パース日本語キリスト教会

オーストラリア西オーストラリア州パースに有る日本語キリスト教会の活動報告を掲載いたします。

火曜聖書研究会 2018年10月16日

2018-10-26 11:48:57 | 火曜聖書研究会
聖書箇所:ヨハネ11章45節~57節

研究ノート
45節) イエスがご自身について証されたことと、ラザロが生き返ったことが大きな証拠とな
   り多くの人がイエスがメシアであることを信じた。
46節) パリサイ人たちに報告をした者たちは、彼らが送り込んだスパイのような人物であっ
   たかもしれない。彼らはイエスを信じるにいたらなかったようである。
47節) すでにイエスを殺すことは決めていたが、それ以上の具体策がなかなか立てられなか
   ったのかもしれない。彼はイエスがしるしを行っていることは認めていた。そうすると、
   彼らの中では、イエスは申命記13章に警告されている偽預言者という認識であったかも
   しれない。
48節) イエスをメシアと認めて全国民がついて行けば、イエスは王になり、ローマからの独
   立を導くことになると考えられた。そうなれば、ローマ軍が送られて、自治は取り上げ
   られ、神殿も破壊される恐れが有った。
49節) 「その年の大祭司」という表現から、その職が聖書的に運営されていなかったことが
   わかる。大祭司はいわば終身制であった。だから、旧約の逃れの町の規定でも、逃れて
   町に入った者は大祭司が死ぬまでそこに留まらなければならないという規定が有った。
   大祭司の職は、この当時は金や権力で手に入れる部分が有った。カヤパの発言は、自分
   の立場を守るためでもあったかもしれない。イエスを殺すことを明確に後押し、世俗的
   な判断しかしていない。
51節) 次の52節と併せて記者ヨハネによる解説である。カヤパが語ったことは、神の働きに
   よる部分が有ることを示している。大祭司は年に一度至聖所に入る務めが有り、その時
   には神の言葉を取り次ぐことも有りえたから、その意味においては適任であった。
    「散らされている神の子たち」という部分は狭義に取れば、各地に分散しているユダ
   ヤ人で、広義に取れば、異邦人クリスチャンということになる。
53節) それまでもイエスを殺すことに決めていたから、これまでにもまして、綿密に殺害計
   画を立てるようになったということだろう。
54節) エフライムは田舎で、もしかするとやや山間に有る町であったと思われる。人目を避
   けていた。そこでは、弟子たちを教えることに専念されたかもしれない。
55節) 田舎からエルサレムに上った人たちがイエスの噂をしているのは、自分の町にはイエ
   スが直接来たことがないからであったかもしれない。
57節) イエスの居場所を知っている者は届け出なければならないという命令が公布されてい
   たので、イエスの噂をしていた人々の中には、賞金目当ての者もいたかもしれない。

ごく簡単なまとめ
・キリストのメシアとしての証は確かである。
・どんな証も受け入れない頑なな心の有様に注意しなければならない。
・イエスの死は神の摂理によることであり、単純に政治的事件ではない。

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