臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

義母・田中禎子を悼む

2010年04月02日 | 我が歌ども
 一昨、三月三十一日の早朝、我が妻の母・田中禎子が冥界の人となった。
 宗旨寺の木翁山香最寺(曹洞宗)から賜わった法名は「娟徳院祖綴春挺大姉」である。
 享年九十一歳、法名に相応しく、焦らず迫らず、常に優しく温かく美しい生涯であった。
 ここ数年は、自宅と病院と介護施設とを往復する日常であったが、その間、我が屋に於いても、再三に亘る私の病気入院、長男の大阪への単身赴任、次男の体調不良とそれに伴っての私たち夫婦の首都圏へのUターン等など、思うだにしなかった緊急切迫した事態ばかりが続いていて、唯一の親たる者への孝行も出来得なかった。
 由って此処に、我が歌稿から彼女に関わる短歌数首を転記して、以って孝心に代えたいと思うのである。
 平成二十二年四月二日、亡き義母・田中禎子の葬儀に際して。  鳥羽省三

 ○ 挽く豆のキリマンジャロに死すべくもなき身に苦き通夜の珈琲

 ○ CDを「シイデイ」などと言ひながらバッハ聴いてたバッパも居たね

 ○ 次男坊がノラと名付けし野良猫の日がな日向に居て鳴き止まず

 ○ 春逝くや義母の手沢の小箪笥に片袖もげし裾濃縮緬

 ○ 花は風きみ鞦韆に揺られゐて義母にひと世の春闌けにけり

 ○ かくなると知らざりし故かなしかる家へと戯れし義母の彼の日は

 ○ 冥途行は突然急行 丑三つのファミリーマートの香典袋

 ○ 火葬場に骨上げを待つ一刻の心解くる閑雅な時間

 ○ 火葬場に骨上げを待つ二時間の心遣らるる懺悔の時間

 ○ 喪の家を抜けて卯月の闇に入る川瀬の音に心遊ばせ

 ○ 梅花藻の清き小花はひれ伏して役内川の水澄みにけり

 ○ 音も無く一夜降りたる春雨の上りし庭の清しさに佇つ
 
 ○ 鬼として誰にぞ義母は「かくれんぼもういいかい」と呼び掛けてるか

 ○ 年毎に人が少なくなり行きていつ訪ねてもふるさとは鄙 

 ○ 「阿ー阿ー」と声引き弱く言ふ時は下の始末を頼むの訴へ

 ○ 現世の耐へ得ぬ辛さ忍ぶごと義母の禎子は口を歪むる   

 ○ 庭見ゆる縁にしばらく休らひて長く息引き其ののち義母は

 ○ 有態に申せば頗る温かく生木に煙る炉端の如し

 ○ パンジーの花咲く庭を見下ろして今朝も二錠の鎮痛剤飲む

 ○ 小安とふ温泉の村を過ぎりにき帰省の折に義父母と共に

 ○ 胴巻きに預金通帳隠し持つ義母の秘密は妻にも言はず

 ○ みめのよき娘二人が嫁ぎ去り残る一人が病母看取れる

 ○ 娘三人次女に付けたる名は翔子われにぞ嫁して鳥羽翔子とふ
 
 ○ 病む義母のめぐりはさびし窓に置くひと鉢の花なほ散らずあれ

 ○ 病む義母のめぐりはわびし籠に盛るメロン一顆のなほ熟れずあれ

 ○ 歳月のかなた微笑むものありて吾を待てると義母は言ひにき

 ○ サチ・キミヰ・ヨネ・ハナ・ケサヨの病む部屋で義母の名前は漢字の禎子

 ○ 秋分の午後を出で来て介護所に義母らの歌ふ『ふるさと』を聴く

 ○ 蒲の穂の綿毛舞ひ飛ぶバイパスを通ひ介護の送迎車ゆく

 ○ 薔薇剪りて蚕豆炊きて経詠みて麗しきかな義母の水無月