BENCH PRESS道
~競技復帰から復活へ向けて~
大谷塾の仲間
痛みに耐えて練習を継続し、とうとう全日本大会に出場するところまで来ました。
全日本大会に出ると決めてから3カ月間、選手で出場していた頃の記憶や練習日記を読み返し、必死にトレーニングをしました。しかし想像していた以上に全くうまく行かない。
年明けにコロナに罹患するも練習を継続して、それほど調子は落とさず、試合2週間前くらいからドンドン良い感じになり押せるようになってきました。
ところが試合直前、4日前くらいにピークアウトしてしまい、全身の疲労からかスタートポジションの受けすら重たくなってしまいました。
もがけば、もがくほど蟻地獄状態!
これはヤバい!と思いシャツを効かせるため、腕の部分をきつく縫うと、今度はバーベルを降ろすことができない。
結局、試合前日に詰めた糸を全部解き🧵🪡緩めに詰め直した状態で、一度も袖を通すことなく試合を迎えることになりました。
ウォーミングアップでは、このシャツがどんな効き方をするのか試しながら手探りで行いました。
自分のフォームすら、試技が始まる直前まで定まらず、足を引くのか、出すのか?どちらが良いのかわからなくなってしまい、試技開始15分前に永悟さんと相談して足位置を決めました。
当然、第1試技は不安定でお尻が浮いてしまいバーベルもフラフラ・・・失敗。
神奈川県のJPA大森さん、FTGYM福島勇輝くんからアドバイスをもらい、第2試技はなんとかギリギリ成功。
この第2試技を落としていたら第3試技もセオリー通り155kgの予定でしたけど、成功したので着替えて170kgを申請。この時点では3位。
しかしここまで2位につけていた桑原選手が自分よりも少しだけ体重が重かったので、第2試技で桑原さんが成功させた167.5kgに重量を合わせて挑みました。と言うのも、ルールでは同重量を挙げた場合には体重の軽い選手に軍配が上がりますので。
そして第3試技167.5kgは、足を出すフォームに変更して今日のベストな上がり!!軽く上がって成功しました。
そんなこんなで試合当日になりアレコレ試しながら頭の中は不安しかなく素人のような試合運びでした。
私自信、もう競技出場することはないと思っていたのですが、恩師(故)中谷先生や、仲間たちからの声援のお陰で競技復帰を果たすことができました。
やると決めたからには、今一度テクニックなどを磨き研究を重ね練習をして行きます。
応援してくれた皆様ありがとう御座いました。!!
帰路、お腹が空きすぎて掛川SAで食べました。めちゃくちゃ美味しかった。
日帰りでの、強行試合出場💦のため、片道4時間の往復を軽自動車ハスラーで頑張りました。
ハスラー乗り心地最高!
高速道路はパワーモード(ターボ)走行に切り替え、軽自動車とは思えない走りで快適でした。
今日こうして、競技「復帰」をすることが出来ましたので、次は「復活」ができるよう頑張ります。
先生が他界して形見のパワーリフティングベルトを伊東永悟さんからパワエリジムまで来て届けて頂いて、そして今日と言う日を与えていただき感謝申し上げます。
最後に、役員関係者の皆様、試合に向けて相談に乗っていただいた親友の永悟さん、バリバリ君。遠距離にも関わらずセコンドについてくれた鎌倉PL協会湘南BP山ちゃん、そして応援してくれた湘南BPの仲間達!!
皆さまに感謝申し上げます!!
押忍