私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『ぶらんこ乗り』 いしいしんじ

2007-09-29 21:34:32 | 小説(国内男性作家)

ぶらんこが上手で、指を鳴らすのが上手な少年。ある日、彼は声をなくしてしまったが、以来、動物と会話をすることができるようになり、数多くのつくり話を生み出していった。姉の手に残された少年のノートを通して、姉は初めていなくなってしまった弟の真実を知る。
いしいしんじの第一長編。
出版社:新潮社(新潮文庫)


本書は少女の語り手が、つくり話の天才である弟のことを語るという体裁のお話だ。
その弟のつくり話が非常におもしろい。作者が本当に四歳のときに書いたという「たいふう」はもちろん、「うたうゆうびんはいたつ」の泣きたくなるようなせつなさ、「ユーカリちゅうどく」のコアラたちの行動に対する独自の視点、こばこをわたすやせたおとこの話のオチの上手さ、などなど。短い話の中に強い印象を残すものが多くて、それを読むだけでも楽しい体験である。

もちろん本筋の世界観もすばらしい。
そのリズム感の良い口語体の文章で語られるのは、降ってきたひょうがのどにピンポイントで当たったり、弟の出した声に周囲にいた人間が吐き気をもよおしたりと、どこかマジック・リアリズム的な話だ。
しかしその世界の構築は本当に手際が良くて、その雰囲気を心地よいくらいにすんなりと受け入れることができる。これがいしいしんじの上手さなのだろう、と感嘆するばかりだ。

その物語の中で僕が強く感銘を受けたのは、物語の奥底に流れる優しい視点である。その優しさは読み手である僕の胸にぐいぐいと迫るものがあった。
たとえば両親から届く十枚の手紙の中にある暖かさと幸福感はどうだろう。その後のエピソードでもそうだが、そこでは、誰かを思うという気持ちにあふれていて、読んでいてせつなくなり、そしてどこかおかしな気持ちを引き起こすものがある。そのセンスの高さは圧倒的だ。

姉と弟の関係も優しい感情に溢れている。それを描出するために用いられた、引力、空中ブランコ、ナマケモノの暗喩の上手さに心を奪われてしまった。
それに二回ほど引用されている「いのちがけで手をつなげるのは、ほかでもない、すてきなこととおもうんだよ」の一文には二人のきずなを感じさせるものがあって、心を打たれてしまう。

いしいしんじの作品をまともに読むのは今回が初めてだったが、こんなすてきな作家がいたのか、とただただ驚くばかりだ。これからもぜひとも注目していきたい、そう思わせる作家である。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)
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