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土岐市下石窯元巡り

2018年12月03日 | essay

 漆器とか陶器とか言い始めたら「年寄り」の始まりだとくらいに思っていたが、そろそろそれが始まったらしい。先月は木曽平沢の漆器祭りに行ったと思ったら、今月は美濃焼きの産地、土岐市の窯巡りである。

 とは言え興味本位の域を出ないから、美濃焼きの何たるかはよくわかっていない。温もりのある人肌色の志野焼や、緑の鮮やかな織部焼など、その産地の多種多様な陶器を総称して美濃焼と言うことは、本から学んだ。それくらいである。千円の花瓶と数十万円の花瓶を識別する自信すらない。それでも、たまたま土岐市の下石(おろし)地区というところにたくさんの窯元が集中してあることを知り、面白そうだから、雰囲気だけでも見てみようと思い立ったのである。

 雲一つない日曜日。午前八時に出発し、二時間半かけて松本から土岐市へ。よく知りもしない陶器のために往復五時間かけて行くのだから、我ながら変わり者だと思う。

 土岐ICを降り、まずは「志野・織部道の駅」へ。道の駅なのに、販売しているのはほとんど陶芸品である。品数の多さに思わず目を奪われる。値段の安さに二度目を奪われる。自宅に飾ってみたいものもある。使い込んでみたいものもある。じっくり見ればきりがない。

 後ろ髪を引かれる思いで道の駅を出、併設された織部ヒルズに向かう。ここは陶器の一大卸団地である(どうやら土岐は、陶器生産量日本一らしい。そんなことも知らなかった)。卸団地とは言っても、場所によっては店舗を構えて一般客にも販売している。ラーメン店主が店で使う器一式を買い付けに来るような所である。卸問屋ならではの雑多な雰囲気が、必要とされ大量に取引される陶器たちの充実した運命を垣間見るようで、なかなか感慨深い。しかし団地だからやたら広い。一つ一つ見て回ったらそれこそきりがない。

 車を出して、いよいよ下石へ。

(写真は下石窯元館)

 まず下石窯元館に立ち寄り、窯巡りについて尋ねる。初老の職員が、ここに車を置いて歩いて回ればいいと言う。───日曜日だからやってないところがほとんどだよ、それでもいいの?───ええ、町の雰囲気だけでも味わえれば───そうかね、じゃあ早めに行くといいよ。夕方になると途端に寒くなるからね───。  

 会う人会う人、みな気さくで親切である。土地柄であろうか。

 車を置き、町を歩く。細い道路がくねくねと伸び、車はほとんど通っていない。よくある田舎町と言えばそうであるが、なんとなくそれだけでないものを感じる。商店の看板や自動販売機すら見かけない。禁欲的なまでに簡素である。家は工房を併設しているところが多く、塀越しに覗くと、素焼きを待つ大量の器が干されたりしているのがわかる。一軒一軒は個人宅であろうが、扱っている器の数は膨大である。

 ここは完全に職人の町なのだ。受注されたものを作るために、日々働き、生活している。家の造りに見栄はない。自分たちの作り出すものが栄えればそれでいいのだ。

 町を縦断する用水路は深く、青い藻を縫うように小川がせせらぐ。庭の柿の木も紅葉も、控えめな色をささげて陽の光を浴びている。さすが陶芸の里だけはあり、陶製のものは至る所で目につく。道案内の地図も陶器ならば、道路標識も郵便ポストも陶器。裏庭の片隅には、ひび割れて商品にならなかった素焼きのかわらけが積み重なっていたりする。

 歩いていて意外と目についたのが、「とっくりとっくん」である。名産の徳利に目や口や手足をつけたキャラクターで、町のあちこちでいろんな悪さをしている。宴会を開いたり、本を読んだり、排水溝を覗き見していたり。町は静かだが、とっくりとっくんはその静寂を埋め合わせるかのように賑やかである。

 工房の中を見学することは、結局叶わなかった。もっと見学制度を整えたり、自宅に売り場を設けたり、ちょっと憩える喫茶店みたいなところが増えれば、観光客で賑わってくるのかも知れない。だが、おそらくそれを、この町は望んでいないのだろう。ただ心静かに、集中して仕事に取り組める環境が保全されることが大事なのだろう。

 こういう町に支えられて、日本の伝統文化が続いているのだ。

 散策中、「ポケモン・ゴー」とおぼしきものをやっている親子連れを除き、別の観光客に会うことはなかった。

 冬至前の日暮れに急き立てられるようにして町を後にした。あれだけ陶器を見た割にはさほど買い物をしなかったが、心に十分なお土産をもらった。

  

(写真は「とっくりとっくん」の一つ)

 

 いかに年寄りじみていると言われようとも、もうしばらく、器の世界を探訪しようと思っている。

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