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いい日旅立ち

日常のふとした気づき、温かいエピソードの紹介に努めます。

名と馬を歌う短歌~伊藤一彦~

2019-01-05 20:38:57 | 短歌




母の名は茜、子の名は雲なりき丘をしづかに下る野生馬

‥‥‥

宮崎県の都井岬で詠まれた
伊藤一彦の歌である。

2頭の馬がいる。
母と子であろう。
伊藤が、

母は茜、
子は雲、

と名付けた。
夕焼けにさす茜。
空に浮かぶ雲。
美しい情景が想像される。
母は、盲目のようである。
いたわりあう親子。

視力なき月盲の母待ちてゐる一頭なしや夕光に消ゆ

睦みあひすでに睡れるか盲ひたる一頭もゐる岬の馬群

このように、
情景を歌ってもいる。

名をつける、というのは、
古来から重要な行為である。
伊藤には、
次のように、
自転車に名をつけた歌もある。

おぼれゐる月光見に来つ海号とひそかに名づけゐる自転車に

をみな古りて~森岡貞香75歳の歌~

2019-01-05 17:08:15 | 短歌


をみな古りて自在の感は夜のそらの藍青に手ののびて嗟くかな

‥‥‥

森岡貞香75歳のときの歌である。
戦後すぐ、
森岡貞香は、30歳にして
未亡人になってしまった。
男の子をひとり
女手一つで育てなくてはならなかった。
美人である故、
誘惑は多かったようである。

強く生きて、
75歳の時
この歌を作った。

「をみな古りて」
とは、
92歳まで生きた森岡貞香にとって、
実感ではなかったかもしれない。
成り行きに任せてただ手を伸ばしているのが
まさに
「自在の感」
なのである。

歌人は長命か?

2019-01-04 18:58:40 | 短歌


歌人は長命だ、
と言う説がある。
仕事上、
長命な人として

政治家
画家
歌人

が挙げられることがある。
政治家は、
あらゆることに備えがあり、
神経が太くないとできない仕事なので、
長命。
画家は、
自ら思うことを作品を作ることを通して
ストレス発散できるから
長命だ、
というのだ。

では、
歌人は?

そもそも、
短歌を作っても、
それだけで食う、なんてとんでもないことである。
与謝野晶子の「みだれ髪」
俵万智の「サラダ記念日」
のような大ヒットは、
100年に1回である。
多くの歌人は、
生業を営みつつ歌をつくるのである。
したがって、
歌を作るために
すべてを擲つ、など、夢のようなことなのである。
しかるに、
短歌をつくるゆえに、
こまごまとした感情を表現してしまうので、ストレスが軽減される、
というのが、
その根拠である。

果たしてそう断定できるのかどうか、微妙である。

あなたの見解はいかがですか?

歌集「行け帰ることなく」~春日井建~

2019-01-04 18:32:05 | 短歌


春日井建は、
短歌でデビューしたのち、
ドラマ台本、
ディスクジョッキー
テレビ出演、
と、
八面六臂の活躍をした。
同時代の寺山修司の存在も意識していたろう。
昭和55年、
31歳の時、
第2歌集「行け帰ることなく」
を出版した時、
歌との別れを宣言する。
しかし、
のち、
歌壇に復帰することになる。
一端、断筆することになったときに出した歌集
「行け帰ることなく」は、
痛ましさを帯びた歌集だと言われる。
この歌集から、
4首取り上げる。

‥‥‥

悲しみを問へ問へ問へと笛の音いつしかも鬼は舞ひ狂いたり

この祭はかなしみ多し雪が疾り鬼が裸体であることなども

女を抱けば水兵きみには海霧に潰れし視野より暗からむ視野

革命よりガラスの玉を愛すれば生きのびて寒し市民ケーンも

二十世紀なしと歌人佐藤佐太郎

2019-01-04 13:52:38 | 短歌


梨の実の二十世紀といふあはれわが余生さへそのうちにあり

‥‥‥


新品種「二十世紀」梨は1888年に発見された。

1909年生まれの歌人佐藤佐太郎は、
斎藤茂吉の弟子である。
自分の人生が20世紀のうちに尽きることを思いながら、
70歳前後の頃に冒頭の歌を詠んだ。
実際、20世紀のうちに人生を終えた。
1987年、78歳でこの世を去ったのである。
激動の20世紀を深々と振り返っている。
ごく身近な二十世紀梨をとおし、
彼の20世紀における生を重ねて
歌ったと思われる。

短歌界の巨人春日井建~その1~

2019-01-03 19:11:05 | 短歌


春日井建は、
高名な歌人である。
昭和33年、歌集「未成年」で一躍有名になった。
この歌集には、三島由紀夫が
序文を寄せ、
「現代の定家」と激賞した。
岡井隆、塚本邦雄等とともに、
時代の寵児となり、
2004年、65歳で逝去するまでに、
9冊の歌集を出版している。
歌風は、独特で、
孤独、死を含む歌、
虚構性の高い歌が多い。
今回は、
処女短歌集
「未青年」
から、
4首を抽出してみる。
ことに、
第4首は、代表作のひとつと言われている。

‥‥‥

大空の斬首ののちの静もりか没ちし日輪がのこすむらさき

空の美貌を怖れて泣きし幼児期より泡立つ声のしたたるわたし

太陽が欲しくて父を怒らせし日よりむなしきものばかり恋ふ

童貞のするどき指に房もげば葡萄のみどりしたたるばかり

貧困の医師生活を経て~歌人上田三四二~

2019-01-03 15:27:46 | 短歌


実験室にわが居る隅はいつもいつも壁のなかゆく水の音する

‥‥‥

これは、歌人にして医師であった、
上田三四二が、
国立療養所勤務の頃、
作った歌である。

京都大学を出て、
国家試験に合格した上田であるが、
当時は、研究室で研究しつつ、
無休で生活せざるを得なかった。
やがて結婚し、子どもももうけたが、
体を壊して、
研究室をやめ、
国立療養所で、
ほそぼそと医師生活をおくらねばならなかった。

その間も、少しずつ研究する。
療養所の部屋の壁の中に、
配水管があり、
常時水が流れている。
冒頭の歌の
「壁のなかゆく水の音」
の由来である。

その後、
歌人として賞をとり、
京都大学で博士号もとった。

国立療養所時代の歌を、
もう三首挙げておく。

‥‥‥

病舎裏の原に赤土の堆積あり実験済みし犬を葬る

実験室にもの言はず今日も暮れしかなドアの名刺を裏返し出づ

苦しみて肺組織標本を作り終ふ窓に梧桐の実の垂るるころ








獄中にありて~北原白秋・哀傷編~

2019-01-03 14:53:47 | 短歌


北原白秋は、
ある時期、
日本における
もっとも高名な歌人、詩人、童謡作歌であった。
ところが、人気を得ている最中に
人妻との恋に落ち、
姦通罪で(戦前であったゆえ)訴えられ、拘留された。
その間の
哀感を歌った連作がある。
「哀傷編」である。
4首挙げておく。

‥‥‥

鳴きほれて逃ぐるすべさえ知らぬ鳥その鳥のごと捕らえられにけり

かなしきは人間のみち牢獄みち馬車の軋みてゆく礫道

ふたつなき阿古屋の玉をかき抱きわれ泣きほれて監獄に居たり

罪びとは罪びとゆゑになほいとしかなしいぢらしあきらめられず

穂村弘の歌~その1~

2019-01-01 09:55:39 | 短歌


穂村弘は、現代を代表する歌人のひとりである。
現代風の、研ぎ澄まされた感性で、
すぐれた作品群を生み出している。
一見、なにもなさそうだったり、
つまらなそうなことだったりしても、
その観察眼、
表現力でもって、
圧倒的な効果をあげる。

‥‥‥

ほんとうにおれのもんかよ冷蔵庫の卵置き場に落ちる涙は

楽しい一日だったね、と涙ぐむ人生はまだこれからなのに

夕闇へ白い市電が遠ざかるそろそろ泣きやんであげようか

石の歌~時田則雄~

2019-01-01 09:38:11 | 短歌


祖父の代から、
北海道に移住し、
農業を営んだ
時田則雄。
農業は、必ずしも順調だったとは言えず、
困難も苦しみも多かった。
土と、大地と、
対峙し、戦った時田則雄。
石を歌う作品を挙げてみる。

‥‥‥

祖父の齢ひとつ越えいま思ふなり意志とは石ぞ石は芽を吹く

春の陽に石の蕩ける夢を見ぬ石も力をぬくときがある

石を叩き降る雨の音聴きながら水母の時間に浸りておりぬ

玉石よどけ退けどけぬといふのなら土の真ん中に鋤込んでやる

平成最後の大晦日に~12月の歌~

2018-12-31 17:52:33 | 短歌


今年もいろいろあったが、
もうすぐ
新年が来る。
今年を振り返りつつ、
12月の歌を
4首挙げたい。

‥‥‥

家をめぐりて 落葉のしぐれの音ひびく 12月8日 われは眠らず(岡野弘彦)

吊されし千尾の鮭をふり仰ぐ口の尖れる訳も聞きつつ(来嶋靖生)

明日は明日の清しさあらんひとりなる大つごもりの灯を消さず置く(尾崎左永子)

「よかよか」と是も非もひろく受け容れて阿蘭陀冬至にむかふ坂のまち(松本典子)


葬送の歌~森山晴美~

2018-12-31 17:35:36 | 短歌


死の歌は多いが、
葬送そのものを歌った歌は、
意外に少ない。
しんみりとした、
そのときの歌も、貴重である。
現代の歌人のひとり、
森山晴美が、
その、葬送の歌を
作っている。

‥‥‥

なきがらを囲めと言はれひたひたと我等は寄りつ仰臥のひとに

努めたる生の渚の果てに在す君を送ると佇むわれら

故郷より弟妹二人しづかにて面差し通ふさまも身に沁む

納棺師ふたり現れ亡き人を荘厳のさま我等に見しむ

人気の歌人梅内美華子の歌~その1~

2018-12-30 20:17:41 | 短歌


梅内美華子は、
現代を代表する歌人である。
写生と、叙情。
人生のさまざまなとき、景色を
淡々と歌う。
息の長い専門家であり、
多くの歌詠み人に愛されている。
歌論にも定評がある。

‥‥‥

脊椎のやうなる棒に支へられ秋に立ち上がる皇帝ダリア

大雨を生き残りたる虫たちの誰かをさがすやうな細鳴き

歌会を終へて出づれば後の月「ふつうにご飯」に行く若者は

お守りの鈴を鳴らしてお爺さんのパジェロは紅葉のドライブに行く

三枝浩樹の歌~青春~

2018-12-30 20:07:35 | 短歌


現在、青春を歌う歌人といえば、
三枝浩樹であろう。
平凡な日々を歌う。
かろやかに、
ひょうきんに。
具体的な情景をえがきながら、
そこには、
なにか
寂しい風情も漂っている。

‥‥‥

路地を入ったちいさな店がなくなりぬ「かみふうせん」の看板がない

「かみふうせん」のおばさん優しかりしこと 不良・はみだしにはことのほか

お好み焼き食べたい百円しかない子「アイヨ」と応え作りくれしよ

選りまどう駄菓子あれこれ ゆるやかに寄り道の時きみにながれて

卒寿を超えた歌人尾崎左永子の歌

2018-12-30 19:49:30 | 短歌


現在も活躍する
高齢の歌人の代表と言えば、
尾崎左永子であろう。
老いと病に向き合いながら、
さまざまな感動、苦渋を歌い続けている。
現在は、入退院も多いが、
老境にある歌人の在り方を示す人として特筆すべきである。

‥‥‥

残生は確実に減る過程にて色淡き月光に照らさるるいま

屹立に近き日々なり甘え得る人なきもわれの孤独のひとつ

ことしの暑き夏には海辺に出でざりき朝の病床に潮騒とどく

戦中戦後ひたすら生きて九十年夢の一生といふはたやすし