地デジ対応にしてもう1年近くになる。
初めて見たときはきれいで感動した。
ブラウン管型のテレビから平面画像になったときはすばらしいと思った。
なれてしまえばどうってことないが、困ったのは女優達だろう。
肌荒れやカラスの足跡など見られたくないものまで見えてしまう。
それでまた化粧方法が進化して、見られたくない部分をかくす。
だが今回の記事は、地デジではない。
今年の春に解体した実家のテレビの話である。
親父がやっとの思いで手にいれたテレビのことだ。
東京オリンピックの時に買った14型の白黒テレビだ。
夢中になってみたものだ、ニュースからアニメからゼスチャーなど、
特に気にいったのはプロレスだった。
だが我が家のテレビは独自の進化をたどっていたのだ。
良いところで突然画面を黒くする技を持っていた。
また、冬でもないのに吹雪を映す技も習得していた。
黒い画面のときは音声が聞こえるが、吹雪のときはものすごい
雑音でラジオにも劣るのであった。
だがそんなラジテレに、我々兄弟は必殺技をあみ出した。
黒画面や大吹雪になったときは、側面にバシバシと空手チョップを浴びせると
きれいな画面に戻るのだった。このテレビを12年以上も見た。
さすがにおかしくなったので、出稼ぎに行ったときショウチから中古のカラーテレビを
買った。当時5万円を払った記憶がある。テレビだけではない、ステレオも彼から買った。
それも5万円だった。
そのテレビとステレオが実家の解体の時出てきた。
私の両親が、よく今までとっておいたものだと関心した。
ものを大事にする習慣は教わったつもりだったが、バックホウでたたいてつぶし
産業廃棄物として処理した。
実家が無くなるのは思い出も消えるような複雑な心境だった。
ここで一句「思い出は忘れたころにやってくる」サトー君が私くれたラブレターから。
隣の家に相撲やプロレスを見に行きました。
先日の同級会で「かっこべ兄弟」が出てきて、
思い出は忘れたころにやってきました。
いまは八百長だと割り切って見ない。
ステレオのスピーカーは取っておけばと反省している。