私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『高丘親王航海記』 澁澤龍彦

2007-12-09 09:47:00 | 小説(国内男性作家)

貞観七(865)年、高丘親王は唐を発ち、海路から天竺を目指した。幼児のときに父平城帝の寵姫藤原薬子から植え付けられた天竺の甘美なイメージを追い求めて。行く先々で出会ったのは言葉を話す儒艮(ジュゴン)、下半身が鳥の姿の女など怪異な世界であった。
澁澤龍彦の遺作となった読売文学賞受賞作。
出版社:文藝春秋(文春文庫)


実在の人物で天竺に行く途中で客死した高丘親王を主人公にすえた作品だ。
高丘親王が旅をする理由は彼自身の好奇心もあるし、何より藤原薬子に天竺への憧れを植えつけられたのが大きい。しかしどう見ても、それだけではないだろう。

藤原薬子はこの作品では大きな比重を占めている。それは彼女が高丘親王にとって母性の象徴であり、おそらくは初恋の相手であるからだ。
言うなれば、天竺への旅路は老いた高丘親王の藤原薬子をはじめとする過去を追憶するための旅だ、と受け取れなくもない。実際、この小説の中で親王は何度も薬子の登場する夢を見ているし、空海の幻想も登場することからしてまったく的外れな見方でもないだろう。

しかしその追憶はときとして彼自身を裏切る可能性もある。
蟻塚の石のエピソードや、蘭房での女の姿からして、薬子の存在が過去の幻にすぎないことが暗示されているように僕には見える。獏園で見た悪夢は心のどこかでかくしていた薬子へのおぼろげな憎悪を表出しているようで、非常に興味深い。

しかしその追憶が不吉な色彩を伴っていようと、彼の中にしっかり根付いたものであることは否定しようもない。
真珠のメタファーは死期の迫った親王の追憶に対する陶酔ではないか、と個人的には受け取った。

何はともあれ、幻想性とメタファーに富んだ興味深い作品である。
はっきり言って、僕個人の趣味には合わないが、質の高い作品であることは確かだろう。

評価:★★★(満点は★★★★★)


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