており(特に唄ありの音楽が主に「ダンスミュージック」という形で使われているのは個人的には「愚の骨頂」でしかないと感じます)、その点が日本の歌謡界を「くだらない」ものとしていることは否定できないでしょう。それはその時代時代のクリエーターが生まれ育ってきた環境によるところが大なわけで、それを劇的に改善する手立てを構築するというのはかなり難しいのも事実です。ただ、それだからといって、単に「あの人はすごかった、自分たちは追いつけない」といった単純な考えでその先駆者たちの偉業を純客観視するのではなく、先駆者たちの偉業の数々を主観的に捉え、そこから「詞と音の均衡をどうとるべきか」という部分を追求して、真に優れた作品を世に送り出してゆく。それぐらいの努力はすべきだろうと思います。明らかに現在人気のあるJ-POPのクリエーターたちはそういった本来為すべき「過去の偉業の研鑽」を怠惰しているようにしか思えない。それぐらいにレベルが低い作品が多すぎるような気がします。

そういった意味でも阿久さんのような抜群の存在感を以って毅然と真っ向から、今の音楽界に批判と提言をすることができる人物がいなくなってしまうのは大変残念なことであり、音楽界においてももっと彼が指摘をし、提案をし、改善をしていきたかったことも多かったであろうことを考慮すると、日本の音楽界にとり、彼の死去は、日本の歌謡界の大きな損失であると言わざるをえないでしょう。

今一度、「今」を駆け抜けるクリエーターに「音楽」「歌謡曲」というものの本来あるべき姿、どれを「守り」、どれを「壊す」のか、その程よい境界線がどこにあるのか、そういったものをこの阿久さんの死をきっかけとして追求してほしいところです。

夜ヒットを彩った俳優たち<7> 1968年-1970年

2007-03-11 | 夜のヒットスタジオ/番組史
1970/12/21(0112) 那智わたる/ためらいながら
1970/12/14(0111) 北大路欣也/矢は放たれた
1970/11/30(0109) 高岡健二/つらい別れさ
1970/11/23(0108) 松山英太郎<特別ゲスト>
1970/11/23(0108) 吉沢京子/そっとしといてネ
1970/11/16(0107) 長沢純/川口晶夫妻<特別ゲスト>
1970/11/02(0105) 朝丘雪路/雨がやんだら
1970/11/02(0105) 和田浩治/小さなあやまち
1970/10/26(0104) 上月晃/(不詳) 
1970/10/19(0103) 加山雄三/追いつめられて
1970/10/12(0102) 前田美波里/いいことばかりないわ
1970/10/12(0102) 岡田可愛/小さな日記
1970/10/05(0101) 藤岡琢也/人生わらべ唄
1970/10/05(0101) 酒井和歌子/瀬戸の夕焼け
1970/09/14(0098) 倍賞千恵子/私をどうするの
1970/09/07(0097) 藤(富司)純子/おんなの命
1970/09/07(0097) 丸山(美輪)明宏/(不詳)
1970/08/17(0094) 吉沢京子/すっ跳べ青春
1970/07/27(0091) 岡田可愛/わたし、癖になってしまったの
1970/07/13(0089) 由美かおる/(不詳)
1970/06/29(0087) 加山雄三/美しいヴィーナス
1970/06/15(0085) 黒沢年男/明日にいのちを
1970/06/08(0084) 左ト全(とひまわりキティーズ)/老人と子供のボルカ
1970/05/11(0080) 桜木健一/恋はうそつき
1970/05/04(0079) 岡田可愛/わたし、癖になってしまったの
1970/04/27(0078) 千葉真一/一匹狼
1970/04/20(0077) 吉永小百合/人生の夜明け
1970/03/23(0073) 団次郎(時朗)/甘い予感
1970/03/16(0072) 上月晃/夜明けの砂丘
1970/03/09(0071) 吉沢京子/幸せってなに?
1970/03/02(0070) 中山千夏/止まらない汽車
1970/02/16(0068) 三田佳子/ごめんあそばせ あなた
1970/02/09(0067) 大谷直子/(不詳)
1970/01/12(0063) 松方弘樹/同期の桜
1970/01/05(0062) 勝新太郎/(不詳)
1969/12/29(0061) 津川雅彦/(不詳)
1969/12/22(0060) 高岡健二/北国は孤独な春
1969/12/15(0059) 岡田眞澄/(不詳)
1969/12/01(0057) 森田健作/あの時君は天使だった
1969/11/24(0056) 竹脇無我/(不詳)
1969/11/24(0056) 高岡健二/北国は孤独な春
1969/11/10(0054) 加山雄三/俺たち
1969/11/03(0053) 山口崇/(不詳)
1969/10/27(0052) 石原裕次郎/白樺の湖
1969/10/27(0052) 中山千夏/あなたの心に
1969/10/20(0051) 藤巻潤/ポルトガルはヨーロッパの果て
1969/10/20(0051) 高岡健二/あの日渚で
1969/10/13(0050) 渡哲也/ギターと旅びと
1969/09/29(0048) 大原麗子/(不詳)
1969/09/15(0046) 浅丘ルリ子/愛の化石
1969/09/08(0045) 小川ローザ/風がくれた涙
1969/09/01(0044) 谷隼人/薔薇と皮ジャン
1969/08/25(0043) 高岡健二/あの日渚で
1969/08/04(0040) 勝新太郎/座頭市物語
1969/08/04(0040) 吉永小百合/もうすぐ陽がのぼる
1969/07/14(0037) 上月晃/ク・クル・ク・ク・パロマ
1969/03/31(0022) 吉永小百合/愛ある限り
1969/03/03(0018) 倍賞美津子/(不詳)
1969/01/06(0010) 松原智恵子<特別ゲスト>
1968/11/11(0002) 加山雄三/めぐり逢い

(注釈)
◆いしだあゆみ、小川知子については1977年以降の出演分、木の実ナナについては1976年以降の出演分について「俳優」扱いとしています(夜ヒットへの出演頻度の減少、ドラマ・映画出演機会の増加等の理由により)。
◆朝丘雪路出演分については、1974年4月の司会就任時以前のみに限り記載しています。
◆世良公則出演分については、1982年のソロ初出演以降につき「俳優」扱いでリスト内に記載しています。

夜ヒットにおける「歌う俳優シリーズ」第1号の出演者は、放送第2回目、1968年11月11日放送に出演をした加山雄三。
彼も1988年9月28日放送の「旅人よ」「ちょっとだけストレンジャー」まで幾度も夜ヒットに顔を出した大御所俳優の一人ですが、特に初代の男性司会者である前田武彦とは船やヨットなどといった共通の趣味を持っており、私的にも親交が深かったこともあってか、初期の頃に多数番組に出演しています。

当時の加山は「若大将シリーズ」という東宝の看板映画シリーズを担うスター俳優であったわけですが、彼に限らず、石原裕次郎・勝新太郎・渡哲也・浅丘ルリ子・藤純子・吉永小百合といった各映画会社の看板スターも早々に夜ヒットには出演しています。

以前にも申し上げた通り、番組がスタートした頃の夜22時台というのは限りなく深夜に近い感覚であり、映画界の看板スターがこの時間の生放送に出演し、しかも歌を披露する、というのは当時の映画界・放送界の常識から言っても異例なことでもありました。スター俳優たちが初期のころから番組への参加を応じていた、その最大の要素はやはり番組の持ち味でもあった「フレンドリーさ」「アットホームさ」というところに拠るものがかなり大きかったようです。

スター俳優への出演交渉の際には、一旦は返答を保留し、半年~1年近く掛けて熟慮に熟慮を重ねた上で、最終的には「歌番組だと変に気構える必要もない」として、番組への出演を受諾するというケースが多かったらしいですが、この頃映画人気が下降線を辿り、テレビ界・演劇界へと活躍の場を移すスター俳優が多くなってきていたことも少なからず影響していたと思いますし、上記の加山雄三の場合もそうですが、司会者との私的に親しいという理由から出演を快諾するケース(たとえば、上記のリストでも津川雅彦や倍賞千恵子は芳村真理がかつて女優時代に松竹に在籍していたことから、いわば「同僚」ともいえる間柄でありましたし、岡田眞澄はモデル時代から芳村と親交がありました)も結構あったようです。また俳優出演時に大物が応援で駆けつけて、華やかさをより際立たせるということも結構あったようで、特に石原裕次郎初出演のときには、勝新太郎が応援で出演し、夜深い生番組で豪華な2ショットが実現した、というエピソードが残されています。

夜ヒットを彩った俳優たち<6> 1971年-1973年

2007-03-11 | 夜のヒットスタジオ/番組史
1973/11/26(0265) 大信田礼子/(不詳)
1973/11/05(0262) 梶芽衣子/怨み節
1973/10/01(0257) 森田健作/青春のバラード
1973/09/03(0253) 朝丘雪路/終わりなき冬の旅
1973/08/06(0249) 石橋正次/雨あがりの出発
1973/07/02(0244) 森田健作/さらば愛の日々
1973/06/25(0243) 石橋正次/雨あがりの出発
1973/06/25(0243) 大信田礼子/愛のくらし
1973/03/19(0229) 石橋正次/お嫁にもらおう
1973/03/19(0229) 山口いづみ/小さな秘密
1973/01/15(0220) 朝丘雪路/さよならの季節
1973/01/15(0220) 山口いづみ/小さな秘密
1972/12/18(0216) 大信田礼子/同棲時代
1972/11/27(0213) 森田健作/若者たち
1972/11/27(0213) 山口いづみ/緑の太陽
1972/10/23(0208) 沖雅也/君と二人で
1972/10/02(0205) 大和田伸也/友よ
1972/09/18(0203) 紀比呂子/(不詳)
1972/09/04(0201) 石橋正次/鉄橋をわたると涙がはじまる
1972/08/21(0199) 朝丘雪路/朝まで待って
1972/08/07(0197) 萩原健一/ブルージンの子守唄
1972/07/31(0196) 大信田礼子/何がどうしてこうなった
1972/07/24(0195) 岸部シロー/バタフライ
1972/07/17(0194) 森田健作/涙によろしく
1972/07/03(0192) 加山雄三/男ひとり
1972/05/29(0187) 石坂浩二/浅丘ルリ子夫妻<特別ゲスト>
1972/05/01(0183) あおい輝彦/夜霧のかなたへ
1972/05/01(0183) 森田健作/若い涙はみな熱い
1972/04/10(0180) 朝丘雪路/お別れしましょう
1972/04/10(0180) 紀比呂子/(不詳)
1972/03/20(0177) 大石悟朗/花のある坂道
1972/03/06(0175) 朝丘雪路/お別れしましょう
1972/02/14(0172) 鹿内孝/本牧メルヘン
1972/02/07(0171) 古城都/愛があれば
1972/01/17(0168) 朝丘雪路/いつもなら
1972/01/03(0166) あおい輝彦/夜霧のかなたへ
1971/12/13(0163) 森田健作/青春の旅
1971/12/06(0162) 大信田礼子/ノックは無用
1971/11/08(0158) 加山雄三/夜のシャッフル
1971/11/01(0157) 千葉真一/野良犬のブルース
1971/10/11(0154) 大信田礼子/ノックは無用
1971/09/27(0152) 朝丘雪路/いつもなら
1971/09/27(0152) 杉良太郎/たとえば"愛"
1971/09/20(0151) 小林旭/ごめんね
1971/08/23(0147) あおい輝彦/一人の旅
1971/08/16(0146) 鶴田浩二/男
1971/08/02(0144) 紀比呂子/二人だけの約束
1971/07/12(0141) 浅丘ルリ子/されどわが愛は死なず
1971/07/05(0140) 倍賞美津子/(不詳)
1971/06/21(0138) 朝丘雪路/いつもなら
1971/05/10(0132) あおい輝彦/二人の世界
1971/05/03(0131) 加山雄三/荒野をもとめて
1971/05/03(0131) 大信田礼子/女はそれを我慢できない
1971/04/26(0130) 真帆志ぶき/ドント・メイク・ミー・オーヴァ-
1971/04/05(0127) 財津一郎/(不詳)
1971/04/05(0127) 朝丘雪路/雨がやんだら
1971/03/29(0126) 黒沢年男/朝には別れを
1971/03/29(0126) 松島トモ子/コーヒーと小犬
1971/03/15(0124) 鶴田浩二/傷だらけの人生
1971/03/08(0123) 那智わたる/(不詳)
1971/03/01(0122) 浜田光夫/(不詳)
1971/02/22(0121) 小林旭/ついてくるかい
1971/02/22(0121) 渥美マリ/好きよ愛して
1971/02/01(0118) 加山雄三/荒野をもとめて
1971/02/01(0118) 朝丘雪路/雨がやんだら
1971/01/25(0117) 柏木由紀子<特別ゲスト>
1971/01/18(0116) 鰐淵晴子<特別ゲスト>
1971/01/11(0115) 和泉雅子/私はジュリエット
1971/01/04(0114) 児島美ゆき/どういうわけか
1971/01/04(0114) 岡田可愛/小さな日記

この時代の俳優陣の常連というと、やはり一連の青春ドラマにより若者のカリスマ的存在となっていた森田健作。
この時期には西城秀樹と共にジョイントコンサートを開くなど、歌手活動も結構活発で、ドラマ関連ながら「友達よ泣くんじゃない」「さらば涙と言おう」とヒット曲にも恵まれていました(ただ、右の2曲は残念ながら、他局のドラマ主題歌であったことから、夜ヒットでは歌われることはありませんでした。この時代はまだ他局の番組主題歌に関しては厳しい制約が課されていたようです)。また、森田と同じく青春ドラマで人気を集めた石橋正次もまた、「夜明けの停車場」の大ヒット(この曲も夜ヒットでは披露されていないようです)を皮切りに歌手活動にも精力的であったこともあり、この時期には準レギュラー格として頻繁に顔を出しています。

このほか、「アテンション・プリーズ」の紀比呂子、「てんきぐらげ」の渥美マリ、「サインはV」の岡田可愛、「ハレンチ学園」の児島美ゆきなど、50代以上の方にとっては懐かしい名前も上記リストの中にはちらほら見られます。

大御所勢では、「傷だらけの人生」が大ヒットした鶴田浩二、「ついてくるかい」「純子」がヒットした小林旭がこの時期に初登場しています。
鶴田浩二はなんと行っても片耳を手で塞ぎながら歌を歌うという独特のスタイルが印象的です。そしてまた彼の歌は戦争を実体験した男らしい「反骨精神」のようなものが流れており、この「傷だらけの人生」もまさに「反骨精神の塊」ともいえるような彼ならではのヒット曲であったと思います。
時はアウトローな生き方がティーンエイジたちに憧憬の念を持ってもてはやされていた時代。彼の歌うこの「傷だらけの人生」に流れる「反骨」さが時代と不思議にマッチして、この歌がヒットしたと言えるのかもしれません。

小林旭は同じく日活黄金時代を支えた石原裕次郎と並ぶ戦後派の「歌う映画スター」の代表格的存在です。
歌手としての全盛期はやはり1960年代ということになると思いますが、その後も「ついてくるかい」「昔の名前で出ています」「熱き心に」がヒットし、大御所俳優の中でも夜ヒットでは比較的出演機会が多かった俳優の一人でもありました。
彼にまつわる夜ヒットでのシーンで思い出されるのは、時代は下りますが、1986年10月15日放送における「熱き心に」で、100人規模の合唱団を従えて、堂々とした歌いっぷりを披露したシーンが印象深いです。銀幕全盛時代を生きたスターならではの彼のオーラがスタジオ一面を包み込む、説得力のあるステ-ジングでした。

夜ヒットを彩った俳優たち<5> 1974年-1978年

2007-03-11 | 夜のヒットスタジオ/番組史
1978/12/11(0527) 上月晃/ジタン(女の生き方)
1978/11/20(0524) 小林旭/北海岸
1978/08/21(0511) 樹木希林/林檎殺人事件(×郷ひろみ)
1978/08/07(0509) 樹木希林/林檎殺人事件(×郷ひろみ)
1978/07/31(0508) あおい輝彦/小麦色のビーナス
1978/07/24(0507) 木の実ナナ/うぬぼれワルツ
1978/07/10(0505) 樹木希林/林檎殺人事件(×郷ひろみ)
1978/07/03(0504) いしだあゆみ/今夜は星空
1978/06/12(0501) 樹木希林/林檎殺人事件(×郷ひろみ)
1978/05/08(0496) 市川染五郎(松本幸四郎)/野バラ咲く路
1978/04/24(0494) 黒沢年男/時には娼婦のように
1978/04/17(0493) 竹下景子/結婚してもいいですか
1978/03/27(0490) 石原裕次郎/昭和たずねびと/夜霧よ今夜もありがとう~赤いハンカチ
1978/03/06(0487) あおい輝彦/バラの渚
1978/01/09(0479) 小川知子/雨の降る街
1977/11/28(0473) 十朱幸代/セイタチアワダチ草/北の子守唄
1977/11/21(0472) いしだあゆみ/港・坂道・異人館 
1977/10/17(0467) あおい輝彦/ジャニスを聞きながら
1977/09/26(0464) あおい輝彦/ジャニスを聞きながら
1977/08/15(0458) 加山雄三/もえる草原/お嫁においで~君といつまでも(×アグネス・ラム)
1977/08/01(0456) あおい輝彦/センチメンタル・カーニバル
1977/07/04(0452) あおい輝彦/センチメンタル・カーニバル
1977/06/13(0449) あおい輝彦/センチメンタル・カーニバル
1977/05/16(0445) 木の実ナナ/紅ほうずき
1977/05/02(0443) 小川知子/ドライブイン物語
1977/04/11(0440) いしだあゆみ/ちょっと淋しい春ですね
1977/04/04(0439) あおい輝彦/Hi-Hi-Hi
1977/03/07(0435) あおい輝彦/Hi-Hi-Hi
1977/02/14(0433) 小林旭/北へ/アキラのダンチョネ節~北帰行~昔の名前で出ています
1977/01/24(0429) あおい輝彦/Hi-Hi-Hi
1977/01/17(0428) 森田健作/兄妹
1977/01/17(0428) 前田美波里/よまいごと
1976/12/20(0424) あおい輝彦/君が優しすぎるから
1976/11/15(0419) 小林旭/昔の名前で出ています
1976/11/08(0418) あおい輝彦/君が優しすぎるから
1976/11/01(0417) 中村雅俊/時
1976/10/18(0415) 坂上二郎/酒場のタンゴ
1976/10/04(0413) 木の実ナナ/愛人
1976/09/13(0410) 黒沢年男/すれちがい
1976/09/06(0409) 木の実ナナ/愛人
1976/08/16(0406) あおい輝彦/あなただけに
1976/07/19(0402) あおい輝彦/あなただけに
1976/05/17(0393) 木の実ナナ/おまえさん
1976/04/05(0387) 大竹しのぶ/みかん
1976/03/01(0382) 木の実ナナ/おまえさん
1975/10/06(0361) 黒沢年男/気がかり
1975/08/25(0355) 加納竜/エロスの海
1975/07/28(0351) 森田健作/はだしの冒険
1975/06/09(0344) 黒沢年男/やすらぎ
1975/05/19(0341) 森田健作/(不詳)
1975/02/03(0326) 森田健作/(不詳)
1975/01/13(0323) 中村雅俊/白い冩眞館
1974/11/04(0313) 中村雅俊/ふれあい 
1974/09/09(0305) 森田健作/両手いっぱいの明日
1974/05/13(0288) 清水章吾/(不詳)
1974/04/08(0283) 坂口良子/青い山脈(×円谷弘之)
1974/02/11(0275) 朝丘雪路/ごめんなさい
1974/01/21(0272) 石橋正次/朝霧の晴れる前に

(補足)このほか歌なしの特別ゲスト扱いで74年4月1日放送に関根恵子、同4月22日放送に多岐川裕美、同5月28日放送に萩原健一がそれぞれ出演。

この時代は何故か俳優陣の出演が少なかったようですが、その中でも「あなただけに」がヒットしたあおい輝彦は、芳村・井上時代前期の常連組の一人として
頻繁に夜ヒットにも顔を出していました。

樹木希林は、当時TBS系で放送されていた「ムー一族」で共演していた郷ひろみとのデュオによる「林檎殺人事件」で1978年に4回出演。ザ・ベストテンは司会の黒柳徹子の扮装を真似たりしたことがあったそうですが、夜ヒットではそういった意表をついた扮装はなかったようです(笑)。黒柳徹子は「玉ねぎヘア」という特徴的なヘアスタイルゆえに真似しやすかったかのでしょうが、夜ヒットの場合では、芳村真理は毎回ヘアスタイルも衣装も全然趣を替えて登場していたので、さすがに「真似するのは無理だ」と判断したんでしょうかね・・・。

また、この後も夜ヒットには多く出演した中村雅俊もこの時代に初出演。初期の頃はドラマでの役柄の雰囲気そのままにベルボトムジーンズに下駄というなんともラフな姿で番組に登場することが多く、華美な衣装を身に纏った歌手たちの中でも一際異彩を放っていました。夜ヒット最終回の際、中村本人は「とても緊張した」と、夜ヒット出演時の心情を回顧していましたが、芳村真理からはそのラフな風貌ゆえに「とても緊張しているようには見えなかった」と評されていたのを思い出します。

夜ヒットを彩った俳優たち<4> 1979年-1981年

2007-03-11 | 夜のヒットスタジオ/番組史
1981/12/14(0683) 時任三郎/川の流れを抱いて眠りたい
1981/11/30(0682) 薬師丸ひろ子/セーラー服と機関銃 
1981/11/23(0680) 烏丸せつこ/JINX(ジンクス)
1981/10/26(0676) 宮崎美子/NO RETURN
1981/10/26(0676) 時任三郎/川の流れを抱いて眠りたい
1981/10/26(0676) 宮内洋/君に捧げるほろ苦いブルース
1981/10/05(0673) 水谷豊/レモンティーで乾杯
1981/09/14(0670) 西田敏行/もしもピアノが弾けたなら
1981/08/24(0667) 真田広之/青春の嵐(ハリケーン)
1981/08/17(0666) 桃井かおり/メイク23秒
1981/08/10(0665) 長山藍子/夢の彼方に港町
1981/07/06(0660) 西田敏行/もしもピアノが弾けたなら
1981/06/22(0658) 柴田恭兵/なんとなくクリスタル
1981/06/15(0657) 杉良太郎/めぐり逢いふたたび
1981/06/08(0656) 西田敏行/もしもピアノが弾けたなら
1981/06/08(0656) 多岐川裕美/彼女と彼
1981/05/25(0654) 寺尾聡/ルビーの指環
1981/05/11(0652) 水谷豊/真夜中のスウィング
1981/05/04(0651) 杉良太郎/めぐり逢いふたたび
1981/04/06(0647) 寺尾聡/ルビーの指環
1981/03/16(0644) 木の実ナナ/夜のパントマイム
1981/03/09(0643) 桃井かおり/バイバイ子守唄
1981/02/23(0641) 寺尾聡/ルビーの指環、ほか
1980/11/17(0627) 多岐川裕美/酸っぱい経験
1980/09/08(0617) 小林旭/あざみ白書
1980/08/11(0613) ジュディ・オング/麗華の夢
1980/07/28(0611) 松坂慶子/夜明けのタンゴ
1980/07/14(0609) 根津甚八/Far Away
1980/07/07(0608) 木の実ナナ/砂の城
1980/07/07(0608) 竹下景子/(不詳)
1980/06/23(0606) ジュディ・オング/麗華の夢
1980/06/09(0604) 松坂慶子/夜明けのタンゴ
1980/05/19(0601) ジュディ・オング/麗華の夢
1980/05/12(0600) 大地真央/マイ・ジュエリー・ラブ
1980/05/05(0599) 水谷豊/あす陽炎
1980/04/28(0598) 松田優作/YOKOHAMA HONKEY TONG BLUES/白昼夢/BONY MORINE
1979/12/24(0581) ジュディ・オング/魅せられて 
1979/11/12(0575) 国広富之/(不詳)
1979/11/05(0574) 杉良太郎/すきま風
1979/10/29(0573) 松坂慶子/愛の水中花
1979/09/10(0566) 松坂慶子/愛の水中花
1979/07/09(0557) ジュディ・オング/魅せられて
1979/06/04(0552) 萩原健一/大阪で生まれた女(×井上尭之・柳ジョージ)
1979/05/21(0550) ジュディ・オング/魅せhられて
1979/05/21(0550) あおい輝彦/サマー・エンジェル
1979/05/14(0549) 黒沢年男/紫すみれ
1979/04/09(0544) 夏木マリ/さよならの鐘
1979/03/26(0542) 鳳蘭/ベルサイユのばら
1979/03/05(0539) 安奈淳/たとえば/愛あればこそ(×郷ひろみ・西城秀樹・野口五郎)
1979/02/12(0536) あおい輝彦/北アルプス

丁度この頃あたりから、俳優の歌う曲の中でもベストテンに何週もランキングされるような大ヒット曲が多く登場するようになりました。
ジュディ・オングの「魅せられて」、寺尾聡の「ルビーの指環」はそれぞれ1979年度・1981年度の日本レコード大賞に輝き、老若男女誰しも知っている国民的ヒット曲となりました。また、この他にも「西遊記」「サンキュー先生」「池中玄太80キロ」「おんな太閤記」などの話題のドラマによって、その三枚目的キャラクターが人気を集めた西田敏行の「もしもピアノが弾けたなら」も「三枚目が表現する小洒落た世界観」が広く親しまれ、これも1981年を代表する大ヒット曲となりました。
これらの俳優が歌う曲の爆発的ヒットを背景として、以降、前述のように数多くの俳優が自らの主演映画・ドラマの主題歌を担当するという慣例が徐々に確立されるようになりました。

しかしながら、この時代の俳優陣からの出演者で一番衝撃的であったのはやはり80年4月28日放送に登場した松田優作でしょうか。
この回では「YOKOHAMA HONKEY TONG BLUES」を始めとして3曲を披露。当時の彼の主演ドラマ「探偵物語」の雰囲気をそのまま歌の中に持ち込み、何とも「ワイルドさ」が際立ったステージング。本職歌手ではまず成立しない、「俳優であるからこそ成立しうるステージング」と言っても過言ではなかったと思います。歌を「歌う」のではなくて、「演じる」という姿勢で彼はこの時の夜ヒットにも参加していた、という気がします。

それから9年後、彼は39歳の若さで壮絶な闘病の末に亡くなってしまいましたが、この夜ヒットでのシーンは彼が死去して程なくの夜ヒットでも追悼の意を込めて再びフルコーラスで再放送され、彼と親交の深かった当時の司会者の加賀まりこが悲しみの余り大泣きしながら哀悼のメッセージを述べていたのが今でも思い出されます。