私的感想:本/映画

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折口信夫『死者の書・口ぶえ』

2013-11-20 19:54:53 | 小説(国内男性作家)

「した した した。」雫のつたう暗闇、生と死のあわいに目覚める「死者」。「おれはまだ、お前を思い続けて居たぞ。」古代世界に題材をとり、折口信夫(1887-1953)の比類ない言語感覚が織り上げる物語は、読む者の肌近く忍び寄り幻惑する。同題の未発表草稿「死者の書 続編」、少年の眼差しを瑞瑞しく描く小説第一作「口ぶえ」を併録。
出版社:岩波書店(岩波文庫)




『死者の書』は、幾分難解な作品である。
しかし同時に変に心をゆさぶる作品でもあった。

それもすべて、物語の雰囲気と世界観に依るものが大きい。
まるで長い詩を読み終えた後のような、ふしぎな読後感が深い余韻を残す一品だ。


舞台は古代で、主要な人物は、滋賀津彦こと持統天皇に殺された大津皇子であり、藤原南家の郎女ということになろう。
しかし時間軸がぐちゃぐちゃなせいか、二人の関係が見えづらく、関連もわかりにくい(もちろん何となくの想像はつくが)。

それに家持が出てきたのが中途半端に感じるし、結局、耳面刀自は思わせぶりに口にされたわりには、ほとんど触れられないままに終わるのも少し不満だ(たぶん耳面刀自の血縁者である郎女とシンクロさせるファクターとして使われたのだろうとは思うけれど)。


だけど物語の世界観は独特で、読んでいると引き込まれるものがある。
国文学者でもあった折口信夫の豊富な知識と、衒学的で擬古的な文章が、独自の味わいを生んでいるのはまちがいない。

それに擬音の使い方も、特徴的で目を引く。
冒頭の、した した した という水の滴る音もそうだし、機を織るとき、はた はた ちょう ちょう など、リズミカルでユニークでそれだけでも心に残る。

風景の描写もすばらしく、郎女が堂伽藍から奈良の山々を見渡すところなどは、雄大な雰囲気が出ていて、変に胸に響く。
これは作者が歌人でもあるからかもしれない。


もちろん物語全編を覆う幻想的な味わいも忘れがたい。
墓の中で目覚める滋賀津彦のイメージや、山田寺にやって来て、そこから機を織るまでの郎女の行動には、どこか幻想味があって、忘れがたい。
まるで抒情的な叙事詩を読んでいるような感覚を覚えてしまう。

そしてもっとも幻想的なのは、やはり最後のシーンだろう。
郎女が筆に載せて現した幻はたぶん滋賀津彦なのだ、と思う。

その解釈はともかく、その場面の映像の美しさと、郎女と滋賀津彦の時を越えた思いの交感を感じさせる内容は、非常に興味深く読めた。


この作品を理で説明することは恐ろしく難しい。
けれど、少なくとも心に届く。それだけでもすてきな作品と言えるだろう。



併録の『口ぶえ』は、個人的にはあまり合わなかった。
説明が不足しているように見えるし、イメージが汲み取りづらく、いくらかストレスを感じる。
しかし繊細さを感じさせる少年の姿や、自死を願う二人の姿はそれなりに印象に残った。

評価:★★★★(満点は★★★★★)


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