パース日本語キリスト教会

オーストラリア西オーストラリア州パースに有る日本語キリスト教会の活動報告を掲載いたします。

火曜聖書研究会 2017年5月30日

2017-05-30 20:04:42 | 日記
聖書箇所:ヨハネによる福音書1章1節~18節
研究ノート
1節 「初めに」という表現が創世記1章1節を想起させる。創造の前からの存在であることと、永遠性を表す。
4節 人に息を入れて生けるものとした神。光は神に関する知識をも含意する。
5節 光が無いことを闇という。闇はこの世や神に関する知識が無いことを指す。したがって、神である光に勝てない。
* このような書き出しは、早くから発生したキリストの神性を否定する異端に対する反論の意図が有ると思われる。
6‐8節 バプテスマのヨハネをメシアのようにとらえようとする立場への反論かもしれない。
11節 キリストは約束と預言に従ってユダヤ人として生まれたが、ユダヤ人たちは受け入れなかった。
13節 救いは一重に神の導き、神のみ力によってのみもたらさせれる。血統や修行によるものではない。
14節 キリストの働きの目撃証人であることの宣言。
15節 バプテスマのヨハネは人々に権威の有る預言者と信じられていたが、キリストは神であるからそれに勝る。
17節 ユダヤ人は選ばれた民として特別な恵みを得たが、キリストによる救いの完成で更なる恵みを受けた。
18節 「ふところ」という表現は親密さを表す。食事の時に主人の隣に横になるのが上座である。
主人の直ぐ前に横になる人物は一番親密な間柄である。御子と御父の関係。
そのキリストが、救いの計画を含む父の御心をはっきりと示された。



ごく簡単なまとめ
1)イエス・キリストは天地創造の前から永遠に存在する神である。
2)救いはイエス・キリストの名を信じるという神の方法によってのみもたらされる。
3)イエス・キリストが神を十全に解き明かされた。
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日曜礼拝 2017年5月28日

2017-05-29 14:20:47 | 日記
ワーシップソング
わたしたちはひとつ
主に委ねよ
主は良いお方

聖書箇所:詩篇126篇1節~6節
説教題:涙と共に蒔き、喜びと共に刈り取る
(Barnabas Fund WA代表 Rudolf van Noppen氏)

要点
1)神は全てを統べ治めておられる(1節~3節)

  バビロン捕囚から帰還した民は、神が彼らを見捨てたのではなく、共にいてくださったこと、全てを支配
□□□して王の心をも動かす方であることを知ることとなった。
2)神は呼ばわる者の声を聞いておられる(4節)
  バビロン捕囚からエルサレムに帰還することが民の悲願であった。神は約束をたがえることなく、また
□□□民の祈りを聞かれ、エルサレム帰還をかなえられた。
3)神に信頼する(5節~6節)
□□□旱魃の時、手元に残った穀物が、来年のために畑に蒔く種だけになってしまう時が有る。
  家族が飢えることがわかっていても、種を蒔かなければ次の収穫は無い。
  種を蒔いても、それが良い収穫につながるかどうかわからない。神に委ねるしかない。
* 要点を3)から遡る順序で説教は取り次がれました。

この説教の音声は有りません。
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火曜聖書研究会 2017年5月23日

2017-05-24 20:40:36 | 日記
聖書箇所:マルコによる福音書16章
研究ノート
1,2節 死後三、四日経つと死体が臭くなるので、香油を塗ることが有った。安息日には仕事をしてはいけ
---------なかったので、購入は日曜日になる。日没をもって日が変わるので、夕方のうちに頼んで購入した
---------のであろう。
3,4節 レールの中を円盤状の石が行き来する形。レールの上の方に押し上げられて、固定されていたとい
---------うこと。
5節新約聖書には天使は眩いばかりの白い衣を着た青年の姿で記録されることがある。
6節イエスの体が無いが、墓を間違えたのではないこと、イエスがよみがえられたことの確認。
7節14章28節でイエスが言われたことの再確認。
8節だれにも言わなかったというのは、弟子たちに報告するまではという理解になる。
---大事な連絡は急いでするもので、途中で他人にも伝えることはしなかった。ユダヤ人の指導者の耳
--------に入るのも良くないことであった。
初期の良質な写本群は、8節で終わっているものが有り、諸説有が、それがマルコの記録の仕方だっ
-------たと思われる。
--唐突な終わりなので、ペテロ、マルコの監修もしくは同じグループ内で追加文が編集されたのかもし
-------れない。 
9-14節旧約聖書の預言が有り、イエスご自身のよみがえりの予告が三回以上有ったにも関わらず、弟
------------子たちがよみがえりの報告を信じなかった。復活信仰が強く求められている。
15, 16節それから、というのは次の内容につなぐための慣用表現で、実際には40日程後になる。(使徒
------------行伝1章3節参照)
ーーーーー弟子たちに第宣教命令が与えられる。バプテスマが救うのではない。(Ⅰペテロ3章21節参照)
17, 18節信じる者、ということであるから、現代の信徒にも関わりの有る内容。御心に適い、証人として生
------------きる時、このようなことが起こり得る。宣教師のレポートにそのような例が散見される。
19, 20節右の座は弁護人の位置。イエスは天国において信じる者たちのために大祭司として執り成し、
------------弁護の業をしてくださる。
/----17, 18節の言葉、に基づいて、主も共に働かれて福音を明らかに示された。

ごく簡単なまとめ
1)イエスは予告通り、また旧約聖書の預言の通りによみがえった。
2)よみがえりの信仰を持つことが大事である。
3)使徒ではないが、信仰者は証人として神の力を仰いで生きる。
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日曜礼拝 2017年5月21日

2017-05-21 20:46:10 | 日記
ワーシップソング
心の目を今
たたえよ栄光の神
わが岩

聖書箇所:ガラテヤ2章1節~10節
説教題:福音の真理
要点
1)福音の真理は時を経ても変わらない(1節~3節)
2)福音の真理は常に護られなければならない(4節~5節)
3)福音の真理は一致と愛をもたらす(6節~10節)

説教音声ダウンロード (mp3ファイルをダウンロードすることができます。)
ダウンロード画面右上のダウンロードボダンをクリックしてください。

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火曜聖書研究会 2017年5月16日

2017-05-17 16:34:46 | 日記
聖書箇所:マルコによる福音書15章
研究ノート
ピラトへの引き渡し(1節~5節)
1節 総督官邸業務が開始するやいなや。事前準備としてあらゆる手立てを協議した。
3節 協議しておいた内容で、あらゆる罪状を述べ立てたのだろう。
5節 ピラトにはイエスの無罪が見て取れたので弁明を促したのであろう。お答えにならないのは
メシア預言の成就の一部

裁判の成り行き(6節~15節)
6節 植民地の人々を懐柔するためのローマ的政策であったろう。
7節 バラバも人殺しであったとペテロは認識している。(使徒行伝3章14節参照)
9節 ピラトは指導者がイエスを訴えられる動機がねたみであるとわかっていたので、少しでもイエスに有
利な転回を目論んだのであろう。
11節 イエスが捕まってしまったことで、政治的な救世主を期待していた群衆は裏切られたと感じて、指導
者たちの先導に乗ったと思われる。
13節 十字架刑はローマ帝国に反逆した者に課せられた。マルコは詳細を記録しなかったが、イエスが王
であるという告白から確定的であった。
15節 暴動になることは、総督として不名誉であり、左遷の可能性が高かった。正義よりも政治的優位を優
先した判断であった。

官邸でのローマ兵士による暴行(16節~20節)
16節 当番の部隊の全員が招集されたということで、全部隊とは考え難い。
17節 考古学的資料からも、ローマ兵たちが死刑囚を「王様ごっこ」でなぶり者にしたことが判っている。紫
は王や貴族の色であった。
18節 実際の言葉は古くから各地で用いられた「王よ永遠に生きられますように。」という挨拶であったかも
しれない。死刑囚には大変な皮肉である。
19節 葦の棒は、一説によると棘の生えたもので、王が持つ笏として死刑囚に握らせた。それで叩けば皮
膚が傷ついたであろう。

刑場への途上のこと(21節)
21節 シモン等の氏名が記録されているので、記者マルコや監督であったペテロによく知られたキリスト者
であったかもしれない。クレネは現在のリビア領内。過ぎ越しの祭りを祝うために遠くから訪れた巡礼者であったと思われる。
死刑囚は自ら十字架を背負わなければならなかったが、イエスは徹夜明けで鞭打たれて体力が残っていなかったかもしれない。
ローマ兵は植民地の一般人に物を運ばせる権限が有った。

処刑の様子(21節~32節)
22節 ゴルゴダという呼称については、丘の形状がどくろの様だったとする説や、死刑囚が放置されて、ど
くろが転がっていたからとする説が有る。
23節 没薬を混ぜた葡萄酒は麻酔効果が有った。箴言31章6節に基づいた習慣であったかもしれない。イ
エスはその使命のためにお飲みにならなかった。
24節 詩篇22篇18節の預言の成就。
27節 イザヤ53章12節の預言の成就。
29節~イエスを愚かなことを言った人物、神以外の力で奇跡を行った人物、メシアを詐称した人物として
罵っている。

キリストの最期(33節~41節)
33節 この時日蝕が有ったであろうとする天文学者もいる。
34節 詩篇22篇1節の言葉。24節における預言の成就の後にこの言葉を暗唱することに意味が有る。ユダ
ヤ人は詩篇を暗唱していた。
35節 詩篇22篇を知っているにも関わらず、イエスを馬鹿にするためにわざと「エリヤを呼んでいる。」と
言ったのかもしれない。
36節 詩篇69篇21節の預言の成就。
38節 聖所と至聖所を仕切る垂れ幕のこと。厚い生地で、人の手で裂くことは不可能であった。神の手に
よってなされたことがわかる。
イエスの働きにより、神の前に隔てなく出ることができるようになった。
39節 ローマ人が「神の子」と言う時は、偉大な哲学者や統治者を意味した。百人隊長にはイエスが犯罪
者ではなく、むしろ正しい敬虔な人物と見えたのだろう。しかし、大事な告白になっている。
40節 十字架の見える所にイエスに着き従った女性たちがいた。イエスの十字架上の言葉が記録された
のは、これらの証人の存在のおかげだろう。

キリストの埋葬(42節~47節)
42節 日没で次の日になってしまうので、その前のうちである。
44節 十字架刑は何日も苦しんで死ぬように考案されたものであったため、イエスの死の知らせはピラトに
とって驚きであった。
45節 ローマへの反逆の罪で処刑された者を、簡単に引き渡すことは通常有り得なかった。ピラトがイエス
の無罪を確信していたことによるだろう。
46節 死体の取り降ろしは使用人等にさせたであろう。アリマタヤのヨセフは立場上祭儀的に穢れることを
避けなければならなかったと思われる。
47節 マグダラのマリヤ達が墓の場所を確かめたのは、香油を塗りに戻ってこようと考えたからであろう。(マタイ28章1節参照)

ごく簡単なまとめ
1)キリストの十字架は預言の成就であり、確実に救いをもたらす。
2)キリストは確実に死んだのである。
3)祭司長たち、群衆、ピラト、ローマ兵たちに人間の弱さ、罪の汚れを見る。
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