私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『告白』 チャールズ・R・ジェンキンス

2013-01-06 21:46:27 | NF・エッセイ・詩歌等

私もあきらめていた――娘たちはやがて工作員になり、数年後には二度と会えなくなるかもしれない。そしてひとみと私は二十年近くそうしてきたように、変わりばえがしない日々を送っていくのだ。そして北朝鮮で死ぬ。それは百パーセント確実だった……。二〇〇二年九月十七日になるまでは。(本文より) 北朝鮮からの帰還者として初めて長い沈黙を破った衝撃の手記。待望の文庫版。
伊藤真 訳
出版社:角川書店(角川文庫)




去年の秋に、両親が佐渡島に行った。その際、本書を買って、著者のジェンキンスさんからサインをもらったとのことである。
そのせいか、実家に帰省したとき父から、読め、読め、と盛んに本書を勧められた。

多分そういう機会がなければ、本書を手に取ることはなかっただろう。
人と同様、本との出会いも一期一会である。


さて、肝心の中身だが、手に取る前に想像していた以上に興味深い内容だった。
それはひとえに、北朝鮮での生活があまりに過酷だという一点に尽きるだろう。それが何よりも目を引く。

著者のジェンキンス氏はベトナムへの派兵を恐れ、それから逃れるため、駐留していた韓国領内から非武装地帯を越えて北朝鮮へと渡る。
彼としては、北朝鮮からソ連に引き渡され、人道的措置によりアメリカに帰れるだろうと目算を立てた上での行動だ。

確かに、東ドイツでならば、それは通用したことだろう。
ただし、当時はわからなかったのも仕方ないけれど、北朝鮮ではそんな常識的なことは通用しないのである。
そうして彼は、北朝鮮という国家的牢獄の中に四十年も閉じ込められることとなる。


北朝鮮で一番過酷なことは何と言っても貧困だ。
外国人の暮らしは北朝鮮内ではマシだが、世界的に見れば、話にならないほどヒドい。

電気は止まるし、石炭を使っての暖房設備はどう見たって大変そうだ。
食糧も配給の米には石が混じっていたり、卵が腐っていたり、とマトモではない。
そのせいか、国内では盗みも盛んで、学校のものが盗まれないよう、児童が見張りに立つとのことらしい。

その貧困から生まれる腐敗が底知れず、ただただ唖然としてしまう。
話には聞いていたけれど本当にひどい国だ。


また北朝鮮は監視社会で、盗聴などは当たり前のように成されていたらしい。
たとえば逃亡米兵のみが集められていた場所で、盗聴器が見つかるなんてことは当たり前であるらしい。
日本に暮らす身としては、信じられない気持ちになる。

そういった環境もあってか、同じ米兵同士でも対立することがある。
たとえば、幹部の歓心を買うため、相手を売ることも辞さないし、あえて敵対することもあったりする。

それは確かに現実的に起こりえることだろう。
そしてそう思うだけに、暗澹たる思いに駆られてしまう。

その他にも、北朝鮮の感性にはおかしい部分が多い。
妊娠できない朝鮮人女性を、元米兵の妻にあてがうところは異様と思うし、曽我ひとみさんが拉致されたときのアサリに関するエピソードも、どう見たって異常である。


そんな中で救いは、彼が曽我ひとみさんと出会い、二人の娘に恵まれたことだろう。
おやすみ、と、グッドナイト、のエピソードには囚われの身となった者同士の絆が感じられるし、北朝鮮を出るときは、何よりもまず娘のことを案じている。

北朝鮮での暮らしを嫌悪しながらも、自ら進んで全否定しないと、著者は語っているが、それは本心から出た言葉なのだろう。
どんな悲惨な中でも、愛する者にめぐり合えたことは数少ない幸運であるらしい。


ともあれ、かの国の生々しい状況と、国家の暴力により個人が翻弄されていく姿には茫然とならざるをえない。
著者の北朝鮮に対する怒りと、家族に対する愛情が感じられ、忘れがたい一品である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿