platea/プラテア

『ゲキxシネ五右衛門ロック』『The Musical AIDA』など、ミュージカルの話題作に出演の青山航士さんについて。

SHOW店街組曲/江利チエミさん逝く(1982年)

2007-05-05 | ザミュージカルショー「SHOW店街組曲」
 ・・・80年代の曲が舞台で歌われる、と公演概要に書いてある訳ではなし、筒美京平さんの曲って1966年以降いつも何かはヒットしているし・・・と思いつつも、青山ファンは『テネシー・ワルツ ~江利チエミ物語~』の幕を下ろす、この82年の出来事に触れずにはいられません。
 1952年、わずか15才にもかかわらず、成熟した声とテクニックで「テネシー・ワルツ」を歌い、ヒットさせたチエミさんが、30年間のキャリアを不慮の死で閉じました。早すぎた死、というしかない大衆の気持ちをくみ取るように、島田歌穂さんの歌声で上演された『テネシー・ワルツ』。舞台上に蘇る「時代」の空気は、やはりこの年を境にしているのでしょう。30年をジェネレーション、と呼ぶとは、よくしたものだと思います。
 この頃、江利チエミさんのデビューと同じくらいの年齢のアイドルがどんどん売り出されています。83年には筒美さん作曲の「夏色のナンシー」を早見優さんが歌いヒット。70年代アイドルよりもさらに屈託のない、少女らしい恋を歌うアイドルに夢中な子ども世代を、親世代であるチエミさんファンの方たちはどんな風に見ておられたでしょうね 

 82年には東北新幹線(6月)、上越新幹線(11月)開業、とスピードの時代を感じさせる出来事もあります。また、前年の日劇閉館に続いて浅草の国際劇場が閉館し、華やかなレビューで知られる松竹歌劇団SKDが拠点を失ってしまいました。『SHOW店街組曲』主演の真琴つばささんはいわずと知れた元宝塚の大スターですが、「東の松竹、西の宝塚」といわれていたそうです。宝塚人気の息の長さは驚異的、と改めて感じます。

 戦争の痛手から立ち直り、街も再生され、平和を謳歌する時代を経て、日本が爛熟期に入っていく少し手前のこの時代、東京の街は様変わりを始めているようですが、駅前商店街はまだまだ元気だったでしょうか。 

SHOW店街組曲/日劇閉館(1981年)

2007-05-03 | ザミュージカルショー「SHOW店街組曲」
 今日は1981年、昭和56年です。

 この頃の筒美京平さんはアイドルのヒット曲を数多く書いておられるようです。前年から引き続き近藤真彦さんに曲を提供するほか、女性アイドルの曲もどんどんヒットさせておられます。ちなみに松本伊代さんの「センチメンタル・ジャーニー」の作詞は『TOMMY』訳詞の湯川れい子さん! それとこの年に東京12チャンネルが『TOMMY』をサポートしたテレビ東京になりました。『TOMMY』がらみでイギリスのニュースを探すと、7月29日にはダイアナ元妃がチャールズ皇太子と結婚式を挙げていますね。

 また、この年の2月15日、『テネシー・ワルツ~江利チエミ物語~』でもおなじみの、有楽町の日劇が閉館となりました。閉館前の日劇を訪れたチエミさんとお父さんを、青山航士さん演じる守衛さんが案内する場面がありましたね。「日劇に出る」ということが舞台人として一人前になること、とまでいわれた劇場で、数々の想い出をかみしめる父子に、こちらまで切なくなるような情感あるシーンでした。若さをおしみなく振りまくアイドルにテレビ業界が活気付く中、日劇の灯りが消え、東京の街も変わっていったのでしょう。

 もしも日生劇場が・・・なんて縁起でもありませんが、もしもそんなことがあったら、私も『TOMMY』のThe Hawkerのことを、あの歌声と共に思い出すに違いありません

SHOW店街組曲/影武者(1980年)

2007-05-01 | ザミュージカルショー「SHOW店街組曲」
 「筒美京平さん・・・?」
 いくら日本のミュージックシーンに暗い私でもそのお名前は知っていましたが、『SHOW店街組曲』の公演概要を読んだとき、お顔が浮かびませんでした。それもそのはず、マスコミへの露出は殆どなさらない方なのだそうです。この方をヒットメーカーと呼ばずに誰を・・・というほどの実績の持ち主が、実在を疑われるまでにマスコミに姿を現さず、曲を次々とヒットさせていたなんて、これだけでも充分ドラマを感じてしまいますね。
 また、作品の一覧を少し覗いたところ、青山航士さんと<ぱしふぃっくびぃなす>で共演された美勇士さんのお父様、桑名正博さんの『セクシャル・バイオレットNo.1』(1979年)も筒美さんの曲なのだそうです。ロッカーの桑名さんの魅力をお茶の間のテレビに乗せてしまうというのは凄いですよね。良い曲を作る作曲家、というだけではない、演出家あるいはプロデューサーとしての面が見えてきます。"Tommy"でずっと追って来たThe Whoには、音楽に精通する名プロデューサーのキット・ランバートがいてジャンルを超える傑作を創りあげたように、日本の音楽界にはプロデューサーでもある名作曲家がいたということなのでしょうか。
 『SHOW店街組曲』公演概要には「80年代」の文字が見えます。1980年の筒美さんの作品には近藤真彦さんの「スニーカーぶる~す」が。純粋のアイドルを手掛けても狙い通りなんですね・・・。この年には黒澤明監督の『影武者』が公開されています。筒美さんはもちろんご存命中どころか現役バリバリなのでおかしな喩えになりますが、目に見える姿の向こう側にいる名将と筒美さんのイメージが重なりました。舞台『SHOW店街組曲』でも、姿はなくともこの作品を動かす、そんな存在なのかもしれませんね。