私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『すべての美しい馬』 コーマック・マッカーシー

2009-10-21 20:40:32 | 小説(海外作家)

1949年。祖父が死に、愛する牧場が人手に渡ることを知った16歳のジョン・グレイディ・コールは、自分の人生を選びとるために親友ロリンズと愛馬とともにメキシコへ越境した。この荒々しい土地でなら、牧場で馬とともに生きていくことができると考えたのだ。途中で年下の少年を一人、道連れに加え、三人は予想だにしない運命の渦中へと踏みこんでいく。
至高の恋と苛烈な暴力を鮮烈に描き出す永遠のアメリカ青春小説の傑作。
黒原敏行 訳
出版社:早川書房(ハヤカワepi文庫)



本作は決して読みやすい作品ではない。
理由はその独特の文体によるところが大きいのだろう。

この小説の文体で特徴的なのは、会話と地の文の区別がないという点が一つ。
そしてもう一つの特徴は、無駄な描写がかなり大胆にそぎ落とされているという点だ。
たとえば、ときどき何の説明もないまま、一気に時間が飛躍したりするし、何の説明も前触れもないまま、物語の流れを変えるような突発事が起こったりする。
そういった説明は後からちゃんとされる。とは言え、慣れないうちは、えっ、つまりどういうことなの?と戸惑うことも多い。

だが慣れてしまうと、逆にその大胆な飛躍や、無駄のなさが楽しく、心地よいとすら感じられるのだ。
それは文体が非常にクールだということが大きいだろう。
淡々と情景を積み重ねているためか、何気ないシーンの中にも詩情が感じられ、胸に響いてならない。
たとえばジョン・グレイディとロリンズが野営するシーンや、野性の馬を馴致するシーン、街の子どもたちと雑談するシーンは、文章の力もあってか、雰囲気も良かったと思う。

そしてそのクールな文体は詩情だけでなく、冷徹さを描くのにも大きな役割を果たしている。
この小説では、グロテスクなシーンが後半になるにつれて、目立つのだが、感情を排除した文章のため、より生々しく感じられる点が目を引いた。
特に刑務所に入ってからの乱闘騒ぎや、銃創を治療するときの描写は本当にすさまじかった。
いくつかの場面では、読みながら、顔をしかめてしまうほどで、文章から痛みが伝わってくるかのようだった。

好き嫌いはわかれそうだが、この文体は小説においては、大きな要素となっているだろう。


文章のことばかり書いたが、物語の方もかなりおもしろい。

主人公のジョン・グレイディは言ってしまえば、家出をしたようなものである。その旅の途中、ブレヴィンスという少年と旅の道連れになるのだが、その少年が原因で、犯罪に巻き込まれることになる。
その過程が単純にエンタテイメントとしておもしろい。
暴力的な要素もあってか、緊迫感が小説中には漂っており、ワクワクしながら読み進めることができる。

犯罪以外のエピソードも充分おもしろい。
牧場で知り合ったアレハンドラとの恋愛なんかは、読んでいてもドキドキさせられるし、メキシコの歴史と絡めて物語を進めるところは、知的好奇心を刺激される。


と基本的には満足なのだが、あえて難を言うなら、結局何が言いたかったのか、よくわからなかったことだろう。
本作は内容的に言うなら、主人公の通過儀礼的な意味合いがあると思うし、この理不尽な世界を、主人公は生きていかなければいけない、という事実も示されている、と思う。
だが小説の着地点がいまひとつ、はっきりとしていないため、ラストは弱かったような気がする。
けれど、それもささいな瑕疵でしかない。

特徴的な文体が美しく、プロットも優れていて、個人的には結構満足している。
気楽に読める類の作品ではないが、僕はこの作品が好きである。

評価:★★★★(満点は★★★★★)


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