花子とアン

2014-04-04 08:57:51 | Weblog
写真を出す練習

  よく見慣れている顔だ

  




※ いろいろ考えて、本日からはplalaのブログサービス終了までは向こうとこちらにほぼ同じ記事を載せます。どちらを見ても中身は同じにしておきます。


おっはようございま~す、マリーで~す。

うちのおばはん、今日は吉祥寺の十字架の道行きと昼ミサに行くからって朝からはりきって起きたのはいいけど、掃除も洗濯もおわってないのにテレビを見始めちゃってさあ、ほんの昨日、おとといまでは見る気がしないとかって言ってたNHKの新しい朝のドラマの「花子とアン」を一生懸命見てんのよ。

うちのおばはんの世代でもキリスト教の教会が身近に建ったのは中学、いや高校のころだったかしらねえ。あの人のとこ、一番近い大きい町ったって下総中山で、お寺さんばっかりだったし、若宮の家のあった辺りは今と違って畑と田んぼばっかり、若宮小学校のすぐ近くには小さな牧場があって牛やヤギがいたような時代よ。キリスト教を一番初めに伝えてくれたのはラジオと本だったんじゃないかしら。

花子とアンの花子が、本が大好きというのはあの人にもすごく良くわかる気持ちみたいよ。うちのおばはんの場合は、おとうさんが本が好きな人だったから子供にも早くからたくさんの本を読ませたのよね。本の部屋、図書館みたいな部屋に住みたいっていうのはうちのおばはんの夢でもあったのよねえ。本が大好きな花子の姿に、境遇は違うけど子供時代の自分の姿が重なって見えたのかもね。

テレビの画面の絵がねえ、田舎の話なのに緑の景色もなくて、茶色っぽい汚い色ばかりなのは気に入らないけど、ストーリーに引きずり込まれてしまったから、また毎朝とか再放送できちんと見ちゃうんじゃないの、あの人。

村岡花子先生の子供時代、ほんとにあんなくすんだ色彩の中にいたとは思えないんだけどなあ、大自然の風景の中にいなくてはあんな見事な翻訳は生まれてこなかったんじゃないかって思うんだけどさ、NHKさん、その辺はどう考えてるのかなあ。田舎時代と都会に行ってからのコントラストを狙ってるのかもしれないけど、これはあんまりすきじゃないなあって、これはうちのおばはんの説よ。

とにかくまた明日が待ち遠しいってのはいいことだわさ。だって、ほんというと村岡花子先生はうちのおばはんが昔から尊敬していたかただったのよねえ。だから始まりは茶色や黄色っぽい画面の色彩が気に入らなくてもつい見始めちゃったみたいよ。とにかく話の展開が楽しみになってきたからいいんじゃないの。

てなことでこのはなしはここまで。ほんじゃまたね。

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