臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

今日の清水房雄鑑賞(其の5)

2010年11月14日 | 今日の短歌
○  金ですむ事も多いと言ひしのみ向きあひてゐて暑きまひるを

 『風谷』所収、昭和四十六年の作品である。
 「金ですむ事も多い」とあるが、清水房雄氏がこの作品を詠んだ昭和四十六年の夏は、昭和四十年の歳末頃から昭和四十五年の夏頃まで続いた、いわゆる<いざなぎ景気>も一段落を遂げ、長期安定期と呼ばれる時期の入り口に差し掛かった頃ではあるが、やがてやって来る<バブル景気>を前にして、私たち日本人の間に<世の中のことは万事金任せ>といった風潮が兆し始めた頃であるから、教育者としての清水房雄氏の心中にそうした思いがあったとしても不思議とは言えない。
 「金ですむ事も多い」とは、何か早急に対応しなければならない事態に直面して、例によってだんまりを決め込んでいる奥様に対して、清水房雄氏自身が仰った言葉でありましょう。
 その事態は、どんな事態であったのでありましょうか?
 格別親密な間柄でも無かった知人がお金を借りに訪れたのかも知れない。
 親戚や姻戚などの親しい間柄の者が何か事故でも起して、被害者たる相手側から現金での補償を要求されたのかも知れない。
 もっと大胆に言えば、清水房雄氏ご自身の女性問題であったかも知れない。
 作者ご自身が、それ以上の何事も仰って居られないのだから、作者をして「金ですむ事も多い」と言わしめた原因の何たるかは、この評者には知りようも無い。
 只でさえ暑い夏の「まひるを」、本作の作者・清水房雄氏とその奥様の二人は、会話と言えば、只一言「金ですむ事も多い」と言っただけで、それっきりご夫妻とも黙したままで「向きあひて」座っているだけだったのである。
 私たち鑑賞者からすれば、その当時の清水房雄氏は教育者であり、一応は名の知れた歌人でもあったから、その彼の口から、田舎政治家や渡世人の口からでも出るような「金ですむ事も多い」などという不謹慎な言葉が出ようとは、到底信じられない。
 しかし、その言葉は間違いも無く、世間に名の知れた歌人にして教育者の清水房雄氏の口から発せられたものである。
  〔返〕 金で済む事ばかりではない世の中は例えば自作の歌集の評価   鳥羽省三





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